夜祭前に

みず

夜祭り前に






また、夏が始まる。



僕は夏が大嫌いだ。

まず、暑いのは苦手だし、蝉はうるさいし、蚊なんて無作法な虫が飛んでいるし、それに大好きなアイスがすぐに溶けてしまうからだ。

よく「夏に食べるアイスは美味しい」と何も分かってない友達や家族は言うけれど、僕から言わせれば夏に食べても冬に食べてもなんにも変わらない。それなら、溶けてベタベタに手が汚れない方がいいに決まってるじゃないか。

僕は大衆に屈したりしない。だから僕はあえて、夏はアイスを食べないことに決めた。しかし、この僕のつまらない意地が尚更夏を嫌いにさせるのだった。



そんな夏はやく終わってしまえ、と願うばかりである。



そんなことを考えているいつも通りの夏の日だった。


神社の賽銭箱の前に座ってアイスを食べている少女に出会った。


僕の彼女への最初の第一印象は、かなり悪かった。

だって、僕が食べたいのに、自分のせいで食べれなくなったアイスを美味しそうに頬張っているんだぞ。そんなの妬ましいに決まっている。


だから、僕は少し彼女を睨みつけた。

あぁ、どうか早く溶けますように。(あわよくば彼女の服にしみなんかつけてくれたら最高だ)と 1ミリも信用していない神にこっそり祈った。


すると、彼女は僕の視線に気づいたのか、こちらを向いて、何を考えたのか、「君も食べる?」とアイスを差し出した。

僕はなんだか恥ずかしくなって、すぐ「いや、いい、ちらない。」とできるだけぶっきらぼうに答えた。


そして、彼女は「こんな暑い日に食べるアイスはとっても美味しいのに」と僕にとっての地雷であるセリフを放った。

僕は反論する気もなかったので、「あぁ、そうかい。」とこれまたぶっきらぼうに答えた。


その日はちょうど夏祭りの日だった。

僕は一緒に夏祭りに行くような友達もいなかったし、特に興味もなかった。

しかし、僕は暗くなる前の夏祭り前の屋台が準備を始める頃の雰囲気が好きだった。

これは、夏の唯一好きなところと言っていいかもしれない。

夜祭前の音楽を空気を雰囲気を、全力で愛しみながら歩いていると、あの憎たらしい彼女はまだそこに座っていた。周りが祭りのために騒ぎ出し始めた頃に、まだ静かに座ってる彼女はなんだか幽霊みたいだった。


彼女は僕に気づいたらしく、こちらに寄ってきて、「ね、よかったら一緒にお祭り回ろうよ」

と声をかけてきた。

僕は断る理由もなかったし、ほんとに、なんとなく、理由なんてなく、

「あぁ、いいよ」

と答えた。



そこから、僕らはいろんな話をした。

彼女と話せば話すほど、僕は自分との正反対さにびっくりするばかりだった。


ほんとに正反対なんだ。

まず、彼女の好きなアイスの味はチョコミントだった。

僕はあんなの歯磨き粉だ、アイスへの冒涜だと思っていたので、また彼女への嫌悪は募った。


そして、なにより僕らの正反対さを際立たせたのは、彼女は夏が大好きだという事だった。


蝉の五月蝿さも、日焼けも、虫も、風鈴も、花火も、ベタベタに溶けたアイスも、彼女は好きでたまらないのだと言う。


あぁ、本当に、全く理解できないやつだなぁ、と僕は少し笑った。


そしてたわいのない話を続けたあとに、僕らは、

「じゃあ、またね」

と絶対に叶わない、届かない、約束をした。




















その次の日も僕らはまたその神社で出会った。

そして、たわいのない話を続ける。

学校の授業がつまらないだとか、クラスにいる気になる人の話だとか、好きなアイスの味だとか。

ほんとにたわいのない、なんにも残らない、サイダーみたいな話だよ。


そんなことを何日も続けたあと、

僕はやっと気づいたんだよ。

ほんとに、ようやく。


僕らはここから1歩も動き出せていないことに。

ずっと昨日と同じことを、昨日と同じ話を繰り返していることに。


ここでまた、「僕らは」と言ってしまったことに内心飽き飽きする。

違うだろ、「僕は」だよ。


僕はあの日、あの夜祭りの帰り道、死んだのだから。

本当に唐突に、突然に、それは皮肉にも僕のつまらない人生の中で1番劇的な出来事だったと言えるだろう。


僕はあの日、一日だけ、たった一日だけ一緒にいた彼女を、僕の中のただの想像の、きっと事実とは異なる彼女とずっと一緒にいたんだ。


あの日僕は彼女のことを幽霊みたいだと言ったけれど。



本当に、本当の、僕が幽霊だったんだ。




ああ、こんなことになるなら、死んでしまうなら、つまらない意地なんか張らずにアイスを食べておけばよかった。

こんなことになっても、アイスの話なんて僕はまるでアイスの亡霊だな、と自分で自分を笑ってみる。

そう思った時、僕の思い出の彼女が勝ち誇ったように笑う。

「ほら、私の言った通りでしょ。夏でもアイス食べれば良かったんだよ。」と。


あぁ、全く君の言う通りだったよ。

と心の中の彼女に呟く。

もう僕は僕の想像ではない、いくらでも変わっていく彼女と喋ることは出来ない。その瞳を見つめたり、彼女の言葉一つ一つに腹立ったりもできない。


生きるということは変化していくことなのかもしれない。

きっと、彼女の中の僕はもう変わらないのだろう。


僕の中の彼女が変わらないように。


でも実際の彼女はきっと僕の中の彼女より、背も伸びて声も大人っぽくなって、考えもいろいろ変わっていくのだろう。

あぁ、会いたかったな。会って話がしてみたかった。

僕の思い出の、想像の、架空の彼女ではなく、本物の彼女を。

単純に、強く、切にそう願った。



僕はきっと、この夏の亡霊なのだろう。この夏に出会った彼女との思い出しか眺めてないのだから、所詮この夏から出られないのだろう。

彼女の世界にはまた新しい夏が始まるのに。



こんなことを言うと、まるで僕が夏を待ってるみたいじゃないか。

あぁ、その通りだな、僕は、



どうかそんな夏なら始まってくれ、と願うばかりだった。





おわり。









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夜祭前に みず @hanabi__

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