賢者として修行する編

第2話 小娘になってしまってから初めての人たちとの出会い

 廃村からおぼつかない足取りで道を歩きはじめた。

 時間の感覚がわからなかったけど…うっすらと空が赤く染まっていた。

 そうか…夕方か…。

 女の体になってからというもの…歩く速度は落ちていると感じた。


 あっ、村だ。よかった…人がいる。また廃村だったらと心配していたが安心した。じゃあ…聞き込みを開始するかな。


「おい、貴様、ここはいったいどこなのだ?」

 俺は、普通に聞いたつもりだったが、見知らぬおじさんは顔色を変えた。

「ん? 小娘! それが人に物を聞く態度か!」

 しまったー! 今は小娘になっていたのだった!

 おじさんはカンカンに怒っている。まずい…怒りを鎮めよう。今は情報が欲しいので下手にいこう。


「あ、ごめんなさい。冗談です。旅の者ですが、ここはどこなのでしょう。あはは…」

「チッ、次からは言葉使いに気をつけろ。ここはチェスターという鉱山の村だ」

「チェスター…ありがとうございます。あとですね…」

 こんな調子で、滑らかに女性口調で喋ることができた。まあ俺は天才だからな。その気になればなんでもできる。それに、いまの俺の容姿だと男口調はやめた方が賢明だろう…余計に目立ってしまう。


 --軽食屋


 俺は村の軽食屋で放心状態になっている。もはや顔色が悪いどころではない。聞き込みしてわかったことが衝撃すぎた。軽食屋の女将さんは、心配そうな顔でこちらを見ている。おじさんから聞き出した情報をもう一度整理だ。


 ここは、ハイランド王国という。北と南の島というか、ふたつの大陸で構成されている大きな国。因みにここは北側の大陸となる。

 勇者時代は、この国には来たことはなかった。弱い敵しかいないという噂だったし。

 どちらにしろ、とんでもない辺鄙なところに転移してしまった。


 魔王の住んでいる場所までは遠いなぁ…。


 あぁ…どうしてこんなことに…。


 逆に助かったか。こんな貧弱になってしまった体では、大幅にステータスもダウンしているだろう。瀕死の魔王にすら勝てないだろうな。それどころか強い魔物にもかなわないのではないか?


 あとこの村は近年過疎状態で、町や王都に人口が流出していたそうだ。

 別にそんな情報は聞きたくはなかったが、あのおじさんをおだてたら勝手にしゃべりだした。やはり可愛い女の子はこういう時は得だな。そういえば俺がお世話になっていた王家の諜報員にも女性はいた。たぶん、こういうことなんだろうな…情報を聞きだすのって…。さて、話を戻すと…2年前にこの村出身の若者が勇者として応募して合格したらしい。するとこの村は有名になり活気が戻ってきたとのことだ。


 思わぬところで勇者の情報が出てきてびっくりした。しかし、自分はこの村の出身ではないし困惑した。

 俺は驚いて勇者ベルスの事かと聞いたら、彼は10年前に魔王との戦いで死んでいるよと言われた。そこが一番ショックだった。10年のあの…究極絶対変化といったか…結局俺は逃げることに成功したが、魔法は被弾して気絶していたのだろう。ヤツの発動の声が聞こえたものな…やはり、魔王は侮ってはいけないと学んだよ…。


 しかし、この村から勇者が出たという事実はシンプルに興味深い。俺が勇者だったときはそんな仕組みなかったけど他国は違うのか?


 さてと…。


 怖いから見たくはなかった。しかし、現在の力を確認しないと…。ステータスオープン! “ステータスオープン”と詠唱すると誰でも自分のステータスを見ることができるのだ。MPを1以上持っていれば誰でも使える便利な魔法だ。


[ジョブ]

 賢者Lv1 魔術師Lv10 聖職者Lv10


[ステータス]

 戦闘力184 物理攻撃力20 物理防御23 魔法防御40 HP108 MP103 技術21 素早さ17 知力36 運24 魔力37


[装備]

 はじまりの杖 賢者の服 ブーツ 


 これは弱い、弱すぎる。

 一般人より強いくらいだよ。いやまあ王宮の魔術師でもLv5くらいが平均だけどさ……。


<参考>魔王戦の時の勇者ベルスのステータス


[ジョブ]

 勇者Lv123 バトルマスターLv60 戦士Lv138 格闘家Lv83 魔術師Lv32 狩人Lv20 墓守Lv25 大工Lv25 漁師Lv24 農家Lv20


[ステータス]

 戦闘力6194 物理攻撃力1003 物理防御1522 魔法防御1216 HP5096 MP2389 技術420 素早さ413 知力228 運209 魔力335


[装備]

 オリハルコンの剣 覇王の鎧 竜王の籠手 風神の靴 八王の首飾り 王者の腕輪


 俺の力が…戦闘力184に弱体化。魔王ですら3000程度だった。それを遥かに上回る6000オーバーの数値が…裸でも戦闘力3500あったのに。絶望で目の前が一瞬で真っ暗になった。お、俺の…ち、力が…。


 ………


 “死なないで!”

 誰だ…? 俺を呼ぶ声は…君は…。


 ………


 どうやら気絶していたようだ。それにしても、何か聞こえた気がするが気のせいか。


 あわよくば、勇者の試験を受けようと考えていた。しかし、こんなに弱くなっては…無理だ。

 それに勇者ジョブを解放するには近接ジョブの習得は必須だ。この体は、俺の経験と見立てでわかる。近接戦闘のセンスはない! それでも、特訓してなんとかものにしなければ。なんて苦手な方向性のジョブ特性になったのだ。魔王のヤツ……。


 いつのまにか女将さんがすっ飛んできて、俺を優しく抱き起こしてくれていた。

「お嬢ちゃん!大丈夫かい? さっきから様子がおかしかったから注意して見ていたのよ」

 俺は泣いた。なぜか分からないが無性に悲しい気持ちになっただけだ。それなのに感情が高ぶる。流すつもりのない涙まで流れた。どうなってやがる女の体ってやつは…。


「いえ…ちょっと失ったものが大きくて…それを思い出して…」

「あの、ありがとうございました。ぐすっ。もう出ます! ごちそうさまでした!」

「そう? じゃ800ゴールドね!」

「あっ…!」


 1時間後、元気に皿を洗っている俺がいた!


「ありがとうございました!」

 俺は元気よく、お客様へ声をかけていた……どうして、こうなった……。


 トホホ、金がなかったのだ。細かい事情は伏せたが、遠い王国からやってきたが荷物を全部なくしてしまったことに気が付いて目の前が真っ暗になったと…ごまかした。まぁ、ある意味間違ってはない。それから、女将さんのご厚意に甘えて働くことになったのだ。ついでに空き部屋で居候してもよいとのこと。女将さん…マジ感謝。


 あと名前はベルスのままじゃおかしいから、ソシエにした。賢者ソシエだ。ベルスの姿を取り戻すまでの一時的な名前とした。なんとなく、ふとその名前がいいなとピンと来た。


 あと10年も経過していた割には平和だし…魔王も活動的ではなかったように思う。俺との戦いでかなりの深手を与えたし、回復に相当な時間がかかっているのかもと考えた。


 そういうわけで、俺も久々にのんびりさせてもらう。店の手伝いもしなければいけないけどな。こうして働くのも悪くない。たまに男言葉がでてしまうが、その時は女将さんに厳しく指導された。まあここを拠点とするのも悪くない…女将さんは、優しいし母ができたような気持ちだ。


 しかし、俺も働いてばかりもいられない。暇を見つけては、隣町のティリマスへでかけていた。

 その町のギルドでは、魔物討伐や薬草採取などのクエストができる。資金もたまるし修行もできるので素晴らしい。


 そして修業の成果はこれだ。クエストの報酬に伴い、装備も少し変わった。


[ジョブ]

 賢者Lv11 魔術師Lv17 聖職者Lv15 戦士Lv3 格闘家Lv2 薬草師Lv1 薬剤師Lv1 地質学者Lv1 大工Lv2


[ステータス]

 戦闘力367 物理攻撃力32 物理防御42 魔法防御71 HP314 MP248 技術33 素早さ32 知力64 運40 魔力65


[装備]

 はじまりの杖 賢者の服 疾風のブーツ エメラルドのネックレス 


 とりあえず、こんなところだろう。あれから3ヶ月が経過していた。もうここでは成長の限界だ。敵が弱すぎる。

 次のステップは、勇者と合流を考えている。実践で強い敵を沢山倒せるほうが効率的なのだ。ひとりだと限界が来てしまうし。もちろん前の俺なら一人でも問題なかったが。


「女将さん、お世話になりました。私は賢者として、勇者様のお力になりたいので王都へ行きます」

「ソシエちゃん、寂しくなるね。前から聞いてはいたけど修行をしてから魔王討伐に参加したいだなんて。そんな怖い思いしなくてもここでずっと暮らしていてもいいのよ?」

「女将さんは私にすごく優しくしてくれて、本当にありがとうございました。どうしても魔王は倒したいのです」


 この人は本当にあたたかい人だ。

 本当にこの人の娘になったような気分ですごく心地よかった。それはまずい。女として生きていくつもりはないし、なんか心も体になじんできた感じがするため焦りを感じたのだ。


 俺は本当の姿を取り戻さないといけない。

 そのためには、この村の勇者ディナードに会って仲間にさせてくれと頼む。いきなりあのステータスのままいっても門前払いされてしまうだろう。だから勇者の時の知識を生かし、効率よく修行を積み短期間でレベルアップをした。すべての準備はできたのだ。


「わかったよ…ソシエちゃん。また辛いことがあったらいつでも帰っておいで? もう私の娘みたいなものなのだから」

「女将さん…」


 不思議と涙が流れた。ありがとうございます。ありがとうございます。こんなに優しくしてもらったのは初めてだ。抱きしめられて頭を撫でられた。女将さんも泣いている。俺は、母と過ごした記憶がない。だから本当に母親と思って接していた節もあった。


 辛いけど、女将さんへ別れを告げて再び旅立つ。勇者様、いま会いに行きます。

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