閑話 サンカーミュテル神は、いつでも見ている

 巻き込まれた二つの魂を前世の記憶を保持したまま転生させたことで、どのような変化が起こるだろうと、ワクワクしながら覗いていると、転生させた片方が早々にやらかした。


 体内にある魔力が何の役割も果たしていないわけがないのに、この世界で得た知識ではないものを正しいと思い込み、魔力を放出することを繰り返して増やそうとし始めた。

筋肉を使えば使うほど、追い込めば追い込むほど、その力は増していくように、魔力もそうすれば増えてはいく。


 しかし、それで魔力量が最終的に倍になったりはしない上に、幼少期からそんなことをすれば身体の成長に支障をきたす。

身体の成長に必要な栄養があるように、魔力も必須なのだから。


 魔力を限界まで使い、血反吐を吐きながら増やし続け、晩年になってから子を作り、そして、その子もまた大人になってから同じことを繰り返した結果が、王侯貴族の始まりだった。


 昔はそうやって魔力を増やすことに心血を注いだ魔法使いたちがいたが、今の世ではそのようなことをする者はいない。

かなり魔力量が増えたことで高位の精霊とも契約できるようになり、これ以上魔力を増やす必要性を感じなくなったからだ。


 血反吐を吐くような人生よりも、人間らしい生活をしたいと思うようになったのは、当然の結果だろう。


 この世界には、精霊が住まう場所というものがあり、そのおかげで行き場を失った魂を存分に使うことが出来た。

複製するにあたって必要となる魂の数が世界二つ分となるため、遊びで複製するには無理な話だったのだが、あの愚かな女神がやらかしてくれたおかげで可能になったのだから感謝しているよ。魔神も楽しそうだから良かった、良かった。


 さて、何もしなければ豊富な魔力量を得られるはずだったが、余計なことをして失うはめになったので、さっそく運命が変わり始めた。

あのまま行けばアンジーも魔力を失いかねなかったが、いい子にしていたおかげで素晴らしい贈り物ティグルを得られたな。


 おっ、竜騎士の花嫁となったか。やりますねぇ。これは、予想外だ。

それにしても、お昼ご飯を食べたいから飛び降りるとは、なかなかに愉快な子だ。


 ああ、やはり。

精霊王の妃に目をつけられたか。そうなると、降精霊祭にてアンジーと契約するだろう。となると、確実に戦争は起こらないねぇ。起こしたところで勝てる見込みがないのだから。


 では、やり直させてあげた方は、どうだろうか?

ああ、さっそく母親を見下し始めたね。


 知らなくて良いことを知って不幸になることはあるだろうが、知らなければならないことから逃げるのは罪にもなり得る。


 彼女の場合は、前の人生で10歳から妃教育が始まったが、まず最初に施されたのは上位貴族の中に入っても違和感がない立ち居振る舞いを身につけることだった。


 しかし、妃になることが揺るぎないものだと信じ込んでいた彼女は、その教育を疎かにした。

その努力を怠った結果、彼女の立ち居振る舞いは伯爵家の令嬢程度でしかなかったのだが、本人は妃らしい淑女さを既に身につけているつもりでいたのだから滑稽だ。


 そのことから、既に母親から習うことなど何一つないと言い張って、貴族名鑑をそらんじて、どの派閥に属しているのかも披露しているが、母親はそれを賞賛するどころか気味悪がっている。

まるで得体の知れないものを見るような目を向けられていることに、彼女は全く気付いていないが、そういう周りの見えないところは相変わらずだな。


 彼女は、戦争が起きたのはアンジェリカのせいだと思っているが、あれは切っ掛けに過ぎない。

あのことがなくてもグロリアーナが嫁いでから、不貞をでっち上げて戦争に持ち込むことも考えていたのだから、遅かれ早かれ戦端は開かれていたさ。


 グロリアーナが嫁ぐ予定の隣国ハーヴェンタース王国は、獣人が住まう国から「クリスタルラビリンス王国を手に入れるための協力は惜しまない」と焚きつけられ、戦争を仕掛ける隙を虎視眈々と狙っていたのだが、それは、獣人が住まう国がハーヴェンタース王国のガラ空きの背中を襲うための嘘に過ぎない。


 獣人が住まう国の王は、自国内の反発を他国で戦争を引き起こすことで外へ向けさせて、そこで消費させようとしていた。

そういった政策は他の国でも取られているため、そう間違った判断ではなかったのだが、見通しが甘く、結局は、クリスタルラビリンス王国とハーヴェンタース王国だけに留まらず、周辺国をも巻き込んだ最悪の大戦となった。


 しかし、複製した方の世界はというと、アンジーが5歳で竜騎士の花嫁となったことで、ハーヴェンタース王国は戦争を仕掛けることを見合わせた。

その後、どうするか協議に入ったが、アンジーが降精霊祭にて精霊王の妃と契約したことで、キレイさっぱり戦争を起こすことは諦め、友好国として舵を切ることにしたのだから、その判断は正解だっただろう。勝てない戦を仕掛けて、下手をすれば自国を失うことになったかもしれないのだから。


 そして、獣人が住まう国は、目論見が外れて、結局は内乱が起き、いくつかの国に分裂することになったが、一纏めに獣人といえど種族が違えば行動にも違いが出るのだから、なるようにしてなったようなものだ。


 獣人が住まう国の王に仕えていた将軍であるティグルの伯父が内乱後、自ら国を立ち上げ、狩られて理不尽に奴隷となった獣人の解放に動いており、その第一歩として自身の妹、つまりティグルの母親を奪還することに成功したのだが、ティグルの置かれている状況を知って頭を抱えている。


 さて、まだ現実が見えていない、王妃になることに固執している愚かな少女は、どう出るのかな?

おっと、愚かな少女ではなく、人生をやり直している少女だったね。

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