36 え?

 挨拶回りが終わったアルジャーノンお兄様がやって来て、婚約者のご令嬢を紹介してくれたんだけど、倒れちったー。

何か、うちのティー君とその後ろにいたアーヴァイン陛下のチラリと見えていた牙で、小さい頃にペットに噛まれたことを思い出してしまったそうな。


 そんなカプっとやられたくらいで大袈裟ねぇ、これだからご令嬢ってやつは……とか思ってスンマセンでした。肩を思いっきりガブリっとやられたんだってさ。生きてて良かったね。というか、親とか護衛とか、側近連中は何やってた?て感じ。


 控え室に運び込まれたアルジャーノンお兄様の婚約者であるジョゼフィーヌ様は、割と直ぐに意識を取り戻したんだけど、自分のおかした失態に再び倒れそうになったが、そこは意地でも踏ん張り気合いで何とかしたそうな。

大丈夫か聞いたら、そう返ってきたから私の憶測とかじゃないよ?


 「本当に……申し訳なく、お、思っており、おりますわ……」

「いやいや、アーヴァイン陛下は怒ってにゃいから。だいじょーぶ」

「何故、俺のことをさも当然のように代弁する。まあ、怒ってはおらんが。それよりも、肩を噛まれたといったな。周りは何をしていた?今でも幼いというのに、更に幼かった頃の話だろう?」


 アーヴァイン陛下って、結構な子煩悩さんみたいだね。話してるとそんな気がする。

そんでもって、ジョゼフィーヌ様の肩を噛んだペットというのは、彼女の従兄が飼っていたペットで、どうやら気を引きたくてやった子供のイタズラのようなものだったらしい。それにしちゃ殺意高くね?


 本来ならそんな怪我をした令嬢が公爵家へと嫁ぐのは難しいんだけど、これ、政略的なものなのね。

だから、処女で子供が産める状態であるならば問題ナシ!となってるの。


 まあ、つまり、あれだろうね。

大怪我とまではいかなくても、怪我して傷ものになれば、ジョゼフィーヌ様がお嫁に行かなくなるんじゃなかろうかと、安易な考えでそんなことをしたんだろうね。


 もちろん、そんなことをしたジョゼフィーヌ様の従兄は除籍の上、奴隷として売られた。

子供のしたことだなんて甘いことを言える事件ではないと判断されたんだけど、彼女が公爵家嫡男の正妻、場合によっては王子の側室になる可能性もあったからだと思う。


 ほむほむ、と聞いていた私は、控え室でなら良いかな?と、イヴァちゃんを呼んだ。呼んだっていうか、私の頭に蝶々の飾りみたいにして乗っていたんだけどね。


 「イヴァちゃーん、来てー」

「はぁーい。なぁに?アンジー」

「あれ?ちっちゃい」

「大きな姿で顕現してると、そこのお嬢さん倒れちゃうもの」

「あ、そっか。ありがちょー。そんでね、治せる?」

「うふふー、そんなの妃である私には簡単なことよ!そーれ!!」


 そーれ、の掛け声で何かの魔法を使ってくれたイヴァちゃんなんだけど、精霊王のお妃様にもなると、こちらからの詳細な指示なんていらないのだよ。

こうやって欲しいという要望を伝えれば、それの通りにしてくれるけど、結果だけをお願いすれば、やり方はイヴァちゃんが独自に考えてしてくれるからね。


 そして、それをあんぐりした顔をして見ている周囲の人たちの中で、いち早く我に返ったらしいアーヴァイン陛下は、それはそれは低ぅ〜い声で「お前の父親がくれぐれもよろしくお願いしていったのが、よぉ〜く分かったぞ、このアホ娘」と言った。失礼な。誰がアホか。


 「あー、そんなこと言っちゃうんだー。ねぇ、イヴァちゃん。獣人が魔法を放てるようになるかなー?」

「え?放てるでしょう?」

「え?放てるの?」

「え?放てないの?どうして?」


 二人で「え?」とか言って首を傾げているけど、まだ皆はイヴァちゃんが恐れ多いみたいで直接声をかけることが出来ないでいるため、私が仕切り直すことにして、獣人が持っていた降精霊祭用の道具が小競り合いによって壊された話をした。

それに対してイヴァちゃんは、腕を組んで「うーん?」と言いながら難しい顔をしてるんだけど、3頭身のぬいぐるみキャラみたいだから可愛いしかない。


 「ねぇえ、アンジー。この大陸には、ここ以外にも国があるでしょう?それと同じように獣人の住まう場所にもいくつか国があるんだから、壊してしまった国以外では降精霊祭を行えるはずよ?」

「あ、そうだよね。ということで、そこんところどうなにょ、アーヴァイン陛下」

「あ、ああ……、全く何の反応も示さな、いや、示しません」

「そう。ちょっと聞いてくるわ」

「いってらっしゃ〜い」


 イヴァちゃんは分からなかったからなのか、ボケたおじいちゃんに聞きに行ったみたいなんだけど、はたして大丈夫なんだろうか。ボケたおじいちゃんがボケてる故のボケた行動だったとかじゃないことを祈ろう。というか、精霊王がボケたら代替わりとかあるのかねぇ?既にボケてんのに。


 そんなしょーもないことを考えていると、アーヴァイン陛下がそれはもう深いため息を吐いた。

幸せ逃げんで。むしろ不幸が寄って来そうなほどのため息やで。


 「お前……っ、精霊王様のお妃様を顎で使うなっ。ここに誰もいなければ怒鳴り散らしたい気分だ。ったく、お前の父親に頼まれたというのに、なんてことだ……」

「他国の王様に頼んでいく方が悪いと思うにょ」

「仕方がなかろう。事態の収拾にあたらねばならなかったのだから。お前の兄は婚約者が心配でそこまで気を配れんだろうしな」

「アーヴァイン陛下の方こそ会場にいなきゃいけにゃいんじゃ?」

「倒れた令嬢が心配だからとこちらに来ることで、目の前で倒れられたことに何も思っていないことを示している。実際、心配はしたが、それ以外は何も思っておらん」


 子供には優しいんだよね、アーヴァイン陛下って。

そこに何故、私が含まれないのか疑問に思うけど、それは私が既婚者だからかねぇ?












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