閑話 パパが思っていたよりも早かった試練
アンジェリカが消えたとゼクスから伝えられた。
専属メイドのターナが見ている目の前で、一瞬にして消えたということだった。
万全の警備を施してあるこの敷地内からそんな風にして消えたとなると、恐らく"竜騎士の花嫁"となる試練に呼ばれた可能性があるんだろうけど、あの子まだ5歳だよ!?
ゼクスからクリフがアンジェリカに惹かれているという報告を受けていたから、彼を婚約者にして、あの子が成人するまでの10年以上を共に過ごさせていれば、試練に呼ばれても大丈夫だろうと判断したんだ。
彼を信じて下が見えないほどの塔からでも飛び降りられる関係を築けると思って。
ても、それはアンジェリカが成人していての話であって、未だ5歳の幼女に下が見えないほどの塔から飛び降りろというのは酷な話だよ……。
アンジェリカが塔から飛び降りるのが遅くなればなるほと、それに比例してクリフに与えられるドラゴンも弱体化してしまうけど、あの子が死ぬくらいなら、せっかくの試練だけど、一日経って失敗に終わっても良いと思ってる。
妻のディアナローズと結婚した時に、国王である父上から改めて言われたことがあった。
僕が王位継承権を持ったままで、生まれた女の子が成人した場合、竜騎士の花嫁となれるかの試練が起こるのだと、そして、それに相応しくないと判断した場合は、僕が王位継承権を放棄するか、その子が成人する前に他国へ輿入れさせろと。
王位継承権を持つ者は、必ず読まされる本がある。
精霊王の娘と恋に落ちた王子の話で、二人の恋を許さなかった精霊王は、娘を塔に閉じ込めた。しかし、王子を想うあまり悲嘆にくれた娘は塔から飛び降り、それを知った精霊王は慌てて王子にドラゴンを与え、救出に向かわせた。
それが竜騎士の花嫁の始まりなのだと、その本には書いてあったんだけど、その試練を与えられる立場にいる娘は「囚われの姫は身を投げる」という題名の絵本を読まされるよ。
相手を信じて飛べという無言の圧力だね。
その精霊王の娘と恋に落ちた王子というのが、我々の先祖である、歴代の国王の一人だった。もちろんその国王の妃は精霊王の娘だよ。
それ以来、精霊王は娘の子が愛されているかを試すため、我が王家に生まれた王女が成人すると塔へと連れ去り、真の愛があるか試練を与えるようになった。
飛び降りられるかどうかを試す時点で、娘を娶った王子の血筋への嫌がらせだと思うけど、そんなことを言えば、真面目な兄上に怒られるからあまり言わないようにしてるんだよ。
だって、飛び降りるのが早ければ早いほど強いドラゴンを与えてくれるんだから、そういうことなんじゃない?
花嫁を守るため、その騎士が精霊王から与えられるドラゴンは、一般の竜騎士が乗っているドラゴンとは全く違い、かなり強いし制御しやすいという話なんだけど、竜騎士の花嫁がいたのは曽祖父の時代までなんだよね。
父親が国王、または王位継承権を持っていると、例え王女という地位になくても試練を与えられるんだけど、それは代理母から産まれたアンジェリカでさえもだ。
それなのに、何故、曽祖父の時代までしか竜騎士の花嫁がいなかったかというと、他国への流出を防ぐためなんだよね。
祖父の時代は、権利を有した者、つまり王女が他国へと嫁ぐことが決まっていたため、試練が与えられる年齢、つまり成人するよりも前に輿入れさせて竜騎士の花嫁にならないようにしたし、父上の時代には王女がいなかったというかブラッドフォード伯父上しか兄弟がいなかったんだよね。
次の王となるのは王妃が産んだ子、僕から言えば祖母が産んだ子だと決められていたから、他の王位継承者たちは権利を返上させられたことで、父上の時代には竜騎士の花嫁候補が一人もいなかったんだよね。それに伯父上は未婚で子供もいないし、僕たちの世代は兄上と僕だけ。
…………なんかさ、時代が開いたからちょっとズレたとかないよね?だって、成人する前に呼ばれたとか聞いたことないよ?それとも、本当は誘拐だったりとか?
まあ、そんなことを考えてたって何にもならないし、とりあえずアンジェリカが忽然と姿を消したので、試練によばれた可能性があることを国王である父上に知らせておいた。
もし、仮にアンジェリカが塔から飛び降り、クリフとの関係を精霊王に認められれば、クリフも忽然と姿を消して、ドラゴンと共にアンジェリカと帰って来るだろうし。
こういう場合、クリフが用を足していたらどうなるんだろうって思ってはいるんだけど、父上にも兄上にも聞けずにいるんだよね。何か、こういった質問をした時点で怒られそうでさ。
僕が考えを巡らせたところで、どうにかなるものでもないしと、その後は、お昼を済ませて残っている書類でもやってしまおうと執務机に向かったところで、城から極秘の緊急連絡が来た。
どうやらグロリアーナもいなくなったみたいだね。
マクシミリアンのことがあって、グロリアーナの周りも人員を精査すことになったんだけどね。
まあ、僕がアレはちょっと考え直した方がいいんじゃないかと思っていたメイドがいたんだけど、それを辞めさせた後に試練が起こって良かったよ。
そのメイドさ、ちょっと盲目的なところがあって、グロリアーナが自分の預かり知らないところで姿を消したとなると、それはもう騒ぎ出しただろうからね。
「誘拐された!!」なんて騒がれでもしたら、グロリアーナの経歴に傷が付くどころか致命傷になるよ。
献身的なのは良いけれど、あのメイドのは異常だったから、将来的にグロリアーナのためにもならなかったでしょ。
ただ、あまりの献身振りだったから、グロリアーナはそのメイドに懐いていたんだろうね。
メイドがいなくなったことで、彼女には小さなストレスが蓄積されていって、5歳の誕生日を祝う茶会が済んでホッとしたのか、今はちょっと熱を出して寝込んでいるって話なんだよ。
でも、そうなると、試練を遂行するのは難しく、恐らく一日待ってから失敗扱いで戻ってくるんじゃないかな。
何で試練だと判断したのかといえば、グロリアーナの本当の誕生日が今日だからだよ。
恐らく、彼女に引っ張られる形でアンジェリカも試練に連れて行かれたんだと思う。
まあ、どの道グロリアーナの婚約者は隣国の王子だから現状で愛を育んでなどおらず、試練になりようがないし、隣国に竜騎士の花嫁をくれてやるつもりもないから失敗でいいんだけどね。
だからこそ、グロリアーナの誕生日を少し早めに改ざんして、成人する前に輿入れさせる予定だったんだよ。
ということで、アンジェリカ次第だから気にしても仕方がないんだけど、ちょいちょい手が止まるし、思ったほど書類も減ってないし、気分転換にお茶でも飲もうとしていたら、ゼクスが来てアンジェリカが戻ったと言った。
はっや!!え?早くない?いなくなったのは昼食の前だって話だったよね!?え?昨日の昼の話?
「ねぇ、ゼクス。いなくなったのって昨日の話だった?」
「いえ、本日の昼です」
「……今、何時?」
「13時です」
「てことは、ドラゴンは?」
「おります。アンジェリカ様は、竜騎士の花嫁となられました」
「5歳だよ!?あの子、まだ、ごーさーいー!!竜騎士の花嫁が幼女とか聞いたことないけど!?あの子、飛び降りたの!?下が見えないような塔のてっぺんから!!」
「迎えがなくても飛び降りれば元の場所に戻れると聞いて、降りたそうです」
「素直だね!それで飛び降りるって、5歳って怖いもの無しだね!……え、ちょっと待って。飛び降りたら元の場所に戻れる?死ぬんじゃないの?」
ゼクスがアンジェリカから聞いた話によると、精霊王は娘が飛び降りた以降は、迎えがいない状態で飛び降りたら元の場所に戻れるようにしたということだった。
え?そんな話知らないんだけど!!?父上から聞いたのは、相手を信じて身を投げるか、一日その場で待って元の場所に戻ってくるかのどちらかだったよ!?
「アンジェリカ様は、『囚われの姫は身を投げる』という絵本を大層気に入って読んでおられるということをターナから聞いてはいたのですが、どうやらその理由が可愛らしさとは離れた内容でして……。気になったことを精霊王様に質問してこられたそうです……」
「なんか、うちの娘が得体の知れないものな気がしてきた。精霊王様に質問してくるって、あの子、頭大丈夫かな?」
「ということですので、別宅へいらしていただけませんか?」
「はぁー……、そうだね。アルジーを連れて今から行くよ」
戻ってきたアンジェリカから話を聞いて、それからゼクスはここに来たんだよね?
あの子、一体どれだけ短時間で飛び降りたんだか……。パパは鼻が高いを通り越して困惑してるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます