第9話・何事も穏便に


「ああ。美味しい~」


 うっかり感想を漏らしてしまい、リリーを気遣うように見れば、彼女も紅茶を飲んで思う所があったようで早々に白旗を立てた。


「私の負けですわ。さすがはマクルナ国の近衛騎士団総隊長を名乗るだけありますわね。見ず知らずのハロルドさま」


(なにこれ。まだ続くの? この戦い?)


 もう知りあってハロルドとは見ず知らずではないのに。リリーが当てつけのように「見ず知らずの」と、いうので気を悪くしてないかとハロルドを伺えば、彼は愉快そうにリリーを見ていた。完敗をリリーが認めたので面目も保てたという所だろうか。

 人知れずアデルはため息をつく。これでは先が思いやられる。と、思っていたが、その後は穏やかに会話が進んだ。


「ありがとうございます。ハロルドさま。足湯も二人分ありがとうございました。陛下にもよろしくお伝え下さいませ」


 侍女のリリーの分まで、足湯を用意してくれた陛下の心遣いを有り難く思ってると、ハロルドが苦笑した。


「いいえ。あの馬車は女性が乗られるには、少し柔らかさがたりませんからね。あの堅い椅子で長時間揺られたらかなり足腰に来るはずです。しかし残雪残る国境沿いの道を来るには、あの馬車が最適だったので王女さま方には不便をおかけしました。すいません」


 確かに通常の馬車だと、平坦ではないぬかるんだ道は、車輪が取られたりして走りにくいかもしれないと思う。その点、あの馬車は頑丈で、一度も悪路に足を取られることなく駈けて来た。あの国境沿いの道を来るには向いてるかもしれない。


「あの馬車はすごいですね。あのような悪路でも躓くことなく駈けてきましたもの」

「装甲性なのですよ」

「だから頑丈なのですね?」

「王族の方に乗っていただくには、なんの装飾もなく見栄えもよくない黒い馬車ですが、安全性ではあれが一番なので」


 アデルは装甲性と聞いて、マクルナが新興国でありながら、他国との戦争を勝ち進んで来た理由が分かったような気がした。戦勝国となるには、それなりの装備も必要なのだと。


「陛下はお優しいのですね。見ず知らずの姫さまの悪路での移動のことを気にされて、しかも国境沿いまで迎えに来て下さるなんて。陛下は思ったよりもお若い方とお見受け致しましたが、おいくつなのですか?」


 リリーが再び、見ず知らずのという言葉を持ちだしてきて、舌戦が繰り広げられることを懸念したアデルは、ハロルドに先に謝った。


「ちょっと。リリー。先ほどからあまりにも不躾よ。ごめんなさい。ハロルドさま」

「あ。いいんですよ。俺としてはその方が話しやすいですから。陛下は今年二十五歳になります。俺はちなみに陛下よりは三つ下ですよ」


 一瞬、ハロルドは戸惑った様子を見せたが、すぐに顔に笑みを張り付けた。リリーとの舌戦を見ていた感じでは、案外きさくな性格をしているのかもしれない。と、思う。


「あら。じゃあ、リリーと同い年?」

 リリーが姫さまは余計なことを言って。と、目線を向けて来た。自分の失言に気が付いてごめんなさい。と、目配せすれば仕方ないですね。と、容認の姿勢を見せた。

「へぇ。侍女どのは俺と同い年かぁ。だからかなぁ。初めて会った時から親近感が湧いたんだよな。同い年のよしみでリリーと呼んでも良いかなぁ?」

「見ず知らずの御方に、ここまで馴れ馴れしくされるのは不本意ですが、姫さまの手前許して差し上げますわ。ハロルド」


 ハロルドは近衛騎士団の総隊長と聞いていたが、自分たちに年が近いせいか身近な相談できるお兄さんのような印象を受ける。あけっぴろげな彼の性格も影響してるのだろう。アデルは好印象を抱いた。


(このふたりなんだかんだいって気が合いそうね)


「さすが姫さま第一の侍女さまだなぁ。忠誠心が半端ない。じゃあ、これからよろしく。お手柔らかにね。リリー」


 ハロルドはリリーに手を差し出す。仲直りのようだ。これで先ほどの様な舌戦はもう起こらないだろう。これでしばらく自分の居場所も確保できそうだ。と、アデルは胸を撫で下ろした。マクルナ国王に悪い印象を抱かれでもしたら、国許に帰されてしまうのは必定だ。それだけはなんとしても避けたい。何事も穏便に。が一番だ。

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