閑話 クリフォード
私が竜騎士の花嫁の夫となって、早5年。アンジーも10歳を過ぎた。
何故、竜騎士ではなく竜騎士の花嫁の夫なのかといえば、普通の竜騎士もいるからだ。
私の場合は、愛する女性が竜騎士の花嫁となったことで、精霊王様からドラゴンを賜わることができた。
そのため、世間一般の竜騎士とは立場も持っているドラゴンも違うのだ。
愛する女性から愛する妻に変わったアンジー。
夫婦となったことで、敬称をはずして呼ぶことが許された喜びを噛み締めて生きているよ。
いつもキラキラした目をしてアルジャーノン様が持ってくるお菓子に釘付けだった、可愛らしい女の子。
そのキラキラした目を自分にも向けて欲しいと、いつの間にか思っていた。
誤飲しないように、栄養がきちんと取れるようにと、彼なりに色々と工夫していたことを知ったアンジーに笑顔でお礼を言われて陥落したのだ。あの笑顔に勝てるものなどないな。
ハンフリー殿は普段は料理人なのだが、騎士爵持ちの武人でもあるので、ひとたび戦争にでもなれば彼は前線を駆け抜けるだろう。
山菜の知識なども豊富で、その場で採取できる有り合わせの料理も作れるとあって、少数精鋭の部隊には欠かせない御仁なのだ。
時間があればそんな彼にクッキーの作り方を習っているけれど、なかなか美味しく出来ず、未だにアンジーに自作のクッキーを食べさせてあげられないのが、ちょっと悔しい。
バターと砂糖がたっぷりのサクサクしたクッキーがアンジーは大好きなのだ。
婚約者だった頃はお菓子を中心にぬいぐるみなどを贈り物に選んだけれど、夫婦となってからは花束と愛の言葉も惜しみなく贈っている。
相手が幼女だからと遠慮していては、いつまで経っても私のことを意識してはくれないからね。
本来であれば、代理母生まれのアンジェリカは駒でしかなく、他国の王家へ側室として嫁いでいくはずだったので、私がどれだけ焦がれようとも手にすることは叶わなかった。
しかし、あのクズがやらかしたのでアンジーが婿を取ることになり、彼女に思いを寄せていた私が選ばれたのだ。
今でこそ私にほんの少しではあるが、熱を帯びた目を向けてくれるようにはなったが、少し前までは祖父であるナサニエルに負けていたので、恥も外聞もなく必死で愛を乞うた。
5歳の幼女相手に滑稽だな、などと言ってきた奴らとは速攻で縁を切ったけどね。
将来的にアルジャーノン様の側近となれそうな人員を学園で探すように言われていたので、5歳の妻という
あまり期待していなかったというか、除外しようと判断していた家の子息で、親とは違って見込みのあった者もいたため、なるべく本人を見るようにして探した結果、かなり優秀な人員を確保できたと思う。
まあ、採用するかどうかは、アルジャーノン様が判断されて、旦那様が最終決定を下すだろうから、私の仕事はここまでだ。
学園から一時帰省したアルジャーノン様を見て、自分の学園生活を少し思い出していたが、愛する妻の頭を撫でる方が大事だと即座に思考を切り替え、気持ち良さそうに眠っているアンジーの頭や頬を起こさないように撫でた。
幸せな時間を味わった夜、話があるとアルジャーノン様に呼ばれていたので、妻のおでこにキスをしてから部屋を後にした。
彼女が眠るまで私がそばにいるのはいつものことなので少し遅れてしまったけれど、何故遅れたのか分かっているアルジャーノン様には半目で見られてしまった。
「ちょっと。手は出していないだろうね?成人前に手を出したら、ちょん切るからね?」
「……出していませんよ」
「その間は、何?」
「夫婦なので、ほんの少し味見はしましたよ?」
「…………庭へ出ろ。その首、ぶった切ってやる」
「庭が汚れるとアンジーが悲しみますよ?あと、祖父がキレます」
「じゃあ、地下牢で」
「まあまあ落ち着いてください。お話とは何ですか?」
「まったく……。今、社交界を賑わせている令嬢の話だよ」
アルジャーノン様の話とは、社交界で噂になっている予知夢を見られるという下位貴族の令嬢についてだった。
家はかなり下位なので、10歳に満たないうちから伯爵家の茶会に呼ばれるようなことはないのだが、見た予知夢が物凄い確率で当たるということで、今では伯爵家どころか侯爵家主催の茶会にまで呼ばれるようになったと社交界を賑わせている存在だ。
「その令嬢が気になるんですか?」
「まあね。マクシミリアン殿下も気にされておられるようで、情報を集めているんだ」
「確かによく当たる予知夢を見られるとなると、手に入れておきたい存在ではありますね。駒として、ですが。そうではないのですか?」
「ふふ、駒としてはいらないね。マクシミリアン殿下もそうだと思うよ」
「おや?アンジーがニヨニヨしそうですね」
「……アンジーには喋るなよ、絶対にだ」
そんな真剣な顔をして釘を刺さなくても。言いますけどね。私は既にアルジャーノン様付きの執事見習いではなく、代官見習いで義弟ですから、優先順位は妻であるアンジーが上になっていますよ?
「ただの予知夢が見られる令嬢ならば問題ないけど、彼女ね、マクシミリアン殿下のペンダントのことを言ってきたんだよ。しかも、既に問題が解決されているにもかかわらず。それは、予知夢と言えると思う?」
「へぇ……。予知とは、先に起こることか、今まさに継続して起きている事象でなければ当てはまりませんよね。既に終わっていることに対して予知夢言うというのは……、いや、見たのがもっと前だったとすれ……、それはもっと有り得ないですね」
「そうだよ。マクシミリアン殿下のあの偽のペンダントを外したのは5歳だ。その令嬢は当時3歳になっているかいないかだ。有り得ないでしょう?」
確かにそれはいくら何でも有り得ないだろう。
3歳の令嬢がそのことを理解しているとは、到底思えない。
となると、残る選択肢は……。
「まだ、残っていたのか。自称ジェレマイア殿下派の阿呆共が」
「恐らくね。本人が認めていない、むしろ排除したがっている派閥がまだ残ってるんじゃないかと、僕とマクシミリアン殿下は睨んでいるんだ」
「ジェレマイア殿下は?」
「………………下位の令嬢なら始末してしまえ、と」
「相変わらずマクシミリアン殿下のこととなると過激なお人だな」
「あとは、前世の記憶を持っている可能性もあるよ。下位の令嬢とは思えない立ち居振る舞いだという話だから、伯爵家生まれ辺りの前世だったのではないかと見ているんだ」
「それより上はない、と?」
「そこまで洗練されたものではないという報告だし、迂闊さから見てもそれはないね」
今までで集めた情報を整理してみて、侯爵家より上の立ち居振る舞いではないと判断したらしいが、上から目線な発言がたまに見られることから、前世は王家へ側室として嫁いでいた可能性もあるのではないかと、アルジャーノン様とマクシミリアン殿下は考えているそうだ。
そうなるとちょっとどころではなく危険だな。
前世の記憶があれば、そちらに引っ張られることが多いと聞く。
つまり、前世が他国の生まれであったならば、そちらの訛りや言葉がつい出てしまうことがある。
それが見受けられないとなると、この国出身だった可能性が高い。
伯爵家生まれで他国へ側室として嫁ぐことはほぼないため、そうなると我が国の王家へ嫁いだ可能性が高くなる。
「……隠し通路なども知っている可能性があるということですね?」
「そういうこと。王妃ではないだろうから、本当に重要な通路は知らないだろうけど、それでもその知識を使って王宮や城へ勝手に入られでもしたら、大変なことになる。ましてや、自称ジェレマイア殿下派の息がかかっているとなるとマクシミリアン殿下のお命が危ない」
「その令嬢を監視しているんですよね?」
「既に監視は強化しているよ。クリフに頼みたいのは、アンジーのことだよ。その令嬢と同い年なんだ」
「なんてことだ……。厄介な」
マクシミリアン殿下派筆頭であるアッシュフィールド公爵家が竜騎士の花嫁を輩出したことで、自称ジェレマイア殿下派は焦っているという話だからね。
アンジーは、代官を任せる者に権利を与えるために婿を取ったので、領地から出ることはなく、これからも出ることはない。
しかし、10歳となったことで年末に行われる降精霊祭にだけは出なくてはならないため、そのときに限り王都へ行くことになっているのだ。
狙われるとしたら、そのときだろうな。
予知夢を見られるということで近付いてくる可能性があるから、遭遇させないように注意しておかなければならないな。
アンジーには知らせない方が良いだろう。興味を持たれても困るからな。
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