第14話・婚姻前から別居?


「一体、これはどういうことかしら?」


 再び馬車のなかの人となったアデルは、頭のなかにいくつも疑問符を浮かべていた。馬車はゆっくりと森の中を進んでいた。茂った木々の間から光がこぼれ、頭上を小鳥たちが囀っている。


「わたしもよく分からないのですが、アデルさまの為に、ソラルダット陛下が用意されていたようです」


 リリーは初めから次の馬車のなかに控えていて、アデルを待っていた。レイディア城に付いた時、アデルの後から馬車を降りたリリーは、ハロルドから他の馬車に乗り替える様に指示されたのだと言う。

 アデルは、てっきりあのレイディア城が自分の居城となるのだと思っていたが、どうも違ったらしい。


 あの後すぐに、ソラルダットは他の重鎮らを引きつれて城の奥へと入って行き、その場に残ったエンゲルに促される形で、乗り込んだのが用意されていたこの馬車だ。

 エンゲルが手配した馬車は、リスバーナ北国に迎えに来た葬儀社のような馬車とは違い、一回り小さく内装が明るいクリーム色になっていて、所々小さな花模様が入っている。クッションも座り心地は、はるかに良かったが、なんだか気持ちが振るわなかった。


「陛下とは別居となるのかしら?」

「そうみたいですね」


 リリーもこんな展開は予想外だったようで、今後の見通しが立たずにいる。


「よく政略結婚で、教会で式を上げてから別居とか聞くけど、これってありなのかしら? 婚姻する前から別居? なぜ?」

「さあ。陛下は姫さまのことを気に入っておいでのように見えたので、何か理由があるのかもしれませんね」


 納得がいかないと不貞腐れるアデルに、リリーも当惑気味だ。アデルに気がない様に振る舞ってきたかと思えば、気を持たせる様な態度をとり、こちらが気を許しかけたら掌を返した様なこの仕打ち。


(訳が分からないわ。あの御方は何を考えてるの?)


 自分の疑問に的確に応えてくれそうなのは、どう考えてもソラルダット以外に思い付かなかった。アデルは、答えが出ないことを追及するのは止めた。


「ねぇ。リリー。どっと疲れたわね」

「そうですねぇ。馬車に三日揺られての移動でしたものね。離宮についたらさっそくお湯が頂けるといいですねぇ」

「薔薇の花を浮かべた湯でゆっくりしたいわぁ」

「薔薇の香油をお持ちしましたから、お湯が頂けたらそれを入れましょうか?」


 リリーの提案に、すでにお湯につかっているような気分になって、アデルの口許が綻ぶ。


「いいわね。それ」

「姫さまもあの階段を登った後に、場所移動だなんて災難でしたね」

「そうよ。余計な汗かいちゃったわよ。八十八段上りきったら、場所移動です。だなんて有り得ないじゃない? 冗談じゃないわよ。障害物競走を終えてホッとしていたわたくしに、さらに追い込むような真似をして」


 ソラルダットの顔を思い出してアデルはぶすくれた。


(いろいろと振り回されたわ。一体何を考えておいでなのか…)


「ひどいわ。あの御方は隣で平然とした顔をして見下ろしておいでだったし……。 恥かし~」


 意気揚々と八十八段の階段を登った自分に、スロープの存在を明かした時のソラルダットの態度を思い浮かべ、アデルは穴があったらそこに逃げ込みたい気分になった。


(恥かし過ぎるわよ。ソラルダットさまがもしかしたら、わたくしを抱き上げる気でいるんじゃないかと気を回してしまったことが。いやあ。もう消し去りたい出来事だわあ)


「何をお考えかは大体、予想がつきますが。あの。姫さま。ソラルダットさまは、姫さまを重鎮の方々に見せつけたかったんじゃないですか?」


 羞恥心で顔を赤らめたアデルを、リリーは楽しそうに見ていた。


「なんの為に?」

「それはもちろん、自己満足の為ですよ」


 意味深な言葉に首をかしげかけたアデルは、窓から差し込む明かりに陰りがないことに気がついた。森から抜けて開けた場所に出たらしい。

 湖の上に立つ優美な建物が見えてきて、アデルは声を上げた。


「リリー。見て!」


 芝生で覆われた緑の地に、澄んだ水が湛えられた人口の湖が現れ、その中央に白鷺が舞い降りたような城が現れた。


「まあ。なんて美しい……。もしかしてあのお城がわたくしの居城となるのかしら? 素敵ね。まるで童話の中に出てくるお姫様の住むお城のようよ」

「本当に優美ですねぇ。リスバーナの王城よりもはるかに美しくて、無駄がないですわ」

「嬉しい。あのお城に住めるなんて。これでソラルダットさまに冷たくされてもお釣りがくるくらいよ」


 いつの間にか馬車は止まっていたらしい。互いの手を叩いて盛り上がるふたりに、遠慮するように声がかけられた。ドアはすでに開けられている。二人にとって馴染みの白金の髪の若者が顔を覗かせていた。


「あの。姫さま。離宮のマルメロ城に到着致しました」

「ありがとう。ハロルド」


 気心知れたハロルドは、アデルのことをリリー同様、姫さまと呼んでくるようになった。ハロルドの手を借りて降りると、リリーも後に続く。

 遠目に見ても美しい城だと思ったが、こうして目の前にしてみると、うっとりして見惚れてしまうしか出来なかった。

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