第6話・旦那さまはふくよか専?


「驚きましたわね。姫さま。気がつかれました?」

「何を? あんなにお若い方が王さまだなんて思ってもみなかったけど」


 案内された部屋は先ほど王らがいた部屋よりは物が置いてあり、仮眠用の寝台と思われるベットやソファー、壁には幾何学模様のタペストリーが下げられていて、足下には厚手の絨毯が敷かれていた。ここは駐屯地だ。滅多に城塞に客を招くことはないので、急ごしらえで用意された物だろう。

 石積みの壁がむき出しになっている部屋の中、ソファーに腰を下ろすとすぐに部屋に足湯が運ばれてきて、用意されたたらいに足を浸していたアデルは、一心地ついたような気分になった。隣の席にはリリーが並んで足湯につかっていた。


「マクルナ国王は、串刺し王との異名があって、リスバーナではいい評判を聞きませんでしたものね。目つき鋭く獰猛で自分が気に入らない者は、すぐにヤリで串刺しにして処刑する。なんて聞いてたものですから、疑心暗鬼に囚われた陰険な王かと思ってましたが、そうでもなかったようです」

「そうね。青髭はやしたヒステリックな中年おやじを想像してたけど、そうでなくて良かったわ」


「青髭ですか? なんだかリスバーナのシークレット男爵を思い出しますわね」

「なんなの? シークレット男爵って? わたくしは童話にある残酷物語の中の青髭公を思い浮かべたけど、聞いた事無いわね」

「ご存知ないですか? サッシュ男爵のことですよ。王さまの腰ぎんちゃくだった」

「ああ。あの。無能なわりに女性との噂が絶えなかった、プレイボーイともいわれてたお方ね?」

「そうです。そのお方です」


 アデルは王城重鎮のなかに一応、名を連ねる中肉中背の中年男性を思い出した。ダンディーで人当たりはよく、女性に特に優しい事から人気があったようだが、口元の青髭がアデルには生理的に受け付けられず、あまりいい印象はもてなかった。


「そのサッシュ男爵がどうしてシークレット男爵なんて異名を持っているの?」

「あのお方は実はですね、上げ底なんです。身長を誤魔化しているんですよ」

「へぇ。靴に細工してたの。驚きだわ。でもあのお方は敗戦の後の王城にわたくしが呼び出されて、宰相はじめ、他の重鎮たちと再会した時の場に、いらっしゃらなかった気がするけど、どこ行ったのかしらね?」

「さあ。王さまたちに随行されたのではないかともっぱらの評判でしたよ。なにしろサッシュ男爵は王さまの鶴の一声で、重鎮の仲間に入れていただいた方でしたから。あのお方の仲間も揃って姿を消したそうです」

「王に取り入るのも早かったけど、意外に腰巾着って逃げ足も早いのね」

 

 アデルはトンスラ宰相に同情した。色々あったが今では宰相はそう悪い人ではないと思い始めていた。リスバーン北国の王家の血は特殊すぎたのだ。

 雪深く他の国の干渉を受けずに築いてきた国家は、ある意味独立国家な雰囲気を持っていた。リスバーン北国は、天から降りてきた男神が国を創ったとされ、その子孫と信じられている国王は、生き神のように崇拝されている部分があった。王になる者は必ず直系の男子とされていることから、王女には王位継承権がない。

 

 王になった者の言葉は絶対で、臣下は逆らえない風習があったのが、今回の悲惨な結末だとアデルは考えている。

  良い治世になるかどうかは、王の手腕にかかっている。 

 

 少なくともアデルの父は民を愛し、自分のことよりもまず他人を思いやり、民の為にいつも何が出来るかを考えていた。兄はそんな父を補佐し助けた。重臣達は忠義で仕えてくれた。そんな彼らが誇らしくアデルは、王族である自分に自信を持ち、永遠にそんな日々が続くと思っていたのに、ある日を境に奪われてしまったのだ。

 

 自分達の代わりに王城の主となった叔父は王としては狭量すぎた。地位と名誉に目がくらみ、自分を持ち上げてくれる臣下の甘い言葉を忠義と勘違いして寵愛した。王に媚びて役職をもらう者は少なくなかった。宰相がどんなに有能でも、王の発言や決定には逆らえない。宰相も苦心したであろうことは容易に想像できた。もう少し有能な者が揃っていればマクルナ国の侵略を遠ざけることぐらいのことは出来たであろうに。


「トンスラ宰相も災難だったわね。あの方も色々あったみたいね?」

「噂に聞く宰相さまはご家庭でも大変だったようですよ。恋愛で結ばれた奥方さまには家出され、御子息は放蕩が過ぎて勘当されたとか。マクルナ国の侵攻で、気が休まらなかったのではないでしょうか?」

「無理もないわね。だからあんなに頭が淋しくなられたのね。ローランは勘当されてたの? 初耳よ」


 ローランは宰相の息子だ。劇団を持ってあっちこち地方巡業に出向いている。それが世間から放蕩と見られてしまったのだろうか?


「私も噂に聞いただけですから。本当かどうかはわかりませんけどね。まさかまだ宰相さまのことを根に持っていらっしゃるとか?」

「もうそんな気はないわ。ただ…… 同情というか、あの御方も大変な思いをしてたんじゃないかと思って」

「宰相職にある者としてそれぐらい当然です。シークレット男爵のようにいち早くとんずらされたなら許せませんけど」

「リリーたら。とんずらだなんて」


 リリーの口からとんずらという聞きなれない言葉が飛び出して、苦笑したアデルに、リリーも笑い返す。


「でも良かったですね。マクルナ王は素敵なお方で」


 気まずい話題を切り替えるように、リリーが先ほど対面したソラルダットを持ち出した。


「まだ分からないわ。これから色々と見えてくる場面もあるかもしれないし」

「大丈夫ですよ。あのお方ならば、姫さまをとって食べるような人外の者ではありませんし、大事にしてくれますよ」

「どうしてそう断言できるの? でもね。気になる事があるのよ。あのようなお方がどうしてトゥーラに求婚してきたの?」


 ソラルダットは、噂に聞くトゥーラは大らかな人柄で着飾る事と三食昼寝付きに三度のおやつに、三度の夜食の生活が何より大好きで、それを物語るような容姿と体型をしている女性と言っていた。それを耳にしてあまりいい印象は持てなかっただろうに、どうしてトゥーラを娶ろうと考えたのだろう。不思議だ。


「マクルナ国王はふくよか専なのかしら? 単なる物好き?」

「姫さま。それは個人的な趣味の問題ですから、そこはあなたさまが目を瞑って差し上げれば、何も問題ありません。まずは家庭円満が第一ですわ」

「それとも財政が厳しくて、リスバーナの資源に目をつけた?」


 リリーの発言を聞き流して首を傾げれば、リリーはアデルの呟きに応える。


「姫さま。マクルナ王国は新興国とはいえ、今やアルカシア大陸のほとんどを占める富裕大国ですよ。リスバーナのような、そこそこ資源に恵まれてはいても、常に氷雪に見舞われている国に、なにか都合してもらおうなんて考えませんよ」

「普通ならそうよね? ならなぜあの険しい山脈を越えてまで、リスバーナに手を伸ばして来たのかしら?」

「さあ。それは分かりませんけど。まあ、いいじゃないですか? マクルナ国王がお優しそうな御方で」

「それはそうだけど…」

「姫さまは深く考え過ぎですよ。もう少し気を楽にしたら如何ですか?」


 リリーはアデルの杞憂に過ぎないと笑った。



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