閑話 やり直す機会を得た者

 なんて辛くて……、辛い、悲しい人生。


 わたくしは、ごく普通の下級貴族の令嬢でした。

それが一変したのは、貴族家に生まれた10歳の子供たちを年末に集めて行われる、降精霊祭こうせいれいさいだったわ。


 その降精霊祭にて、わたくしは高位精霊に属する癒しの精霊と契約できたため、あれよあれよという間に第二王子マクシミリアン殿下の婚約者となりました。


 リアン様マクシミリアンは、大人しいお方で声を荒げられることなど一切なかったのですが、妹のグロリアーナ様が自害なされたときに、魔力を暴走させるほど大きく泣き叫んでおられました。

わたくしが癒しを施したことで、彼女は一命を取り留めたのですが、治しきれずに寝たきりとなってしまわれたのよ。


 すり替えられていたペンダントのせいで、魔力回路が胸にも出来ていたリアン様マクシミリアンは、魔力暴走を起こした際に、片方の肺と心臓の一部が吹き飛んでしまい、そちらを癒すことを優先したために、グロリアーナ様の治療が遅れたのです。

そのこともあって、リアン様マクシミリアンはご自分を責め、王子としての公務も出来なくなっていました。


 これではいけないと、周囲の者たちからの進言を受けて、わたくしは第一王子のジェイ様ジェレマイアと婚約を結び直し、彼を王位につけることに同意したのです。


 しかし、それは王家のあずかり知らぬことで、リアン様マクシミリアンからは「なんて、ふしだらな女なのだ!」と罵られ、ジェイ様ジェレマイアからは「大切な弟を裏切る売女め!!」とまで言われました。


 わたくしは、国のためを思ってしたのです。

高位の癒しの精霊と契約しているわたくしが未来の王妃だと決まっているのだと、だからこそ、わたくしとの間に子ができた王子の方が、後の王になるのだと、そう言われたからこそ、ジェイ様ジェレマイアの寝所へと入ったのです。


 それなのに、王家はそんなことは知らないと、リアン様マクシミリアンジェイ様ジェレマイアも同意などしていないと、そう仰せになられたわ。


 そんなことがあって、わたくしは戦場へと駆り出されることになりました。

アンジェリカが引き起こした戦争に、わたくしは巻き込まれることになったのです。


 でも、神様は、きちんと見ていてくださったのね。

だって、戦場で息絶えたわたくしの願いを聞き届けてくださったのだから。


 もう一度、やり直したいという、わたくしの願いを……。


 今、わたくしがいるこの部屋は、前の人生で過ごした、わたくしの部屋と全く同じで、わたくしの姿も名前も同じ。

それに、目の前にいる若い女性は、最後に会ったときは、婚約者でもない男性の寝所に許可もなく入った汚らわしい娘と、わたくしに平手打ちをした血の繋がったお母様。


 人生をやり直せているのだと確信を持てたわたくしの年齢は現在5歳。

この頃だったはずよ。グロリアーナ様が誘拐されたのは。


 でも、下級貴族の令嬢でしかないわたくしのところまで、その情報は流れて来ないのよね。

確か、5歳のお誕生日会を開いた後だったと思うから、もう起きていてもおかしくないわ。


 それから一年経ったけれど、やはりグロリアーナ様が誘拐された話は表に出なかったし、アンジェリカが誘拐されたという話も出なかった。

もしかしたら、その話が浸透していくのは、もっと先だったのかもしれないわね。


 そんなことよりも、問題はリアン様マクシミリアンが身につけられているお守りのペンダントよ。

グロリアーナ様の5歳を祝う茶会が開かれたときにでも伝えられたら良かったのだけれど、その茶会には上位の貴族しか呼ばれなかったから、わたくしは参加出来なかったの。

 

 どうにかして伝えられないかと考えた結果、わたくしは前の人生で起きたことを小出しにして話すことで、未来を見られる稀有な存在だと知らしめることにした。

ただ、前の人生で起きたことを言うだけで、未来を見られる能力があるわけではないから、予知夢を見たことにしたわ。


 そうやって少しずつ周りから、よく当たる予知夢を見る稀有な能力を持った令嬢だと言われるようになり、前の人生で培った妃教育による淑女らしさもあって、上位の貴族からお茶会へ招待されることも増えてきた。


 ここまで来ればリアン様マクシミリアンのペンダントのことを予知夢で見たと言えば、王家に伝えられるかもしれないわ。


 そう思って話してみたところ、皆とてもよそよそしくなって離れていってしまったのだけれど、それでも構わなかった。彼がペンダントに気付いてくれれば、それで良かったから。


 だけど、その後に呼ばれたお茶会で、リアン様マクシミリアンのペンダントにそんな仕掛けは施されておらず、それよりも、10歳になっていないわたくしが魔力の存在を知っていることを疑問視されてしまった。


 忘れていたわ……。上位の貴族は嫡男であれば早い子で8〜9歳くらいから魔力の存在を教えられるけれど、下位の、しかも令嬢が8歳で教えられたりしないのよ。


 だから、わたくしは予知夢で知ったことにしたの。

もちろん降精霊祭が終わるまで魔力を扱ってはならないことも予知夢で見たので、心配はいらないと伝えておいたわ。


 アルジャーノン様は、どうしておられるかしら。

弟のアンドリュー様が天才だということで、その地位を脅かされていたのよね。

 二人とも跡取りをアンドリュー様にしようとする勢力にとても悩んでおられたのだけれど、それは奇しくもアンジェリカが謀反人となったことで、力を合わせるようになったのよ。

つまり、お互いによく話し合えば分かり合えるということだから、その助言もしたいわ。


 リアン様マクシミリアンの婚約者だった頃に、よく城の庭でアルジャーノン様ともお話したのよ。懐かしいわ。


 わたくしが戦地へ赴くことになったときは、とても辛そうなお顔をされていたから、ふふっ、自分を選んでほしかったのかもしれないわね。

わたくしは未来の王妃になるのだと、そう言われていたから、アルジャーノン様を選んで彼を王位につけて、アッシュフィールド公爵家をアンドリュー様に継がせることも出来たの。


 でも、わたくしはジェイ様ジェレマイアを選んだ。

だって、彼を王位につければ、リアン様マクシミリアンとアルジャーノン様は補佐に回るでしょう?そうすれば、3人まとめて癒してあげられるもの。


 そう思っていたのに、彼らはわたくしを独占したかったのね。

それが叶わないと知って、突き放したのよ。一人を選んで縋ってくることを期待していたんだわ。


 大丈夫よ。わたくしは癒しの精霊と契約するのだもの。

そうすれば、相手が何人いようとも癒してあげられるわ。


 きっとリアン様マクシミリアンは未だにあのペンダントがつけられているはずよ。

そんな事実はなかったと言った彼らは、恐らくリアン様マクシミリアンを排除したい派閥の人なのね。


 待っていてね、わたくしの愛しい人たち。

わたくしが王妃になって、あなたたちを救って差し上げますからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る