閑話 竜騎士の花嫁の伯父となった伯爵家当主
コーンウェル伯爵家が王家より見放され、他の貴族家から距離を取られるようになったのは、祖母の失態からであった。
その当時の王太子殿下、今のエメラルディン公爵閣下こと王兄ブラッドフォード・アルベルティーヌ・エメラルディン・クリスタル・オーア・ラビリンス王兄殿下が幼少の頃に魔力を抜かれていたことに気付けなかったとして、乳母をしていた祖母は毒杯を賜わることとなった。
被害に遭われたのが王太子殿下ということもあり、世話をしていた人間はかなりの数となったため、直接手を下した者以外は家にまで罪を問わないとされたのだが、乳母であった者が気付けなかったということで、我が家は他の家と違いかなり窮地に立たされた。
本来ならば王太子殿下の乳兄弟として育つはずであった叔父は、彼の兄である我が父によって平民へと落とされている。
弟が産まれたことにより、ただでさえ母親に構ってもらえなくなったのに、そこに来て王太子殿下の乳母となったため、母親にほとんど会えなくなってしまったと聞いている。
弟さえ産まれなければ母親が乳母になることもなかったと、父は恨みを募らせていったのだと、私は祖父から聞かされたことがあった。
そして、父は歪んだまま育ち、本来のコーンウェル伯爵家としての仕事も出来ぬままこの世を去ったのは、私が16歳になった頃であった。
祖父の助けのもと、必死で当主として働き、王家からの信頼を回復させようと脇目もふらずに努力し、やっとアッシュフィールド公爵閣下と繋ぎを得ることに成功したが、既にその時にはコーンウェル伯爵家としての仕事は、ウルフスタン伯爵家へと移っていた。
コーンウェル伯爵家は代々、クリスタルラビリンス王国の暗部を担っており、その信頼度の高さからも王太子殿下の乳母に選ばれたのだが、所詮、祖母は他の家から嫁いできた身であったため、危機感が我々よりも低かったのだろうな。
結果的にきちんと祖母に嫁としての教育を施しきれていなかったと、祖父の母は謝り通して亡くなったそうだ。
アッシュフィールド公爵家にご嫡男様が誕生されたことで、私は代理母の提案をしに行った。
降精霊祭にて精霊と契約を結べるかどうかの親和性は、母親由来であることから私の異母妹を推薦し、条件はついたものの採用していただくことが出来た。
20歳という遅さではあるが、高位の精霊と契約を結べた私の異母妹は、世界を旅してみたいと口癖のように言っていたが、恐らくコーンウェル伯爵家の者として後ろ指をさされることに辟易していたところもあったのだろう。
私は、代理母としての務めを果たせば後は好きにして良いと言って、アッシュフィールド公爵家へと異母妹を送り出した。
そうして生まれたのが、アンジェリカとアンドリューという双子であった。
異母妹は産後の肥立ちも良く、半年でアッシュフィールド公爵家別邸を出て行ったと報告があったが、彼女がコーンウェル伯爵家に顔を出すことはなかった。
代理母を採用していただく際に交わされた条件の中に、「使いものにならなければ、処分はコーンウェル伯爵家でする」というものがあったため、使いものにならないアンドリューを引き取ると言ったのだが、アッシュフィールド公爵閣下は、最初は断ってきた。
どうやら、アンドリューが使いものにならなくなったのは、魂が前世持ちであったことによるものであり、コーンウェル伯爵家に何の責任もないと判断されたからであった。
しかし、それでも交わした内容には「使いものにならなければ」とあるのだからと、最終的にはこちらで引き取る約束をした。
アンジェリカが竜騎士の花嫁となったことによる下心は見透かされていたであろうが、それを隠したところで印象が良くなったりはしないので、あからさまにはしなかったが、隠しもしなかった。
しかも、アンジェリカがウルフスタン伯爵家の子息を婿にもらうというのだから、願ってもない機会が訪れたと歓喜した。
これで、コーンウェル伯爵家としての仕事をウルフスタン伯爵家が引き継いだと言ってしまえる。
つまり、コーンウェル伯爵家を私の代で終わらせることにしたのだ。
だが、アッシュフィールド公爵閣下から思いもよらぬ提案をされた。
とある下位貴族の令嬢を後妻として貰い受けてほしいと言うのだ。
私に離婚歴があるのは、アンジェリカが使いものにならなかった場合に、表向きは後妻として引き受け、監視するためであった。
なぜ後妻なのかといえば、優秀な令嬢ならば養女として引き取るのは分かるが、使い物にならない令嬢を養女にしたりはしないからだ。
どうせ世間には私とアンジェリカが伯父と姪であることは、まだ知られていないのだから、そうなった場合でも何も問題はないが、だからといって私との間に子を作るようなことはしない。精霊との親和性が高いであろう彼女に魔力の高い男性との間に子供を作らせて、届け出るつもりでいたのだ。
しかし、アンジェリカはとんでもなく素晴らしい子であったため、そんなことをする必要はなく、機会を見て私が彼女の伯父であると公表されるのを待つばかりだったのだが、どうやらその為には厄介事を引き受けなければならなくなった。
そうして引き受けた厄介事は、随分と視野の狭い頭のおかしい娘であった。
「コーンウェル伯爵様、本来ならばあなた様に嫁ぐのはアンジェリカだったのです。わたくしではございません。わたくしは、妃となる身なのです」
「ほう?アンジェリカとは、アッシュフィールド公爵家のご令嬢のことか?だが、随分と無礼な口を利くのだな。いくらお前が伯爵夫人になったとはいえ、公爵家のご令嬢を呼び捨てにして良いわけがないだろう?お前は、何様のつもりだ?」
「あ、いえ、よ、予知夢では、アンジェリカは、いえ、アンジェリカ様は罪人となっていたのです。それで……」
「ハッ!夢で罪人となっていたから、現実でも貶めて良いと?随分と頭のおかしいことを言うのだな」
「で、でもっ」
「もうすぐ公表されるから教えてやろう。アッシュフィールド公爵家令嬢アンジェリカ様の母親は私の妹だよ。予知夢だか何だか知らんが、姪を後妻として娶ることなど有り得んよ」
「そんな……っ!?」
アンジェリカが使いものにならなければ、そのような未来も有り得たかもしれんが、そのことをわざわざ教えてやるつもりはない。
何かにつけてアンジェリカを蔑むような態度を取るこの小娘に、現実を見せてやる必要があるだろう。
二言目には妃になる身だと
「うそよ……、そんな……。どうして、そのような嘘を仰るのですか……?」
「何故、嘘をつかねばならない?どの道、婚約発表が行われる会にて知ることになるのだから、その時に今のような醜態を晒さないように、事前に教えてやったに過ぎん」
「どうして……?わたくしが妃にならなければ……そうでなければ……」
「そもそも、そのような未来など来んよ。お前が予知夢とやらで見た未来だが、そこで施されていたという妃教育も本当に妃教育であったのか疑問だな。お前が妃教育の過程で知ったという逃走経路だがな、アッシュフィールド公爵閣下からのお返事では、使い捨てにするための者に教えるものだということだ。つまり、お前に妃となる未来など、最初から無かったのだよ」
私の言葉に目の光を失い、ソファーに崩れるようにして寄りかかった小娘は、やっと現実を知ったようだ。
これで、婚約発表の会にて醜態を晒すことはないだろう。
高位の癒しの精霊と契約した下位貴族の令嬢を保護するためという名目で、私の後妻となっているが、何故、我がコーンウェル伯爵家だったのかは、婚約発表の場で公表される。
竜騎士の花嫁であり、精霊王様のお妃様と契約したアンジェリカが私の姪であると、やっと周知されるのだ。
私の行く末を憂いていた祖父に、良い土産話ができた。
コーンウェル伯爵家はなくなるが、竜騎士の花嫁となった娘の母方の実家として、その名は歴史に残されることになるので、それで構わない。
婚約発表の会にてアンジェリカと話す機会が得られるかは、この小娘の態度次第だな。
あまりにも醜態を晒すようであれば、早々に引き上げることになるだろうが、まあ、そのときは、この小娘への待遇が悪くなるだけだ。
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