第14話 ハンプトン支城の城主は様子がおかしいようです
私たちは洞窟内の秘密の抜け道を進んでいる。あっ、眩しい…外に出ることができた。精霊ウンディーネありがとう。こうして城の姿も遠目だけど見える。
勇者様と城に向かう。彼の話では、もう少しでハンプトン支城にたどり着ける。私も勇者様も疲れはある、でも魔物を倒して強くなるために険しい道をあえて進む。
必ず魔王を倒す…過去のベルスの幻を見てから…私はより強く思うようになった。なぜ…そんな気持ちになったのだろう。無人島での仲間を失ったことがきっかけなのか…。
あの時からベルスは表舞台には立たなくなった。代わりに私が活動することになった。そして、戦いは危険なことが分かった。ベルスは自分の体取り戻したい。人生を取り戻すために勇者様の仲間になるために王都まで来たはず。どうして表舞台から出るのをやめたのだろう。
そのおかげで私は表舞台に立てた。ベルスの願いを放棄して、普通に暮らすこともできる。しかし、私は戦いの人生を歩み始めた。人は生きる目標を見つけるものと言うが…果たしてこれが生きる目標なのか。わからない…私の人生は始まったばかりだ。
10年…眠りについていた、でも私の意識はあった。はっきりと、今でも覚えている。目覚めてから戦いの連続、魔王軍を倒さなければ平和はこないのだろう。無人島で力及ばず、短い間とは言えある種の絆を感じていた仲間たちを殺され絶望も感じた。あんな思いはもうしたくない。そのために魔物を倒し、すべての元凶である魔王も倒す。それと引き換えに、ベルスの願いを叶えて、私は…ソシエという人格は消えるのだろう。私は繋ぎのための一時の人格なのか、なんのために私は存在しているのか…考えれば考えるほど正解はわからない。
私は…私は…いや、いまは…自分について考えるのはよそう、それも運命なのだろう。それよりも、今は、あの時の無力感と絶望を忘れず怒りに変えて魔物と魔王を倒すだけだ。
幸い私はベルスの記憶を持っている、戦い方はわかる。勇者で倒せなかったからこそ賢者の私が誕生し、勇者を伴って魔王を倒すのが運命なのだろう。
ならば…私は…鬼となり…勇者様を鍛えるしかない。
ベルスの願いを叶えて、私が消えることになっても!
「うっ、なんか悪寒が…」
あっ…考察が長引いた…それにしても勇者様、勘が鋭い。うふふ。
さて、この森にいる代表的な敵は、巨大な蛇サーペント、オオトカゲ、巨大鷲、スライム、ノール。今回、勇者様育成プロジェクトとして、格闘レベルを上げてもらおうと考えていた。思った通り、勇者様はメキメキと格闘レベルをあげていく。本当に凄い、やっぱり才能がある。
私は勇者様のサポートに徹した。彼が毒に犯されたときには状態回復。強敵と遭遇した時は雷弩(小さな雷を発生させて弓矢のように放つ聖職者の魔法)で勇者様をサポート。どうしても強敵との戦いでは、威力の強い魔術師系の魔法に偏ってしまう。雑魚の魔物討伐では、できるだけ普段使わない魔法を使い、バランスよく成長しようと考えたのだ。
そして、適度に休憩もする。私か勇者様の魔力が切れかけたら休憩して回復する。雑魚戦は無理をしない。ついでに休憩中は採取した薬草を調合した。道具と容器も持ち歩くようにしたためいつでも薬は作れる。
強くなるためには、ステータスの上昇が高い近接ジョブのレベル上げが有効。しかし、私は近接ジョブが伸び悩んでいる。この体がそもそも近接に向いていないのだろう。仕方がないので他のジョブのレベルを上げて、総合力でステータスアップを目指そうと思う。勇者様だけ強くなって私が弱かったら話にならないし……。
こうして戦いと休憩を繰り返しているうちにハンプトン支城に着いた。城主に挨拶しようと城に向かうと入口で兵士に声をかけられた。
「お前たちは?」
「俺は勇者ディナード。こちらは賢者ソシエ。魔王討伐の旅に出ている者だ。城主に挨拶をしたい」
「ならぬ! 帰れ!」
「なぜだ? オーガス王から俺に協力するように国内には通達があるはずだ!」
「ええい! そんなものは知らぬ! 事情が変わったのだ。言うことを聞かなければ牢屋にぶち込むぞ!」
「勇者様、様子が変です。ここは引きましょう」
「そのほうが身のためだぞ…」
私たちは入城をあきらめて集落に向った。勇者様は腕組みをしながら思案している。やがて私の顔を見て言った。
「ソシエ、あいつを見たか? 震えていた…なにかある。恐怖に支配されている」
「私もそう思います。近くに村がありますから聞き込みしましょう」
私たちは、二手に分かれ聞き込みを開始。
「こんにちは、あの城の事について聞きたいのですが、何でもいいので知っていることを教えていただけませんか?」
母と娘の親子に声をかける。びっくりした顔をされた。あれ? 娘さんが怪我をしている。かわいそうに…。私は魔力を高めた。
「話すことはなにもありません。ちょっと! 何しているのですか?」
「あっ、お母さん! 痛くない! お姉ちゃんが怪我を直してくれた! ありがとう!」
娘さんに抱き着かれた。お母さんもびっくりしていたけどすぐにほっとした顔になる。私は娘さんの頭を撫でながら笑顔でよかったねと言った。
「ありがとうございました。先ほどは失礼いたしました」
「この子はこの村にいたくないと…森に迷い込んでなんとか帰ってきたのです。その時に怪我をしてしまいました」
「詳しく教えてくれませんか」
「はい。では私の家に…」
「ちょっと待って!」
何人か村人が集まって来た。
「旅のお方、その子にしてくれたように、うちの人も治していただけませんか?」
他の方も頷いている。治療してからのほうが話は聞けそうだ。
何人かの家を回り、怪我人をすべて治癒した。勇者様もなにか困りごとはないかと聞いているうちに怪我人を薬草で治療していたそうだ。小さな村なのであっと言う間に面識はできた。おかげで情報は集めやすくなり、日も暮れてきたので宿屋で勇者様と打ち合わせをすることに。
「ソシエ、打ち合わせをするか。ハンプトン支城の兵士や役人はこの村人が務めているのが多い」
「城主は3ヶ月前から態度が変わりましたね」
「週に一度、城主とその側近がやってきては女子供をひとり選んで城に連れていく」
「ええ、奉公人としてということらしいですね」
「逆らうものは容赦なく痛めつけられる」
「逃げようとしても周りは魔物だらけで逃げられず怪我が絶えない」
「怪しい」
勇者様は、腕組みしながら唸るように言いました。
「勇者様、そういえば3月前といえば、グラスローの塔を占拠されたときもその頃ではありませんか?」
「確かに。あの塔だけではなく、この城も解放する必要がありそうだな」
「あの兵士の怯え方も気になりますね」
「ああ、おそらく人質をとられて脅されている」
私も頷く。城主の正体は確かめておきたい。人間ならば処罰をあたえればいいし、もし魔物が化けているなら倒さないと。
「夜に忍び込みましょう」
「よし、そうしよう」
私たちは夜中まで仮眠をし、戦いの準備を整えて外に出る。しかし、何人か村人が集まっていて驚いた。
「ディナード様! ソシエ様! あの城にいくのですよね。すみません聞き耳たててしまいました!」
「私たち子供が心配で…連れて行ってください! 警備が手薄な場所を案内します」
「オラもおっとうが…グスッ…兵士で働いてるけど心配だべ!」
私と勇者様はどうしようかと目があった。
「わかった。連れて行くよ。ただし俺たちの指示に従ってくれ」
それから、地理に詳しい村人の案内で、城の守備が手薄な場所に案内された。城の塔の外側にロープで作った梯子がこっそりと伸びている。
「これは?」
「城内に通じている者に用意させました。ここから登れば屋上にでます。そこからなら王の間と寝室が近いです」
「ありがとうございます。危険だしもう離れてください。勇者様、行きましょう」
梯子を登り屋上に上がる。さて、見張りは3人。
そっと塔から飛び降り素早く見張りに近づく、ぎゅっと首締めで気絶させた。もう1人も勇者様が気絶させていた。さて、あとひとり。しかし、明らかに強そうだ。幸いなことにまだ気づいていない。あ、勇者様! 気づいた時には彼は、見張りの背後に回り込んでいた。
勇者様は首締めを完全に決める。兵士は「ぐぅっ!?」と驚いて剣を落とした。私も加勢に行く。足払いをして見張りをうつ伏せに倒し、覚えたての拘束魔法で縛り付けた。勇者様はそのまま背後から兵士にのしかかり、今度は首を引っ張る、すると“ボワン”と音がして魔物ノールが姿を現した。やはり魔物でしたね。しかし、勇者様はそのまま魔物の首をへし折った。これは…馬乗り固めですね。
「ふぅ…」
「勇者様、お疲れ様です。では、いきましょうか」
「あぁ…ソシエもいいアシストだった」「ありがとうございます!」
下に降りる階段を見つけて静かに降り始めた。すぐに王の間と王の寝室らしき部屋を見つけた。
「どちらからいきますか?」
「こんな時間だからな、王の間には誰もいないだろうけどそこからにしよう」
「はい」
私たちは王の間にそっとお邪魔した。
「やはり誰もいませんね。あれ? あの壁おかしくありませんか? かすかに光がもれています」
「本当だ」
勇者様は、そっと覗いて「ここは…王の寝室だ」と小声でつぶやいた。
「あ、ここからものぞけますね」
私ももうひとつの穴から覗いてみる。
「ん? 王と誰かがいますね…うーん…女性ですね…」
「そうだな…ん?」
誰かが王の間に入ってきた。どこかでみた顔だと思ったら、昼間に見た兵士だった。
勇者様は素早く兵士の背後に回り込み、腕を背中側にねじり上げてもう片手では口を塞いで完全に捕獲した。兵士は参ったと降参のポーズを片手でしたので、勇者様は兵士の口だけは自由にした。
「お前たちは…日中に訪ねてきた者たちだな…」
それにしても、勇者様は動きが速くなっている。
「おっさん…ここは何かおかしいぞ。城下の村の評判は悪いし、のぞき穴から見たが王様はまだ起きているし、誰かと部屋にいるぞ…」
兵士のおじさんは顔が青ざめている。
「すまぬ…大声をあげるつもりもない、君らの侵入を王様に報告するつもりもない…手を離してくれ…腕が痛くてかなわん…のぞき穴は俺が開けたのだ。王を監視する為に…俺にも見せてくれ…」
「監視だと…? どうやら王に違和感があるようだな…じゃあ、いいだろう」
ディナードから解放されると兵士のおじさんは急いでのぞき穴から目を凝らした。
「くっ…王…俺の娘に何をする気だ!」
兵士のおじさんは血相を変えて王の寝室へ向った。
「どうしますか?」
「娘と言っていたな…ただ事ではないしついていくか」
私たちは王の寝室のドアの物陰に潜み、何が起こっているか様子を見ることにした。
「王! 私の娘には手を出さないと、約束してくれたではありませんか!」
「お父様! 助けて!」
王に腕を掴まれている娘と寝室にかしずきながら物申す兵士。物陰で聞いている私たち、なんだろうこの状況。
「ふむ、確かに。村の最強の使い手であるお前は戦力として役に立つからのう。お前を留めておくために確かにそう言った」
「では、娘を解放してください! 毎日、気が気でなりませんでした!」
「だがな…この娘は美しい。もう我慢の限界だ。さっさと持ち場に帰れ! 今なら寝室に無断で入室してきたことを不問とする」
嫌らしい目つきをしながら、娘さんを見る目は…人ではない。
「し、しかし! アントビー様に呼ばれた者は、次の日に誰一人して見かけたものはいません! お願いです。お許しください! 娘を解放してください!」
「さぁ、娘よ。我の相手をするがよい。最高の夜にしよう」
「い、いやっ! 助けてお父様!」
娘さんは、必死の抵抗をして暴れているが、王様は涼しい顔をして受け流している。
「ふ〜む。仕方がない。今宵は満月か…我にとっては素晴らしい夜だ。そしてごちそうにありつけるところを邪魔されてだんだん腹が立ってきておる。もう許せぬ。覚悟するがよい! まとめて喰い殺してくれるわ!」
ハイランド王国ハンプトン支城、城主アントビーはウェアウルフに変身した。
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