第13話 唇って柔らかいのですね

「つっ…!」

 私はベッドから起き上がろうとした。しかし、腹部に痛みを感じた。

「おっ、おい! 大丈夫か? ボスゴブリンから受けたダメージがまだあるだろう? もう少し寝ていいぞ」

「ありがとうございます。少し痛むけど大丈夫ですよ」

 私は自分に回復魔法を唱えて体力を回復した。


「おぉ…すごい…」

「今度は回復も戦闘で使うように気を付けますね。では勇者様これからどうしましょうか?」

「今日はもう休もう。お前が大丈夫なら、町長が用意してくれた来賓客用の部屋で休もうか。いいベッドだったから体の疲れはとれると思う」

「わかりました」


 来賓客用の部屋に入り、椅子に腰かけた。

 勇者様は討伐の報酬を貰ったといいながら、テーブルの上にアイテムを並べた。

 鉄の盾、回復薬5個、MP回復薬5個、10万ゴールド金貨3枚。


「ソシエ、この盾は使うか? 防御が心配だからな…でも重いか…」

「うーん、私には重くて扱えないですね。勇者様がお使いください」

「そうか…わかった。俺が使うか、しっかりソシエを守るよ…」

 ん? なんか最後のほう声が小さかったな。

「えっと…そろそろ夕飯を持ってきてくれるはずだ。もう夕暮れだぞ…昨日もそうだけど俺たち昼飯食べてないな…」

「ほんとですね」


 ふたりで目を見つめあって笑いあった。


 運ばれてきた料理は、どれもこの町の料理人が腕を振るって作ってくれたらしい。

「うわぁ…美味しそうですね。勇者様!」

「あぁ、さっ、いただこうぜ!」


 ……

 …


 お腹がペコペコすぎたので、ふたりでかなりの量の料理を平らげてしまった!

 寝室が2つに分かれていたので、それぞれお休みなさいを言い眠りにつく。


 ……

 …


 そして朝になった。


「おはようございます。勇者様」

「おはよう。朝飯も用意してくれるそうだ」

「では、その前に今日はなにをするか決めましょう」

「では、ゴブリンたちが住んでいた洞窟を探索しよう」

「えっ!?」

「昨日は、お前が寝ている間に色々と情報を集めていた。ゴブリンの洞窟の奥深い所に神秘的なものがあるという噂らしい」

「そうなのですね。情報収集していたとは…ありがとうございます!」

 私たちは朝食をとり、一旦グラスローの塔まで戻り西へ進んだ。ゴブリンの洞窟が見えてきた。

「気を付けてくださいね。残党がいるかもしれません」

「うむ…」


 ……

 …


 期待外れだった。敵も出なかったし、お宝もなかった。100コールド硬貨を5枚拾っただけだった。ふたりでため息が出てしまう。


「なあ、ソシエ。あそこの奥なにかおかしくないか?」

 そう言うと勇者様は奥の岩に指をさす。確かに色がちぐはぐだし何か違和感がある。なんとか岩をどかしたいけど。


「勇者様、一緒に竜巻を!」

「なるほど!」

「岩の隙間の小さい岩と砂利はこれで吹き飛びましたね。隙間ができたのでふたりで押せばなんとか転がせそうです」

「よし、やるか!」

 くぅ…お、重い…ち、力が入りにくい…あっ…転がった、ほぼ勇者様の力でしたね。

「ふぅ。これで通れますね」

 洞窟がさらに奥まで続いていた。しばらく歩くと湖とその側にテーブルが置いてあった。その上には錆びた剣が置いてあるが、勇者様はそれを湖に投げ入れてしまった。


「ちょっと勇者様! テーブルになにか書いてありますよ」

「投げ入れろと書いてあるだろう?」

「そうじゃなくて! 噂に聞いたことがありますが罠とか試練が発生することがあるので慎重に…と相談する前に投げちゃいましたね。まあ、なにも無いことを祈りましょう」


 周囲が揺れている。地震?

 湖の中から…あれは…精霊ウンディーネ?


「あなたが落とした剣は、闇をも切裂く光の剣でしょうか? それとも光も闇で覆う漆黒の剣でしょうか?」

「あ〜そうだな…ムグッ」

 私は、勇者様の口を手で塞いで「錆びた剣です! 精霊ウンディーネ様!」と言った。


「お、おい。いい剣が手に入るまたとない機会じゃないか」

 小声で勇者様が言います。


「だめですよ。こういう人外相手の時は、正直に答えると相場が決まっています」

 小声で返す。なるほどと勇者様は目でわかったと合図した。


「そ、そうだ。俺が落としたのは錆びた剣だ!」


「正直ですね。そちらの娘は。しかし、お前は勇者として相応しくない。試練を与えましょう。耐えられなければここで死ぬのよ。大津波!」


「勇者様!」

「来るな! 近づけばお前も巻き添えになる!」


 噂には聞いたことがある。津波で溺れさせて湖に引きずり込む。特に男であれば死体でしばらく遊ぶという。どんな遊びかはわからないけど危険ということはわかる。なかなか恐ろしく悪趣味な精霊だ。

 勇者様は見えない力で吹き飛ばされて湖に落とされた。そして、湖を覆うように魔法の津波が空中から降り注ぐ。これは湖から脱出できそうにない。


「小娘! お前は関係ないからそのまま黙って見ておれば危害は加えぬ!」

 さらに、風の魔法で私を湖に近寄らせない。

「こんなところで…勇者様は…死なせません!」

 私は迷いのない目で彼女を睨んだ。「なに!」一瞬風が弱まった隙に湖に飛び込んだ。


 勇者様は…どこだろう?

 自分に魔法 “飛翔” のエネルギーを纏い、推進力に変えて水中を自在に動ける。ぶっつけ本番だったけど上手くいった。利点は泳ぐ必要がないので息と体力を温存できる。


 勇者様…見つけた!

 しかし、気を失っているのかな? だらりとしている。急な事で水を飲みすぎたのかも、急いで助けないと危険だ。


 私は勇者様を抱きかかえて上を見上げる。まだ津波が滝のような勢いで流れ込んで来ている。逃がさないつもりなのか……。


 でも…こんなところで…私は…私たちは負けない。負けるものですか! 絶対に魔王を倒す…ここでやられてたまるか!


 飛翔の重ね掛けを何度も使い、ついに滝の様な津波に逆らって湖から飛び出せた。


 ついに、脱出できた……目がかすむ、倒れたい、でも、まだ…やることがある。


 勇者様を抱えて彼を地面に寝かせた。

 私の魔力もほぼ枯渇しているし、体力も気力も限界だ。しかし、最後の力を振り絞って回復と状態回復をかけてみた。まだ勇者様は目覚めない…!


 いったいどうしたら………。

 そうだ…まだ方法はある…図書館で読んでいた知識がここで役に立つとは!

 必死に人工呼吸と心臓マッサージを行った。


「起きて! 勇者様…起きて、起きてください…こんなところで、死ぬわけにはいかないのです! 起きて…起きなさい! ディナード!」


 ゲホゲホと咳込みながら勇者様が目を開けた。

 よかった…彼はゆっくりと起き上がった。

「あれ…俺は…そうか…ソシエが助けてくれたのか…ありがとう…」

 しかし、私は安心してしまったのか力が抜けてしまった。ゆっくりと倒れながら勇者様に手を差し出した。「ソシエ!」と力強く、手を握ってくれた。


「良かった…ディナード…土魔法です。彼女は…精霊ウンディーネ…水属性…弱点は土…水を吸収できます。後はお願いします…」

 私は力が抜けて倒れた。


「ソシエ! おのれ…ウンディーネ! 貴様ぁぁあああ!」

 勇者様は、怒りに任せて信じられない速度で魔法を放った。ウンディーネの周囲を無数の土の槍で囲む。彼女は観念したような顔をして指をパチンと鳴らす。津波は消えて嘘のように静寂が戻った。


「わかったわ。参った…降参よ」

「よし…いいだろう」

 勇者様も呼応するように槍をすべて消した。


「感謝しなさい。その子に。いいものを見せてもらったし許してあげるわ。贈り物もあげる。あなたたちの旅に幸あるように」

 私はほぼ閉じかけた瞳の隙間からウンディーネとの戦いが無事終了するのを見届けた。

 ……

 …

 あれ、誰かが私の頬をペチペチと叩く。


「あれ? 勇者様」

 キョトンとしながらのんびりと言った。なんだろう…状況が飲めないけど…ゆっくりと立ち上がった。


「はぁ…よかった。大丈夫か…全く、お前はなんで俺の前で気絶ばかりするのだ! 心配かけるな!」

 えっ、抱きしめられた。は、恥ずかしいです。ディナード様!


「あ、あの! 大丈夫ですから! は、離れてください!」

「あ、すまん。その、助かったよ。しかし、どうやって助かったのだ?」

 あっ…必死であの時は…勇者様とキスしてしまった!


「えっと…ひ、必死で水を吐かせました!」

「ありがとう助かったよ、命の恩人だ」

 頭を撫でられた。優しい温もりがする。勇者様の目が優しい。


「そうだ。ウンディーネのやつなんか知らんけど装備をくれた。あと、抜け道も教えてくれた」


 賢者のローブ   :技術+2、知力+3、運+2、魔力+2、物理防御+20、魔法防御+25

 身の守りの腕輪  :運+5、物理防御+5、魔法防御+5

 ウンディーネの槍 :物理攻撃+23


「立てるか? 抜け道を通るとハンプトン支城はすぐ着くらしい」

「では、そこにいきましょう。ただ…少し休みを取って回復しましょうか」

 体力回復薬やMP回復薬を使い体力を全快にする。私はちょっと落ち着きたい。まだドキドキしているし。何はともあれよかった。


 ふぅ…あ、ベルスの声が聞こえてくる気配がする。


 ――さてと…一言いわせてくれ。まったく冗談じゃない。ディナードに死ぬれたら困るところだ…なんとなくだが、ディナードは俺に匹敵する才能があると思う。


 うん…ごめん…って、なんで私が謝らなきゃいけないのさー!


 ――今までは冒険の仕方、戦い方がわからなかったから伸び悩んでいただけだし。これからもっと経験と修行を積むのだ。もっと伸びる。


 うん…勇者様…強くなっていると思う。


 ――それにしても…ソシエよ…ディナードと人工呼吸とはいえ、キスしてしまったのか。ソシエも満更でもなさそうだな。ワハハハハ! 俺の元の体に戻るまで間だけ体を貸しているとはいえ、ソシエにも幸せな気持ちは味わってほしいからな。


 うう…恥ずかしいな。もぅ、ベルスからかわないでよ! でも…私の考えは聞こえていないよね…あ、タイミングを合わせて喋ればいいのか…。

 でも…勇者様が近くにいるときに限って、ベルスの気配を感じるからタイミングが悪いなぁ…もぅ。ひとりで喋っていたらおかしな奴と思われそう…。


「ソシエ? 頬を膨らませてどうした?」

「い、いえ…なんでもありませんよ…」

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