閑話 やり直せた先にあったもの

 どうして……?なんで?

わたくしの心にあるのは、そればかり……。


 5歳を過ぎた辺りから少しずつ淑女教育が始まったけれど、下位の貴族であるお母様から習える程度のことであれば、わたくしは簡単にこなせてしまえるわ。

それどころか妃教育で培った淑女らしさを教えて差し上げた方が良いかしら?


 でも、わたくしが善意で教えてあげようと思っていたのにお母様ったら、お父様に「教えた覚えがないのに、既にキレイな所作を取れるの。あの子、おかしいわ」だなんて言うのよ?

だから、お母様に教えて差し上げるのは、止めにしたの。


 お父様は、わたくしが何であれ上位の貴族に混ざれる淑女らしさを持っているのならば、それで良いと、お母様の話を取り合わなかったけれど、その頃からお母様とはギクシャクしたままだわ。

でも、良いのよ。前の人生のとき、国のためにと行動していたわたくしを平手で打ったような母親だもの。


 やっと、侯爵家の茶会に呼ばれるまでになったし、周囲からは下位の貴族令嬢とは思えないほど所作が洗練されていると、たくさん褒められたけれど、その後に「まるで伯爵家のご令嬢と見紛うばかりだわ」と、続くのよ。


 わたくしは、妃教育を受けていたのよ?伯爵家の令嬢程度なわけがないのに。

きっと、下位の貴族令嬢が素晴らしい所作をしていることに嫉妬して、そのように言っているのだわ。


 でも、リアン様マクシミリアンジェイ様ジェレマイアは、わたくしが参加した茶会に足を運んでいる様子はなかった。

前の人生のとき、私は下位の貴族が主催するものにしか呼ばれなかったけれど、今は、予知夢が見られる令嬢として有名になり、上位の貴族が主催する茶会にも参加しているのに、全然会えないの。


 ただ、茶会に参加すると周囲をリアン様マクシミリアン派の子息たちが囲むから、わたくしが婚約者になる予定なのかもしれないわ。

癒しの精霊と契約していない今の状態では、表立って接点を持つわけにはいかないのと、わたくしに変な虫がつかないようにと彼らをつけてくれているのだわ。


 でも、その中にアルジャーノン様がいないのは、少しおかしな気もするのよね。

今回は領地から出ることはなく、王都へは降精霊祭のときにだけ来られていたみたいなのよ。

 領地にいるとアンジェリカが絡んでくるからと、前の時は王都へ避難していたのに……。


 しかも、偽のお守りペンダントで魔力を抜かれているはずのリアン様マクシミリアンが、10歳で精霊と契約できたのもおかしいのよ。前の時は一切、契約できなかったはずなのに。

もしかしたら、わたくしの助言が届いたのかもしれないわ!それなら、わたくしの周りをリアン様マクシミリアン派の子息たちが囲むのも分かるもの。


 前と比べて、グロリアーナ様の様子もおかしいのよね。

茶会を頻繁に開いたりもしていなかったはずだし、性格ももっと内向的だったわ……。


 そして、最大の問題がアンジェリカよ。

ワガママで傲慢な彼女が竜騎士の花嫁になれるなんて、そんなはずはないのにっ。


 恐らく、金色のドラゴンと契約できた竜騎士を脅して花嫁になったと、嘘をついているのだわ。

竜騎士の花嫁を騙るだなんて、アンジェリカらしい傲慢さね。


 まあ、良いわ。

わたくしが妃になったら容赦はしないから。


 だって、あの子がいると戦争が起きるもの。


 リアン様マクシミリアンが精霊と契約できたということは、恐らく次の王は彼に決まりね。

側室生まれのジェイ様ジェレマイアでは後ろ盾が弱いから、わたくしと婚約すれば王になれるだろうけど、それはイバラの道だわ。


 だから、ごめんなさいね、ジェイ様ジェレマイア

わたくしは、本来の婚約者であったリアン様マクシミリアンを選ぶわ。


 そうして、降精霊祭が始まるのを待っていると、今のわたくしでは到底手に入れることが叶わない豪華な衣装で、美しく着飾ったアンジェリカが入ってきた。

しかも、最後に入ってきたグロリアーナ様と色違いで全てがお揃いの衣装だなんて、どういうことなの?


 それに、グロリアーナ様が契約した、あの精霊っ!!

あれは、小さいけれど、どう見ても癒しの精霊よ!どうして、グロリアーナ様が契約しているの!?


 状況が掴めず強く手を握り込んでいると、次はアンジェリカの番になった。

でも、気にする必要はないわ。彼女は、精霊と契約できないはずだから。


 そう思っていたのに……。

どうして?どうして、どうして、どうして!!?


 どうして、精霊王様のお妃様と契約しているの!?

みんな、騙されているわ!!あの子は、竜騎士の花嫁を騙る嘘つきなのよ!?そんな子が精霊王様のお妃様と契約なんてできるわけがないじゃない!!


 何か裏があるはずよ。

今のわたくしでは、下位の貴族令嬢でしかないため、犯罪者であってもそれが表に出ていないアンジェリカに直接声をかけることも追求することも出来ず、とてももどかしいわ。


 まずは、わたくしが高位の癒しの精霊と契約してからね。

そうすれば、皆わたくしの話を聞いて信じてくれるわ。


 そして、わたくしの番がやっと来て、光がたくさん溢れる中から現れたのは、前の時も契約した高位の癒しの精霊。

ふふ、これで、やっとアンジェリカの罪を白日のもとに晒せるわ。


 感情と表情を隠し、信じられないという顔を作って癒しの精霊を見上げると、彼女は少し眉を寄せて首を傾げ、「思っていたのと違うわ。でも、まあ、契約してしまったのだから、仕方がないわよね。よろしく」と、軽く流すように言った。

前回と違うわ。前の人生のときは、とても嬉しそうにしてくれたのに……。


 でも、これで、わたくしが妃になるのは、揺るぎないものになったわ。

そう思って国王陛下の方を見ると、それほど驚いているようには見えなかった。


 下位の貴族令嬢であるわたくしが高位の精霊と契約できたことに周りはザワザワしているけれど、王家や上位の貴族たちは、それほど反応はしていなかった。


 どうして……と思っていると、国王陛下がそばにいた側近に何やら伝えた。

周囲を見回したその側近は、わたくしのお父様のところへ行くと声をかけた。


 ああ……っ、やっとね。やっと、リアン様マクシミリアンのそばへと行けるわ!


 そう思って心躍らせていたわたくしが家に帰ってお父様から告げられたのは、王妃様が後援している治療院で、治療の手伝いをするようにということだった。


 その治療院は、お金が無い平民のために「あるとき払い」という方針を取っていて、そこで働く平民にはお給料が出るけれど、治療に携わっている貴族には出ないという、ただの奉仕活動の場だった。


 前の人生のとき、妃教育の一環でそこへ行ったことはあったけれど、未来の妃が直接治療することに恐れ多いと患者が遠慮したため、実際にそこで活動をすることはなかった。


 それなのに、どうして!?


 「お父様っ、どういうことですか?どうして、わたくしが治療院へ……?」

「私には、何故お前が治療院での奉仕活動を否定しているのか、そちらの方が分からないよ。高位の癒しの精霊と契約できたのだから、治療院での奉仕活動を求められたことは、何もおかしなことではない。そうだろう?」

「でもっ……!」

「はぁ……、親切な友人がね、教えてくれたんだよ。『貴殿は、旗の色を変えるつもりなのか?』と。つまり、謀反の片棒を担いでいるのか?と聞かれたのだ。お前の周りにいたのは、第二王子殿下の派閥に属する子息たちであった。その中のどなたかと懇意にしているのか、それとも側室にと望まれているのかと、そう思っていたのだが、蓋を開けてみれば、ただの監視だった」

「監視……?どういう……こと?」


 お父様から告げられたのは、わたくしが茶会でリアン様マクシミリアンが身につけているお守りのペンダントの話をしたため、わたくし達家族が謀反を企てている自称第一王子殿下派だと思われてしまった、ということだった。


 「そんなっ!?どうしてですか!?わたくしのおかげでリアン様はご無事っ……」

「やめないかっ!!おっ、お前!!今、な、なんと言った!?どなたのことを呼んだのだ……。殿下の御名前だったのだとしたら、不敬にもほどがあるぞ!?予知夢が見られるか知らんが、いつからお前はそんなに偉くなった!?誰だ!?誰に唆された!!言えぇーーーっ!!」

「ち、ちがっ、待って、お、お父様、待って……!」

「いいや、待たぬ!!お前のようなものを家に置いておいては、この先、一族郎党の首が飛んでしまう!そうなる前に籍を抜いて治療院に行ってもらう!!」


 お父様にアザが出来るほど強く腕を掴まれて無理矢理部屋へと引きずられて行く間、お母様は何の反応もしなかった。


 その日の夜にお母様が部屋へと入ってきて、リアン様マクシミリアンのペンダントが5歳の頃にすり替えられそうになっていたけれど、それは未然に防ぐことが出来ていたと言った。


 「あなたの助言などなくても殿下はご無事だったのよ。むしろ、周囲が知らないことを口にしたあなたに疑いの目が向けられたの。だって、それが起きていたとき、あなた何歳でした?」

「…………。」

「あなたの予知夢もね、自称第一王子殿下派の自作自演だという風に取られてしまっているわ」

「……ぇ。な、ぜ?」

「何故って、あなたが予知夢で見たと助言した相手は、ほとんどが第一王子殿下派よ?……あなた、どの家がどこに属しているか自慢気に語っていたわよね?それくらい知っていて当然だと。……情報を正確に知ることは大切だけれど、それをまともに使えないのなら、何の情報も得ていないのと同じよ」


 お母様はそう言うと、「あなたが馬鹿にしたわたくしの立ち居振る舞いだけれどね。身分には、それに相応しい態度というものがあるの。わたくしは、下位の貴族夫人らしい態度を取っているに過ぎないわ」と、わたくしを睨んで部屋を出て行った。


 そうだった……。どうして忘れていたのかしら……。

お母様が序列は下の方だったとはいえ、伯爵家の出身だったことを。


 下位の貴族が、上位の貴族よりも美しい所作をしていると、目をつけられ嫌がらせを受けることもあると、嫁いできたときに姑から直させられたと、前の人生のときに聞いていたのに。


 結局わたくしは、妃になるどころか、10歳で嫁がされた。

高位の癒しの精霊を他国へ流出させないようにと、嫁がされた先は、前の人生でアンジェリカが婚約していた30歳ほど年上の伯爵家当主だった。


 アンジェリカは代理母生まれとはいえ公爵家令嬢だったので、成人まで嫁ぐのを待ってもらえたけれど、わたくしは下位の貴族令嬢な上に王家に目をつけられたため、お父様によって即座に結婚させられてしまった。


 たいした婚礼品も持たせてもらえず、持参金もないまま嫁いだわたくしに伯爵家当主は、嫌らしい笑みを浮かべて顎に触れた。


 顎の骨が砕けそうなほど強い力で掴まれて、呻きながら涙を零すわたくしに、夫となった伯爵家当主は、「お前のような王家の邪魔をするものが、私は一番嫌いなのだよ」と言って、憎悪の篭った目を向けてきた。

彼の血縁者に、王兄であるブラッドフォード様の乳母をしていた女性がいて、幼少の頃に王兄が魔力を抜かれてしまっていたことに気付けなかった咎を受けて、毒杯を賜わったのだという。


 「政治的な判断も出来ずに騒ぐ愚かな屑が一番嫌いなのだよ。特にお前のようなものが一番嫌いだ。殿下の御名前を略して呼んだそうだな?不敬罪で首を刎ねる必要があるが、せっかくの癒しの精霊だ。生きて奉仕し、生涯をかけて償え」

「ぅ……、うぅ……」

「第一王女様のことも随分と見下した目で見ていたな。降精霊祭のときにお前を見ていてそれに気が付いたよ。竜騎士の花嫁様のことは蔑んでいたようだし。高位の癒しの精霊と契約していなければ何も持っていないお前如きが、どうしてあのような目を向けることが出来たのかが分からない。しかも、今まで接点など一切なかったはず。まあ、良い。時間は、たっぷりあるのだから、気長に吐かせていくとしよう」


 顎を強く掴んでいた手を振り払うようにして離され、衝撃で床に転がったわたくしに彼は「逃げられると思うなよ」と言って、去って行った。


 どうして……?高位の癒しの精霊と契約したわたくしは、王妃に相応しいのでしょう?


 それなのに……、どうして?


 わたくしは、どこで、間違えたの?せっかくやり直せたのに。今度こそ、みんなを助けられると思ったのに……。


 きっと、アンジェリカのせいだわ。

降精霊祭のとき、あの子は父親と公爵夫人にとても可愛がられているようだった。


 ……あの、アンジェリカの夫だという竜騎士の青年は、とても素敵だった。

本来ならば、アンジェリカがこの伯爵家当主と結婚するはずだったのに、あの子が竜騎士の花嫁になったと嘘をついたから、わたくしがここへ嫁ぐことになったんだわ。


 きっと、そうよ。

だから、伯爵家当主にちゃんと言わなきゃ。


 アンジェリカが竜騎士を脅して花嫁のふりをしている、と。


 待っていなさい、アンジェリカ。

必ず、あなたの罪を白日のもとに晒して、断頭台に送ってあげるわ。


 でも、心配はいらないわよ?今回は、ちゃんとお墓を用意してあげますからね?わたくしは、慈悲深い王妃に相応しい淑女ですから、きちんとあなたのことも考えているのよ。


 

 


 

 

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