第15話 偽城主との戦い

 ハンプトン支城の城主アントビーは、ウェアウルフが化けていた真っ赤な偽物だった。

「貴様の悪行はここまでだ!」

「やはり、あなたの正体は魔物でしたか…本物の王様はどこに隠しましたか?」

 私と勇者様は寝室に乱入した。


「貴様等…まぁいい…餌が増えただけだ。喰ってやる。小僧! 小娘!」

 威嚇するような恰好のまま天井を見上げ、ウェアウルフは雄叫びをあげた。


「勇者様! 今です!」

「神速!」

 神速は格闘家レベル20で覚える技。独特の呼吸法と魔力を消費して10メートル以内なら、一瞬で瞬間移動できるスキル。勇者様はウェアウルフに体当たりして派手に吹き飛ばした。私は娘さんの手を引いて部屋の外に出した。


「おのれ…」

 ウェアウルフはゆっくりと立ち上がり鋭い爪で勇者様に攻撃を仕掛けた。弧を描くような動きで速い。しかし、勇者様は攻撃をかわす。ウェアウルフの攻撃は本棚にあたり木っ端みじんに砕け散った。やはり凄い力だ。長引くと危ない。私も勇者様のサポートをしなければ…。


「邪悪なる魔物よ! 聖なる光を浴びなさい!」

 私は新たに覚えた聖職者の魔法、“破邪” をウェアウルフにぶつけた。


「ぐぉおおおおおおお!」

 ウェアウルフは闇属性、光属性の魔法が直撃し気絶して倒れた。勇者様にだけ気を取られていたのでまともに入った。それにこの部屋は狭いですしね。


「城主に化け、人々を恐怖に陥れた化け物! 覚悟!」

 勇者様は、ウェアウルフの首を刎ねた。

 人々を恐怖に陥れたウェアウルフの首が転がった。勇者様は首を持ち、城中の大ホールまで移動し大声で叫んだ。


「城主アントビーに化けていた魔物、ウェアウルフはハイランドの勇者ディナードが討ち取った!」

「なにぃ〜! おのれ! よくも主を!」

 やはり何人かの兵士は魔物が化けていた。次々と変身を解き襲いかかってくる。もちろん私と勇者様できっちりと返り討ちにした。ウェアウルフより強くないしね。

 この騒動で何事かと兵士や役人、外で待機していた住人も武装していたのか駆け付けて加勢してくれた。城内は怒号と悲鳴で大騒ぎとなった。


 そして夜が明けた。


 みんなで手分けをして調査をした。残念ながら本物の城主アントビー様は亡くなっていた。村の住人は男性が5人、女性が4人、子供が8人、合計18人が犠牲となっていた。彼らの亡骸は、最下層の牢屋に無造作に投げ捨てられていた。兵士に化けた魔物たちが交代で最下層の手前にいつもいて通してくれなかったため、調べることもできなかったようだ。しかし、最下層から漂う死臭に嫌な予感はしていたそうだ。


 そういえば、アントビー様はハイランド王国のオーガス王の弟と聞いた。一大事なのでハンプトン支城の兵隊長が報告に王都に行くことになった。私たちも一度戻ろうと勇者様に話し、兵隊長に一緒についていった。


 ………

 ……

 …


 王都に到着した。しかし、足取りが重い。兵隊長を先頭に私と勇者様が続いた。オーガス王は怪訝な顔をしていた。旅に出たはずの私と勇者様と支城の兵隊長がいるのだから只ことではないと感じているだろう。

「お前たち…どうしたのじゃ…?」


 兵隊長は、告げたくない、しかし、告げなければ…という葛藤を隠せなかった。震えながら…ゆっくりと口を開いた。いよいよか…なぜか…涙が溢れてくる。勇者様は暗い顔をして下を向いている。

「王…落ち着いて聞いてください…」

 私たちの重苦しい雰囲気を感じ取り、オーガス王も真剣な顔になった。

「うむ…申せ…」

「弟君アントビー様ですが……亡くなっていました…」

 王様は顔面蒼白となった。

「な、なんじゃと…」

 王様は玉座から立ち上がった。しかし、次第に足取りはふらふらとし始めた。

「冗談であろう…何があったのじゃ!」

 兵隊長の両肩を掴んで言った。

「魔物に…やられました。そして…魔物は城主として君臨していました…」

「なんと…」

 王様は崩れ落ちてしまった。兵隊長も王様の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

「このふたり…勇者ディナードと賢者ソシエが魔物を退治し城は取り返しました…」

「そ、そうか…よ、よくやってくれたふたりとも…アントビーに会わせてくれ!」

 私たちは王様たちを城の入口手前に待たせてある馬車までお連れした。王様は憔悴し、肩を貸さねば歩けない程だった。

 ………

 ……

 …

 そして、アントビー様の亡骸と遺品を納めた棺を兵隊長が開けた。


「アントビー…馬鹿者…わしより先に行くやつがあるか…」

 オーガス王は、棺に抱き着いて涙を流した。ついてきた大臣たちも泣いていた。

 ………

 ……

 …

 次の日、国葬が執り行われた。私と勇者様も関係者側で参加した。参列者にエルミーユさんとジャレントくんの姿を見かけた。目が合うと二人とも少しびっくりされた。まあ、旅に出たと思ったら城に居たからね。

 夜は食堂で故人を偲び、献杯と食事が用意された。しかし、私たちは王の部屋に呼ばれていたので部屋を訪ねた。


「お前たちすまぬ。今日は…飲みたい気分なのだ。付き合ってくれるか?」

「ほれ、ディナード、ソシエ…ついでやる。飲んでくれ…」

 お酒を注がれた。


「いただきます…」

「はい。では…いただきますね」

 お酒を飲んだ。ふぅ…変な感じなので、あまり味はしなかった。王様は私たちがお酒を飲むのを確認すると、口をゆっくりと開いた。

「アントビーは、体が弱かった。しかし、とても気が強くてのう、支城の守りも自ら志願していたのじゃ…」

「最近、便りもよこさずおかしいと思っていたが残念だ…」

「王様…すみません。もっと早ければ…」

 勇者様が頭を下げたので、私も続いた。


「いやいや、お前たちが謝る必要はない。魔物が、いや、その元凶である魔王が悪いのじゃ。それにあの村で被害にあう者はいなくなったのじゃ、よくやったぞ」

 それから、王様は子供のころ弟と一緒に遊んだ話、いたずらし過ぎて先王に雷を落とされた話など、懐かしくも面白く聞かせてくれた。どんどん話して楽になればいいと思う。


「ふふ、王様ってこんなに気さくな方だったのですね」

 段々と私も慣れ親しんだ口調になってきた。

「わはは、ソシエ、それにしてもお主は亡くなった娘に似ておるなぁ…」


 王様の話にずっと付き合っていうちに、朝になった。完全に徹夜、私はお酒に弱いのだ。気を抜くと倒れるのはわかっていたので、こっそりと状態回復で酔い覚ましをしていた。何度も、おかけでMPが少し減った…勇者様には気づかれていたかも。途中ですごく心配そうな顔をしていたもの。そういえば、前に勇者様にギルドまで担がれましたことを思い出した。


 私たちは王様に別れの挨拶をした。眠い目をこすりながらまた出発することに…なんか見たことがある顔の人がいるなと思ったら、城門でエルミーユさんが私たちを待っていた。


「ふたりともおはよう。なんかひどい顔しているね…寝ていないのね?」

「ええ、王様に付き合っていたら朝に…」

 勇者様もげっそりとした顔で頷く。


「今から、ハンプトン支城に戻るのでしょう? 私も連れて行ってもらってよいかな?」

「えっ、構いませんが…」

「吟遊詩人だからね。沈んでいるときに前向きになるように元気づけたりするのも仕事なの」

「そうなのですね、いきましょうか」


 ハンプトン支城直通の馬車に乗った。わ〜これは速い。昼までには着きそう。歩いてここに戻ったときは2日かかってしまった。途中グドレーヌの塔で休憩はしたけど。


 ………

 ……

 …


 村に到着した。村人たち数十人が死んでいたという事実は、みんなを暗く悲しい顔にし、かける言葉が見つからないと思っていた。

 だって…おとといの朝は、村人たちのほとんどが泣き崩れているのを見たから。あれほどの犠牲者が出ていたので無理もない話だ。色々とそれを思い出すと足取りが重いなぁと思いつつ馬車から降りる。


 しかし、予想に反して彼らは明るく出迎えてくれた。


「ディナード様、ソシエ様、先日は偽の城主を暴き魔物たちを討伐してくれました。ありがとうございました」

 村長さんが声を震わせながら、私たちにお礼を言った。


「いえ、私たちがもう少し強くなっていて、ここに早く到着できていればこのような悲劇はおきませんでした。申し訳ないです。」

 村長さんの震えている手をそっと握り、落ち着かせようとした。

「もう大丈夫ですよ…」

「あ、ソシエ様…すみません…妻と子供の事を想うと…つらいです。でも、あなたたちがこなかったらもっと同じ様に苦しむ人が増えていました」 

 村長さんは、少し涙声になりながら言った。


「ええ、そうです。村の恩人です! 恩人の前では悲しい顔はできない…で…す」

 別の女性も子供を失くしたはずなのに、私たちに心配かけたくないと無理に気丈にふるまって涙声じゃないですか……。


「勇者様、賢者様、私はハンナです! あのとき助けていただきありがとうございます」

 今度は、ウェアウルフに殺されそうになっていた女性が声をかけてくれた。


「勇者様、賢者様、ほんとうに娘を助けていただいてありがとうございます」

 その横にいる父親の兵士が礼を言う。あぁ…あの時のおじさん…良かった…娘さんも無事に助け出せて…。


 しかし、この事件は3ヶ月前から発生していたらしい。あの時、目覚めた私にもっと力があれば、こんな悲劇は起きなかったのに。くやしい。私は涙があふれてしまった。自分の力の無さが怒りに変わって…とにかく悔しくて…。


「怖かったよね…もう大丈夫だからね」

 気がついたら、私はハンナを抱きしめて泣いていた。


「うぅ、ぐすっ…怖かった…怖かったよ…うぇぇえん」


 私と勇者様のために、これからの旅に支障がでないようになのか、あるいは、心配をかけたくないのか、はたまた討伐のお礼なのかはわからない。けれども、みんなは明るくふるまっていた。しかし、この子は、昨夜の恐怖とこの村の惨劇には堪えきれず涙があふれてしまった。それを見て何人かは、もらい泣きをしていた。やはりみんな無理に明るく振舞っていたじゃない………。


 まったく、優しい人たちですね。悲しい時は悲しんでいいのですよ。私も勇者様も付き合いますよ。無理されるほうが逆に申し訳ないですし、そのほうがつらいです。


「どう? 落ち着いた?」

 どれくらい時間がたっただろう。エルミーユさんが優しく肩に手をおいて聞いてくれた。


「ええ」

「皆さん、私はエルミーユと申します。あの馬車に積んであるのは、王様からの見舞い品です。被害者遺族には後で別に手当てがあります」

 そっか、エルミーユさんは、特命を受けていたのか。王様いつのまに手をまわしていたの?


 町の広場に村人たちが集まり、見舞い品やお酒、食事がふるまわれました。

 村人たちは、亡くなった人たちの思い出を語り合い、時には思い出して涙があふれています。言葉もでない人もいる。こんな人たちがこれ以上でないためにも頑張らなければ。

 無意識に肩に力が入っていたのだろうか、勇者様が落ち着けと声をかけてくれました。


 すると、エルミーユさんが静かに立ち上がりリュートを取り出す。

 広場の中央に座り静かに歌い出した。


 もう 会えないなんて 信じたくない

 必ず 会えると信じていた


 けれど あなたは 遠くにいってしまった

 ひとりになったけど ひとりじゃない


 あなたが 見守ってくれているとわかるもの

 だから 哀しみは 乗り越えていけるはず


 叶うなら もう一度伝えたい 愛している

 あなたの いない世界なんて 考えられない


 でも 心配しないで 前を向くね

 いつか あなたに逢えたら また愛してね


 しんみりと心に染みわたる。みんな泣いていた。

 私も勇者様も………。


 翌日、私たちは出発した。

 たくさんの餞別の品をいただいた。とても持って行けそうにないと思った。しかし、特殊な不思議な袋をいただいた。

 袋を開けると、次元空間が広がっており、何でも好きなだけ入るというすごい袋だ。ナニコレ?

 なんでも偽城主が持っていたそうだ。では、ありがたくいただこうと思う。

 あっ…この感じ…私の中で、ベルスの気配がする。また何か伝えてくれるのかな…。


 ――まあ、今回の戦いはよかった。やっと地に足がついた戦いができるようになってきたな。


 そうだね…あなたの記憶のお陰で…私も勇者様も最適な動き方に慣れてきたよ。


 ――それにしても、エルミーユの歌声は心に響くな…俺は…人の生き死になんて無関心だった…いや、無理にそうしていたが。

 何かあったのだろうか? ベルスの記憶を共有しているとはいえ…すべてを確認できたわけではない。ベルスにも悲しい過去もあったのだろうか。


 ――なあディナード…お前は、もしソシエがいなくなったら悲しいよな……。


 ………別にいいよ…私は…一時の人格だもの…………。

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