第3話 旅立つ前にお世話になった人達にあいさつした

 まず隣町のティリマスへ行く。その前にお世話になった人に挨拶しよう。


 少し歩くと道場が見えた。俺はドアの前に立つ。そして横にスライドする珍しいタイプのドアを開けた。ここは格闘技を教えている。

「お爺様、お久しぶりです。私は勇者ディナード様を追いかけます。そして魔王討伐に参加したいと思います。お別れのご挨拶に来ました」

「おお、ソシエさん。ぜひ孫の力になってほしいですじゃ」


 この道場の孫は勇者ディナードだった。


 実は女将さんから勇者について聞いたのだ。すぐに俺はここを訪ねた。勇者は格闘技をここで習い、剣技は元傭兵の父から教わっていたとのこと。すでに両親は亡くなったそうだ。


「はい、お任せください。この村にもお世話になりました。みんな優しくて、こんな事は初めてです。その恩は返したいと思います」

「ソシエさんは魔法の才能が高いのに、格闘技の訓練をしたいと言ってここでも練習していましたな。変わったお方じゃ」


 近接戦闘術の知識はあるのだ。スキルは残念だがなくなったけどな。折角だし体は動かしたかった。


「あとは…こんなこともありましたな…あれもこれも…」

 お爺さんは懐かしそうに色々話を続けてくれる。そんなこともあったなぁと感慨深く色々思い出す。


 俺は元の実力を取り戻したかった。しかし、体は思ったようについてこない。それでもやらなければならない。できることから始めたのだ。

 まずは勇者の仲間になることだ。そして実践で鍛えあげる。これが近道。

 でも、実力がある程度ないと仲間にしてもらえないだろう。

 この道場では密かに剣技や格闘技、魔法の練習をさせてもらうのは好都合の場所だった。もちろん女将さんの手伝いもおろそかにはしていない。


 ついでに魔王の魔法の効果についても調べた。ティリマスという隣の町の図書館でついに突き止めた。魔導書には衝撃的なことが書かれていた。


 究極絶対変化魔法


 効果

 対象者の姿を意のままに変化させて固定する。「変化」 魔法の亜種魔法。「変化」は短時間の効果しかない。また、術者や対象者の能力次第でいつでも解除できる。究極絶対変化は術者のレベルに応じて長時間の効果が見込めるのが特徴。また、対象者の能力で勝手に解除されることがない。


[解除条件]

 術者が解除を行う。

 術者が死亡する。


[不可条件]

 変化と異なり対象者の意志で解除はできない。

 他の術者による変化、究極絶対変化は受け付けない、解除もできない。

 術者本人でも対象者がすでに変化状態の場合、術者本人でもさらに変化させる事はできない。先に解除が必要である。


[解除不可条件]

 変化した状態で対象者が死亡する。

 変化した状態で子を宿す、宿らせる。


 かなり頭を抱えた。意のままに変化させて姿を固定だと……。

 どうせ変化させるならカエルとかブタとかもっと無力化できる対象があったはず。なぜに女の姿に。まったくわからん。


 仮説だが、俺の勇者のレベルが高すぎて別の生物にまでは変えられなかった。または、あえて生かし弱体化させてから自ら止めを刺したいか…。

 俺が魔王なら勇者の力を超えるために一時的に封印する。それか逃げて修行する。いやいや、魔王はそんな面倒なことはしない。プライドを守るために城からは動かないし、どんな手を使っても勝つ性格だろう。

 まさか、俺を女にして屈辱を与えたうえ魔王の嫁にして凌辱するとか、ぶっ飛んだことを計画してないだろうな。急に俺は寒気を感じた。確かにそれなら屈辱を晴らせるのか? くそっ! 冗談ではない!


 はぁ、はぁ、ええい! 考えれば考えるほど変なことを考えてしまう。あり得ないだろうと思うようなことまで考えてしまう。拳を力強く握りしめる。


 何はともあれやることは決まっている。握った拳を机に叩きつける。

 魔王をぶっ飛ばす。元に戻る。それだけだ!

 いいだろう。最強の賢者として成長してやる。そしてもう一度魔王の前に立つ。

 ボコボコにしてぶちのめす。俺をこんな姿にしたことを後悔させてやるぞ!


 そんなふうにあの日の俺は決意を固めたのだった。


 さて、話を変えよう。思い出すだけで頭に血が上った。余談だが、魔法の威力は魔力と魔法の詠唱レベルの相乗効果で決まる。

 つまり魔力がいくら高くても火球Lv1だとそこまで強くはない。ひとまわり少ない魔力でも火球Lv5のほうが破壊力はある。


 よって魔法は使い込むほど威力は上がる。そして、ひとつの魔法を生涯極めて人生を終える人もいる。研究の成果としてギルド立会いの元、効果が実証されればそれだけで一生分のお金が王国から報奨金がでるので挑戦する人も多い。たいていはセンスがないため挫折する。しかし、稀にひとつの魔法のセンスが抜群にあり、極める人がいるからこそマイナーな魔法でも効果がこのようにわかる。本当に今となってはありがたいと思う。情報がなければ手探りで目標も決められなかっただろう。


「ソシエさん?」

「あっ! ハイ、すいません。そういえば、そんなこともありましたね。お爺様、ディナード様はお任せください。必ずお力になります! では失礼いたします」

 魔王のやつ。本当に何を考えているのかわからない。俺はわけが分からないものは嫌いなのだ。相当イライラしていたので、お爺さんの話は半分聞いていなかった。気まずいと思いながら道場を後にした。爺さんごめんよ。


 次に村娘のマリーの家を訪ねた。マリーはちょうど家から出てきた。


「ソシエ!」

 マリーがダッシュしてきて抱き着いてきた!

 この子はいつも元気いっぱいだ。そして男勝り。だからか? 気が合った。この子もなかなか可愛いと思う。この元気さで癒される。少し気持ちが落ち着いてきた。


「とうとう旅立つのか! 今からあんたに会いに行くところだった!」

「マリー、村に侵入してくる魔物の退治は任せたからね!」

「ああ、任せな! ソシエ程強くはないけど一緒に戦って戦士Lv6までは成長できたし、この辺の魔物なら楽勝だし!」


 マリーとの出会いを懐かしく思い出してみる。


 ――

 ある日の事だ。私は女将さんと一緒にお店で働いていた。突然村人たちの悲鳴が上がり、私は何事かと外に飛び出して状況を確認した。なんと魔物がこの村に侵入してきた。

 大人の村人達数人が武器や農具を構えて必死に魔物と応戦。けれど、少し魔物が押していますね。私の見立てではLv5程度の戦士がいれば勝てる敵。けど村人でそんな腕に覚えがある人はいない。戦闘ジョブさえ覚えていないのが普通だもの。

 周囲を見渡してみるとケガ人もいる。「どいて!」私は女将さんの静止も聞かずに魔物の前に飛び出して魔法で倒した。「もう大丈夫ですからね」と声をかけて安心させてから、ケガ人を回復魔法で治療した。


 それを見ていたマリーがえらく感動して、私も強くしてほしい! 私も村を守りたいと私に頼み込んで来た。


 それなら、一緒に修行して強くなろう。逆に提案してみた。それから隣町のギルドを教えてもらい案内してもらう。ギルドからクエストを受注して、よく魔物退治をしたなぁ。この村の安全を確保するために、周辺の魔物も積極的に討伐もしたし。


「ふふっ、マリーも強くなったしこの村も安心ね」

「すっかりお淑やかになっちゃって! この村に来たときは私みたいな口調だったのに!」

 と笑われた。

「そうだね、女将さんは客商売だからって叩き直されましたね。その癖が直らないですね。ふふっ、マリーも直したらどうですか?」

「うるせーよ、あたしはこのままでいいのだ!」


 ――


 う…い、いかん…心でもたまに女みたいな思考で考える自分が最近たまにある。まるで自分が自分でないというか、もう一人の自分みたいな。その時の俺は何も喋れず、考えることはできるが、見守っているだけというか。口調はすっかり女将さんに教育されてしまったが、せめて心までは女になりたくない。どうなっている…これも魔法の影響なのか…。くそっ…実はこの意識が乗っ取られる感覚は最近多くなっている。あっ…また意識が…くそっ…いや…本当は俺の方が…それに…この感覚は不思議と安心感もあるのだ。


「それで? 王都を目指すのか?」

「そうですね、まずはティリマスへ向かってハイランド王国の港までの船に乗っていきます」

「おぅ! じゃあ、ディナードに会ったら助けてやってくれ! 大事なお笹馴染みなのだ…」

「えっ! 勇者様の事はマリーの口から初めて聞いた。しかも幼馴染だったのですか?」

「べ、別にいいじゃねぇか! ほら、さっさと行ってこい!」


 マリーは急に顔を赤らめて照れだした。そして、彼女にせかされて慌てて出発。なんだろうな、マリーのやつ。わからん。

 途中で道行く人にも声をかけられつつ、丁寧にあいさつを返す。ティリマスへ向かって歩き始める。ここは、本当にいい村だった。

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