うなぎの蒲焼き


君の自己修復機能がまともに作動しなくなってから、間もなく4時間50分になる。

本来、君の肌を形成するエラストマーは、熱を与え、冷却することでその組織が再形成されるんだ。

しかし、君の電脳は自らの手指が著しく損傷していることを認知できないでいるらしい。

ゆえに横たわる自身の体を起こすこともできず、大雪にさらされながら、クレバスの隙間でうつ伏せのままでいるわけだ。

異常を察知した電脳からは、いまも救難信号がひっきりなしに飛ばされている。

しかし豪雪は君の位置情報を、君の悲鳴をも無情にかき消している。


死んだロボットは天国へも地獄へも行けないらしいよ。


君は荷物を運搬するために生まれ、君は荷物を運搬することしか知らず、君は荷物を運搬する中で死を迎えつつある。

君は覚えていないだろうけど、君が初めて運んだ荷物は、町工場で働く従業員たちへの昼食だったんだ。

その日はちょうど土用の丑の日だったので、皆にはうなぎの蒲焼きが振る舞われていた。

社長が皆のために奮発したのだと胸を張っていたよ。

経営は正直上手く行っているとは言い難かったのに、社員のためならと身銭を切ったんだって話していた。

従業員たちは皆喜んで、温かいうなぎの蒲焼きにかぶりついていたなあ。


でも、誰も気づいてなかったけど、あれはうなぎじゃなくて蒲鉾だったんだよ。


よく出来た偽物で、うなぎよりも随分リーズナブルらしい。

全部運び終えた後、社長室で君は見ていたはずだけど。

昼休みが終わって、従業員たちが満足げに自分たちの仕事に戻るのをブラインドの隙間から確認した社長は、部屋に鍵をかけて、ご夫人と一緒に本物のうなぎの蒲焼きを美味そうに食べていたじゃないか。

目いっぱい精をつけた社長は、そのままご夫人とめちゃめちゃアブノーマルなセックスをしてたでしょ。


それが良いことなのか悪いことなのかなんて、君は考えもせぬまま蒲焼きを運んでいたんだろう。

僕でさえわからないよ。社長がやったことの善悪なんてさ。

でもそんなことも考えられない君が天国へも地獄へも行けないのは、もうその時に決まってたんだ。


決まってたはずだったのに。


善悪なんてわかんないはずの君が、君がだよ。

あの日の夕方、社長の前を突然すごい速度で横切って、よろめいた社長はお尻を強打してしまった。

尾てい骨にヒビが入ったんだって、社長は苦笑いだったよ。

初期不良で生体感知センサーが上手く機能しなかったんじゃないかって、社長も大きな問題にはしなかったけど。

よりによって生みの親を傷つけたんだよ、君は。


そうこう言っている内に、更に雪が激しくなってきたね。

山の傷跡を修復するように、君のいるクレバスも雪で覆われていく。

ロボットらしく親指でも立ててほしいところだけど。

あ、壊れてたんだったか。ごめんごめん。


死んだロボットは天国へも地獄へも行けないらしいけど、お別れの挨拶をしないとね。


アスタ・ラ・ビスタ・ベイビー。地獄で会おうぜ。


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