番外編 アルジャーノンの成人式
やっと僕も15歳になった。
でも、成人のお披露目をする会に妹のアンジーは、いない。
まだアンジーが降精霊祭を終えていないということもあるんだけど、彼女が竜騎士の花嫁となったことで取り入りたいと思って近寄ってくる人を警戒してのことだった。
僕の妹アンジーは、とてもお人好しなんだ。
今でこそピアス付き奴隷となったティグルだけど、買ってきたときはただの奴隷だったんだから、放っておけば良いものを甲斐甲斐しく構っていた。
お嫁に出すとなれば、そういうわけにもいかなかったから、もっと厳しく躾られたんだろうけど、アンジーはずっとアッシュフィールド公爵家にいることに決まったので伸びやかに育った。甘やかしたとも言うけど。
そんなアンジーだから、「困ってるんです」といった風に擦り寄ってこられると、それを受け入れてしまう可能性が大いにあったため、こういった催し物には参加させない方向で話はまとまってるんだけど、肝心のアンジーは、こういう会に出たがらない。
僕と同じように妹がいる友人たちは、「妹も出たがって癇癪を起こすから大変なんだよ」と、ゲンナリした顔をして愚痴っていたんだけど、アンジーはあまりそういうのはないね。
まあ、理由は色々とあるんだけど、アンジーが喋ると噛むからなのが最大の理由だろうね。
僕たちからすれば可愛らしいことだけど、貴族社会ではそれが欠点になる。
アンジーが既に竜騎士の花嫁となっていたとしても、そういった
そんなことを思い出しながら会場内を見回すと、第二王子マクシミリアン殿下とその派閥の貴族ばかりが参加していた。
本当なら第一王子のジェレマイア殿下も参加したがっていたんだけど、まだ情勢が安定したとは言えないから遠慮しておこうと、悔しそうに言っていたんだよね。
王子様方はとても仲が良いんだけど、それに気付かずに欲にかられて騒いでる大人が滑稽ではある。
ああはなりたくないね。
「アルジャーノン殿、成人おめでとう」
「ありがとうございます、マクシミリアン殿下」
「アンジェリカ嬢は、降精霊祭が終わっていないから参加できなかったんだね」
「はい、マクシミリアン殿下。まあ、降精霊祭が終わっていても参加したかどうかは分かりませんが……」
「おや?そうなの?」
「はい。こういった催し物に出るのを極端に嫌がる子でして……」
「何か、嫌なことでもあったの?」
「いえ、ただのめんどくさがりです」
「えぇ〜……。あー、でも、出ないなら出ないで楽ではあるのかな?」
「そうですね。その点では楽ですよ」
マクシミリアン殿下と楽しげに話していると、チラチラこちらを見てくる子息や令嬢たち。
でも、僕たちはまだ表には出していないけど、既に婚約者候補はいるし、側近候補も選出済みだから、期待するだけ無駄だよ?不相応な
あまり長々とマクシミリアン殿下をお引き留めしてはいけないと、ある程度お喋りをしたら暇の挨拶を告げて参加者に挨拶に回ることにしたんだけど、軽食コーナーで身動ぎもせずに何かを凝視している子息が気になって仕方がない。
食べたいなら食べれば良いのに何をしているんだろう?と、声をかけることにした。
「ねぇ、君。食べないの?」
「………………。」
「え、あれ?おーい、どうしたの?」
「え?……はっ!?す、すみません!!お邪魔でしたか!?」
「いや、そうではないけど。何も食べずにどうしたのかと思って」
「あ、ああ……、これを見ていたんです。これって、鬼神ハンフリー様ですよね?」
「そうだよ。ふふ、妹が軽食コーナーに置いてって贈ってくれたんだよ」
「妹君様は、鬼神ハンフリー様がお好きなのですか?」
軽食コーナーにて身動ぎもせずに、猛々しい鬼神ハンフリーが描かれた小さめの絵を見ていた彼と話してみたところ、彼はハンフリーとは血縁にあたるそうで、それで見ていたらしい。
彼は、ハンフリーと血縁にあたるとは言っても親が属しているのは、自称第一王子殿下派であるため、参加することは叶わないと思っていたんだけど、諦めずに親戚中に手紙を出して頼み込み、連れて来てもらうことができたのだと、照れくさそうに笑って言った。
うん、ごめん。君のご両親は「自称第一王子殿下派」なのではなく、そこの情報を流してもらうために潜伏してくれているだけで、思いっきり第二王子マクシミリアン殿下派なんだよ。
でも、そこまでして参加してくれたってことは、何か目的があったと思うんだけど、それは何だったのか聞いてみた。
「えっと……、鬼神ハンフリー様がこちらのお邸におられると耳にしたので、運が良ければ会えないかな……と」
「そっか。でも、彼は今、料理長をしていて、武術指南はしてくれないと思うよ?」
「え?料理長をされておられるのですか!?と、と、ということはっ、こちらに並べられている料理は、もしかしなくても……っ!!」
「あ、そっちなの。うん、このクッキーと、こっちの料理はそうだね」
「しょ、しょっ、食しても、よ、よろしいのでしょうか!?」
「ぶふっ、うん、好きなだけ食べると良いよ」
上品な仕草ではあるけれど、かなりの早さで平らげていく彼を見て、「そういえば、まだ自己紹介の挨拶も交わしてないや」と、気付いたんだけど、この出会いが切っ掛けで彼がうちで料理人になるとは思いもしなかった。
その後、ハンフリーに会わせてみたら、滂沱の涙を流して拝み始めたんだけど、ハンフリー曰く、「こういうのは、よくいる」とのことで、あまり気にした様子はなかった。……よく、いるんだ。
彼のことがあったため、とりあえず僕の成人を祝う会に参加してくれた子息や令嬢になるべく話しかけてみたんだけど、なかなかに愉快な人もいた。
たまたまアッシュフィールド公爵領に遊びに来ていてアンジーを見かけた令嬢なんかは、それ以来アンジーの可愛さにやられてしまったらしく、なんとアンジーが買い物に行く範囲内に家を借りて住み着いてしまっていた。
アンジーに「お姉様」と呼ばれたいので、自分を側室としてどうかとグイグイ来るんだけど、そのときに「第10側室でも構いませんので!」って言うんだよ。
僕、10人も側室とらないから!!
それが、このあと僕の婚約者となったジョゼフィーヌの妹との出会いだった。
ジョゼフィーヌが婚約者候補なので、彼女と結婚することになれば、間接的にアンジーと姉妹になれると言うと、目を輝かせて姉ジョゼフィーヌの方へ向かって行った。
あとから聞いた話なんだけど、ジョゼフィーヌとその妹は異母姉妹で、あまり仲は良くなかったらしく、妹の方が何かと突っかかってきていたのが、姉がアンジーの兄である僕と結婚できるかもしれないと、手のひらを返したように懐いてきたので、今までのことを水に流して仲良くすることにしたんだって。
まあ、あの二人の姉妹が仲良くできなかったのは、分からないではないかな?
ジョゼフィーヌが肩に大怪我を負った事件。その原因となった彼女の従兄は処分されたけど、それだけでは収まらなかったそうで、その従兄の弟と婚約することになったのが、先程のジョゼフィーヌの妹だった。
ほぼ、その家を乗っ取るような条件でジョゼフィーヌの妹が嫁ぐことになったとはいえ、そこは格下の家で、しかも相手は自分より6歳も年下。
そんな婚約を結ぶはめになったのだから、機嫌も悪くなるだろう。
アンジーの場合と違って男性が年下だと、相手が成人するまで待たなければならない。
そうなれば彼女は21歳。関わりのない僕ですら可哀想だと思ってしまう年齢差だよ。
父上から派閥や親だけでなく、本人を見るようにと言われていたけれど、なるほど、と思うことが多かった。
異母弟が僕を支えるために生まれたけれど、結局、僕を支えてくれるのは手はかかるけれど可愛い妹と、僕の側近になるはずだったクリフになった。
早々に結婚するはめになった可愛い妹だけど、クリフにそれほど執着していないのは良かった。どうやら今は、恋愛よりも
さて、と。
まだ挨拶を終えていない人のところへ行きますか。
アンジーと接することで、宝石やドレス以外の話題を振っても喜ぶ女の子がいるのだと知り、かなり楽にはなったからね。
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