閑話 神々の余興

 アンジェリカ(転生者)が産まれた世界は、神々によって複製された世界であった。

複製とはいえ、ひとつの世界であることには変わらず、これからも、もととなった世界と同じように紡がれていくことだろう。


 そんな彼女が生まれ落ちた世界の、もとになった世界のお話をしよう。


 王太子の弟であるアッシュフィールド公爵家当主を父に持つアンジェリカとアンドリューは双子の兄妹であった。

母親は代理母であったため、二人が住んでいた別邸には使用人しかおらず、そこには家族と呼べるのはお互いだけだった。

 しかし、天才の片鱗を見せていた双子の兄アンドリューへより良い教育を施すため、3歳となったときに彼だけを本邸に移した。

そのため、別邸にはアンジェリカと使用人のみになったのだ。


 アンジェリカ付きのベテランメイドが、アンドリュー付きとなってしまったこともあり、寂しさを紛らわせるためにワガママを言い、癇癪を起こす彼女に手を焼いていたメイドたちが次々に辞めてしまったため、アンジェリカのそばには誰もいなくなってしまった。


 そんな彼女が5歳になった頃、王太子妃を母に持つ王女グロリアーナが誘拐されたと騒ぎになった。

実際は勘違いをした精霊王に試練で呼ばれただけであったため、翌日には自室にて怪我もなく無事に見つかったものの、専属メイドが周囲の制止を振り切って方々へと走り回って捜したことで騒ぎが大きくなり過ぎ、それを隠すことは出来ないと判断された。


 そこで、色は多少薄くはあるが、見た目の似ているアンジェリカが王女と間違えられて誘拐されたことにした。

ワガママで癇癪を起こす上に賢くもないアンジェリカならば、経歴に多少傷が増えても問題はないとされたからだ。


 周りから何かを言われてもアンジェリカは誘拐などされたことがないので、何の反応もしなかったのだが、それを周りは幼かった頃に起きたことであるため、恐怖も相まって本人は覚えていないのだろうと判断した。


 しかし、彼女がある程度の年齢になったとき、邸のメイドが話していることを聞いて真相を知ることになった。


 王女グロリアーナが隣国の王子と婚約していたことで、王女ではなくアンジェリカが誘拐されたことにしたのだと知った彼女は、怒り狂った。


 その場所には、本来ならば自分が立っていたかもしれないのに、と。


 アンジェリカの嫁ぎ先は、30歳ほど年上の伯爵家当主の後妻と決まっていた。

それは彼女が誘拐されたことになっているからという理由もあるのだが、ワガママで癇癪持ちなため、まともな嫁ぎ先を用意して貰えなかったからだ。


 そんなアンジェリカが、ましてや代理母から産まれた彼女が王子妃になれるわけもないのだが、そんなことを理解する頭を持ち合わせておらず、王女グロリアーナの成人を祝う夜会にて、それを全てぶちまけてしまった。


 隣国の王子と大使はその話を思い違いをしているアンジェリカがまた癇癪を起こしたのだろうと、その場では流したのだが、裏では速やかに事実を調べ上げ、アンジェリカの言っていたことが正しかったことを知る。


 誘拐された事実を隠して王子に嫁がせようとしたことを知った隣国の国王は烈火の如く怒り、終いには戦争に発展してしまった。

精霊王の試練を話すわけにもいかず、弁明できなかったのも要因の一つだった。


 幼かった王女グロリアーナは、精霊王の声を誘拐犯の声だと思い込んでしまっており、そのときに出来たトラウマである閉所と暗所、大人の男性に対する恐怖を克服するために、強制的に慣らされた。

耐えに耐えてやっと取り繕えるくらいにはなっていたのだが、アンジェリカの暴露によってその全てが無に帰したと思った王女グロリアーナは、自らの命を絶った。


 何とか一命を取り留めた王女グロリアーナであったが、後遺症が残り寝たきりとなってしまったため、結婚することは絶望的な状況になってしまい、王宮の奥深く、離れにて余生を過ごすこととなった。


 両国の関係を壊し、戦争にまで発展する事態の原因となったアンジェリカは、国家反逆罪となり拷問の末、広場にて民衆に色々なものを投げつけられ、公開処刑となった。

亡骸は広場に晒されたまま放置され、ある程度経った後に火をくべられて燃やされ、その灰は風に乗って散ったため墓はない。


 そんなことがあった裏では、色々と苦悩を抱えた者もいた。


 アンジェリカの異母兄であるアッシュフィールド公爵家嫡男のアルジャーノンが、いつも天才と呼ばれていた異母弟アンドリューに、跡取りの座を奪われるのではないかと、常に恐怖に苛まれ追い込まれていた。


 それに対してアンドリューは、努力しなくても何でも出来てしまうことで、周りが天才だと持て囃し、尊敬の眼差しで見てくるが、だからといって自身が跡取りにはなれないことに憤っていた。


 王太子を父に、王太子妃を母に持つ第二王子は、同母妹である王女グロリアーナが自殺したと知ったときに魔力を暴走させてしまい、そのときに自身が身につけているお守りのペンダントから魔力が引き出されていたことが判明した。

そのペンダントは母である王太子妃から贈られたはずのものであったが、いつ偽物とすり替えられたのか分からず、犯人を捕まえることは出来なかった。


 側室を母に持つ第一王子は、魔力の多さと10歳のときに精霊と契約出来ていたことから、第二王子よりも王位に近いとされていたのだが、その魔力の多さが作られた状況であったことを知り、悔しい思いをしていた。

第二王子の魔力暴走でペンダントの件が発覚したことで、本来ならば彼の魔力はもっと多くなっていた可能性があると判明したからである。


 そして、またしても子供の魔力を抜き取って嵌めるようなことが起きていたこと、それを自身の庭である王宮でやられていたことに絶望した国王の兄は、全てを憎み、第一王子の母親である側室や、第二王子のペンダントの件に関わっていたとされた者たちを次々に手にかけていき、最後は自らの命をも絶った。


 こんな状況の中で、必死に寄り添い、励まそうとしていた少女がいた。

彼女は下級貴族の生まれであったが、癒しの精霊と契約していたことから王子妃にと望まれ、王妃から妃教育を施されており、婚約者は第二王子だった。


 しかし、その少女は、国内のこの状況を憂い、魔力暴走を起こした第二王子では不安が残るという声に後押しされ、第一王子と関係を持とうとしたのだが、すんでのところで阻止された。


 第二王子からは、そんなことがあっては産まれてくる子が誰の子か分かったものではないと、婚約を破棄され、婚約者を裏切るような女性などもってのほかだと第一王子からも拒否された。


 癒しの精霊と契約しているにもかかわらず、第二王子の婚約者であるという理由から戦争に駆り出されることがなかったその少女は、その婚約を失い、前線で癒しを施すことに従事しなければならなくなった。


 その少女をそんな状況に追いやったのは、彼女がいた場所を手に入れんとした歳頃の娘を持つ貴族たちと、戦火が広がる中、癒しの精霊がいれば盛り返せるだろうと、彼女を前線に送り込みたい軍部の画策であった。

彼女に「未来の王妃は、癒しの精霊と契約しているあなたしかいない。あなたが選んだ王子が次の国王だ」などと、ありもしないことを吹き込んでその気にさせたのだ。


 その少女が未来の王妃だなどと、そんな事実は一切なく、彼女はまんまと嵌められ、戦場に放り込まれてしまった。


 怒号が飛び交い地面が抉れ、身体が吹き飛び、血が撒き散らされるそんな戦場で、必死で命を繋ごうと癒しを施す彼女に兵士たちは言った。

治ればまた前線に放り込まれる、と。もう、こんな思いはたくさんだ、と。楽にしてくれ、と。


 それでもその少女は命を繋いだ。

生きていれば明日には変わるかもしれないから、と。傷つく痛みも知らないで癒し続けた。

 

 周辺国をも巻き込んで広がった戦火は終わる兆しもなく、延々と続くかに思われたが、20歳となった第二王子マクシミリアンが大精霊の一つと契約できたこと、そして、人も食料も尽きかけたこともあって停戦協定が結ばれることとなった。


 状況は分からなかったがもう終わったのだと理解した途端、張り詰めていたものが切れ、癒しの精霊と契約していた少女であった女性の命が終わりを迎えた。


 その命は死に際に願った。


 人生をやり直せるのならば、今度は絶対に救ってみせる、と……。


 それを見ていた、この世界の神サンカーミュテルは言った。

それほどまでに願うのであれば、成し遂げてみせよ、と。


 「ということで、私の世界を複製してくれないかい?」

「いやいやいや、サンカーミュテル、あなたの管理する世界を複製するって、意味が分からない。しかも、何を良い風に語ってくれてるんですか?」

「ご不満かい?上手く言えていたと思うが?」

「上手すぎて腹が立つくらいにはね。それで?やり直せるのならばって、人生にやり直しなんてありませんよ?ましてや、それを世界を複製してまでやらせるなんて、どうかしています」

「そんなことは分かっている。しかし、同じ世界を複製してそこに行き場のない余った魂を植え付ければ、どうかな?」

「どうかなって……。それをして、どうなるんです?」


 魂の管理者ミータヘルマは、それをしてどうなると言うが、そうしなければならない事態が起きているのさ。


 先程とは話は変わるが、愚かな女神が魔界の一つにちょっかいを出した結果、その愚かな女が管理する世界と魔界の一つとが融合しつつあるという惨事が起きている。


 自身が管理する世界の資源が枯渇しそうになって慌てた愚かな女神は、魔神が治める世界、魔界へと通路を開き、自分の世界の民たちに「この迷宮と呼ばれるものは、悪しきものが蔓延る魔界と繋がっており、こちらを侵略しようとしている。勇気ある者たちよ、この世界を魔神から守るのだ!」などと分からんことを言って魔界へ行かせて、虐殺を始めたのだから、愚かとしか言いようがない。

侵略者は、どっちだという話だ。


 しかし、愚かな女神が神力を使って迷宮を繋いだのに対し、魔神は何の神力も使っていないため、精鋭部隊を強化して、勝手に繋がれた迷宮を通って反撃を開始した。

そのせいで、二つの世界で大量の命が消費されたのだ。


 あまりにも大量であったため、消費された命、つまり魂の待機スペースが全く足りない事態が起こったのだが、二つの世界が融合を始めたため、そちらへ戻すに戻せなくなっている。

つまり、融合が終わるか切り離すかしなければ、愚かな女神の世界と、そこと繋がってしまった魔界の一つには、新たな命が生まれないのだ。


 しかし、そんなことを愚かな女神が許容できるはずもなく、迷宮を塞ごうとしたが、時すでに遅く、もう彼女の力だけではどうにもならなかった。

そこで、外部から切断してもらおうと、地球から可能性を秘めた少年少女たちを拉致してきたのだが、そこに巻き込まれた人間が二人もいた。


 あの愚かな女神は、巻き込まれた者が悪いとそれを捨て去り、魂の管理者ミータヘルマに押し付けて行ったところへ、私ことサンカーミュテルがやって来た、というわけだ。


 「ちょっと待ってくれる?何で、わざわざ、僕が、あなたの世界の一つを複製しなければならないのです?」

「余力がたくさんあるのと、愚かな女神のせいで、行き場のなくなった大量の魂のやり場を作るのが、君の仕事だからさ。もちろん、私も協力するけど、ふふ。この哀れな魂に今一度、機会をあげようと思ってね」


 恐らく、あの愚かな女神のせいで行き場を失った大量の魂を綺麗に洗い、私の世界を複製してそこへ植え付ければ、もとになった私の世界と同じ道を辿ることになるだろう。

そうなると、このは攻略情報を網羅した本を片手にゲームをするように簡単にこなしていける。


 でも、それでは、面白くない。

だから、その複製された世界に、この巻き込まれた魂を二つ、前世の記憶を持ったまま入れてみたらどうなるかな?


 「性格悪い」

「それが、私だ。ただで、やり直しなど出来るはずがないだろう?これは、神々による余興さ。このが生まれ落ちる時点での主要人物に双子の男女がいるじゃないか。とても良い巡り合わせだと思わないかい?」

「更に、性格が歪んでる」

「何とでも言ってくれて構わないよ?このが願ったように救えるかもしれないし、もしかしたら、違う道を辿るかもしれない。ワクワクしないかい?」

「仕事が増えるだけです」

「ツレないなぁ。だが、やるしか選択肢はないだろう?あの行き場のない大量の魂をどこに持って行くというんだい?融合しかけている二つの世界は、もうどうにもならないのに」

「仕方ありませんね」


 やらなければいけないと分かっているのに、どうして一々文句を言うのだろうか。


 さあ、愚かな女神と、楽しいオモチャを手に入れた魔神は放置して、新たな世界の誕生を祝そうではないか!


 愚かな女神から始まり、魔神の世界、私の世界、そして、この巻き込まれた二人がいた世界。

4つの世界が絡んだ余興だ。盛り上がるに違いない。


 ふふふ、さて、このが救いたいというものは、一体何なのだろうね。


 誘拐されたと、心に傷を負ったグロリアーナを癒すこともせず、誰にも鑑みられないと孤独に苛まれていたアンジェリカに手を差し伸べることもしなかった。

この二つのことを成し遂げていれば、少なくとも戦争が激化することはなかっただろうに。


 やり直しの機会を得て、どういった選択をし、何を救うというのか、見させてもらうよ。

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