閑話 パパは忙しいって分かってる?
アンジーの降精霊祭を終え、予知夢を見られるとかいう意味のわからない娘も監視下に置くことができて、やっと一息入れられると思っていたところに、義父であるバートレット侯爵が訪ねて来た。
もう、嫌な予感しかないんだけど。
「お久しぶりですね、義父上」
「うむ」
「……えーと、何か、ありましたか?」
「獣人の国が割れた」
「は?割れ……はぁあああっ!!?」
「公爵とあろうものが騒ぐでない」
いや、騒ぐでしょう!!?
何か、嫌な感じがするとナサニエルが言っていたと、クリフから聞いていたんだけど、まさか割れるとは……。小さな内乱くらいは起こる可能性は見ていたんだけどなぁ。
「義父上がこちらに顔を出したということは、こちらにも火の粉が飛ぶ可能性があるのですか?」
「それは、お前次第だ」
「……えっと、それは、どういう?」
「お前のところに虎がおるだろう」
「虎?あー、アンジーのですか?」
「うむ。それの伯父が割れた一つの国の王についた」
「なんてこった……」
僕次第だというのは、ティグルを解放してあちらに渡せ、ということなんだろうけど……、うん、無理だね。
アンジーとティグルの関係についてと、彼が置かれている状況を説明すると、義父上は眉間にシワを寄せて黙り込んでしまったんだけど、圧がすごい。
ティグルはピアス付きの獣人奴隷なため、平民よりも良い暮らしをしているし、アンジーを救った英雄でもあるわけで、王都ではそうでもないけど、アッシュフィールド公爵領ではものすごい人気者なんだよ。
どうするかは、本人たち次第なところがあるのと、妻のローズがアンジーを溺愛しているため、あの子が泣くようなことは絶対に許容しない。
それを伝えると、義父上は仕方がないと帰って行ったんだけど、とりあえずアンジーはティグルの気持ちを優先するだろうから、そっちを先に片付けた方が良いね。
ピアス付きの獣人奴隷は人として扱われ、それ以外の奴隷は男女ではなく雌雄と呼ぶんだけど、それは、人間の奴隷も同じなんだよね。
奴隷は人にあらず。そういう教育を施されるんだけど、まあ、アンジーはいつもの如くあまりよく分かっていないんだろうな。
先にティグルの意志を確認しようと、クリフを迎えにやることにした。
あの金色のドラゴンにはアンジーの奴隷となっているティグルも同乗することが可能なので、魔道具付き引き車よりも断然早いとクリフを迎えにやらせたのに、なかなか戻って来ない……。
色々と立て込んでいて手が足りないっていうのに、あいつは何をしているんだ!?
時間を作ってはアンジーを構いに行くのを止めさせようと、やっと戻ってきたクリフにアンジーへ手紙を渡して来いと使いにやらせ、ティグルと話すことにした。
「お前の伯父が王についた」
「は?えっ、伯父?俺、伯父さんがいたんですか?」
「そこからなのか……。獣人が住まう国の王に仕えていた将軍がお前の伯父、つまり母親の兄なんだってさ。その国が内乱によって割れ、その一つの国の王に、お前の伯父がなったんだけど、理不尽に狩られた同胞を解放しようとしている」
「それって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないだろうねー。下手をすれば戦になるだろう」
「僕は、何をすれば良いんでしょうか?」
「したいようにすれば良いさ。伯父のところへ行くでも、このままここに残るでも。お前は、ピアス付きなんだから」
「残ります。俺があちらへ行ったところで母を捜す手助けが出来るとも限らない。それならば、俺はお嬢様のおそばにいたいです」
「まあ、そう言うだろうとは思っていたけど、一応、強制されたものではないという主張はしてもらうよ。この国を血で汚したくはないからね」
「俺に出来ることなら何でもします!」
ティグルのことはこれで片付いたし、あとはマクシミリアンとジェレマイア、そして、アルジーの婚約発表だけだね。
予知夢がどうのっていう意味不明な娘の対処は、とりあえず、伯爵家当主に任せておこう。
戻ってきたクリフからアンジーの返事を貰ったが、ダンスの練習をやめろなんて僕は一言も書いてないからね?……やっぱり、言語学の教師を増やした方が良いんじゃないかな。
そう思ってアンジーと何通かやり取りをしたところで、クリフにもアンジーから手紙があったようなのだが、それを読んだクリフは、この世の終わりみたいな顔をして、部屋の隅っこに膝を抱えて座ってしまった。
何を書いたんだ、うちのアホ娘は!?
「……別れるって。アンジー……、アンジー……、なんで?」
「何の話だ?仕事があるのに別邸へ頻繁に戻るなという話だろう?」
「ちゃんと……、仕事しないと、別れ……、うぅ……、アンジぃ〜……」
クリフから奪うようにして手紙を取り上げて読んでみると、ちゃんと仕事しないなら別れると、極端なことが書いてあった。
もうちょっと、言い方があるだろうが!?あぁっ、もう!!やっぱり言語学の教師を増やす!!ハンフリーの武勇伝を読ませる前に、ちゃんとした言葉を教えるべきだよね!?ハンフリーが部下を切って捨てるような態度を取った話は、軍部の上司と部下という間柄だからね!?お前たちは、夫婦だよ!!ああぁぁ、もう〜、忙しいって言ってるのに、悩み事を増やさないでよぉーーーー!!
そう思ってアンジーに手紙を出そうとしたが、クリフが使い物にならず、それならばとティグルが走ると言ってきた。
何に頼むよりも早いし確実だろうと、彼に頼もうとしたところで、クリフがダメだと言って、アンジーへの手紙を持ってさっさと飛んで行った。
「それじゃあ、俺も領地に戻ります」
「ああ、わかった。あ、引き車を出そう。乗っていけ」
「いえ、引き車に乗ってジッとしているのは落ち着かないので、走って帰ります。乗るより、引き車をひいている方が楽なくらいです」
「いや、うん、そうか。まあ、乗るより走った方が楽なら、構わないよ。……引き車をひいて帰る必要はないからね?」
「あははっ、はい、わかりました。では、失礼いたします」
そういえばティグルは、アンジーの、あのゴテゴテした引き車をひくために買われたんだったな。
ガリガリだった少年が、よくもまあ、あそこまで大きく育ったものだ。
アンジーがティグルを虐げていたとすれば、彼の伯父は戦争を選んだかもしれないね。
でも、伯爵家当主から冗談や笑い事では済ませられない報告が届いているんだけど、これって、どういうことなんだろう?
アンジーが竜騎士を脅して花嫁となったと嘘をついており、精霊王様のお妃様を騙しているって、予知夢を見られるとかいう意味不明な娘が言い張っているらしいんだけど、精霊王のお妃様が人間相手に騙されると思ってるのかな?馬鹿にし過ぎじゃない?
ワガママで傲慢なアンジェリカが竜騎士の花嫁になれるはずがないと主張しているみたいだけど、うちのアンジーと面識ないよね?もとよりそんな子でもないし。
まあ、何を言おうが彼女が予知夢で見たという未来とは全く違うことになっているんだから、何のあてにもならないよね。
しかも、高位の癒しの精霊と契約できたことで、彼女は自身が妃に、ひいては王妃になることが決まっているとか言うんだけど、下位の貴族令嬢程度の魔力量だと、いくら高位の精霊と契約していたとしても、たいして使えないよね?
というか、高位の癒しの精霊で王妃になれるなら、精霊王様のお妃様と契約したアンジーなら女王にでもなれそうだよ。
この報告書を送ってくれた伯爵家当主は、マクシミリアンの魔力が抜かれており、アンジーがただの阿呆だったと仮定した場合はどうなるか、と聞いてきてるんだけど、たぶん、ただの使い捨てな気がする。
マクシミリアンが狙われたままだった場合、婚約者も危ない目に遭うだろうし、何かあっても高位の癒しの精霊がいれば即座に治すことが可能でしょ?
しかも、何かあっても下位の貴族令嬢だから、実家を黙らせることも出来る。
思惑としては、自称ジェレマイア派を片付けるまでの盾にして、掃除が終わったら何か理由をつけて正妃ではなく側室として迎え入れる、そんな感じじゃないかな。
彼女は予知夢で自分は妃教育を受けていると主張しているらしいんだけど、その未来があったと仮定して、どんな扱いをされているのか、一発で分かる判断材料があるんだよね。
それを伯爵家当主に確認してもらったところ、返ってきた内容は、「西の噴水」だった。
何を確認してもらったのかというと、有事の際の逃走経路だよ。
逃走経路はいくつもあって、それは王族とその配偶者、妃教育を受けている婚約者、どの立場にいるかで教えられる場所が違うんだけど、妃候補でもあまり重要視されていない子には「西の噴水」が教えられる。
つまり、囮になったり、見つかったりしやすい経路で、比較的バレやすいため、知られても問題のない場所ってこと。
つまり、彼女が見たという予知夢をもとにして考えると、妃として迎え入れられる可能性は、限りなく低かったというわけだ。
まあ、「西の噴水」のことを知っていたからといって、妃教育を受ける未来を見たという証明にもならないんだけどね。
予知夢というか、変な妄想というか、自分が王妃になれるのだと思い込んでいる頭のおかしい娘ではあるけれど、治療師としては有能なので、これからは民に尽くしてほしいものだね。
王族やその妃も民に尽くすのが仕事と言っても良いくらいなんだから、やっている仕事は同じようなものだよ。
さて、と。
婚約発表の準備もあるから、僕も一旦は領地へ帰らないとね。
なかなか表に出てこないアンジーをどうやって引っ張り出そうか、今から憂鬱だよ。
何で、あんな引きこもりに育ったんだろう?
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