19 別宅での生活

 本邸にある別宅という話を聞いていたんだけど、私に与えられた別邸も敷地内だったわけで……。

別宅というのは長期滞在するゲストが泊まるために建てられたものみたいで、滞在期間が長くなっても飽きが来ないように何軒かあるそうな。


 基本的に本邸に近い場所に建てられたものがほとんどなんだけど、離れた場所に建てられた、私なりの解釈にすると「俗世から離れた雰囲気を楽しめる」別宅もあるんだってさ。

他人の家ひとんちまで来ておいて、俗世から離れた雰囲気を選ぶってアンジーにはよく分からないけど。


 こっちに滞在することになったからといって、今までの生活が変わるかといえばそんなこともなく、近くなったことでアルジャーノンお兄様がお茶をしに来る頻度が増えた以外は、いつもと同じだった。


 代理母生まれというのは、当主一家から一つ下の位置になるそうで、爵位持ちの使用人……側近?と同列に近いものみたい。

それなもんで、公爵家一家と食事を共にすることはないので、ホッとしているアンジーちゃんです。


 私が婿を取るというのは、嫡男であるアルジャーノンお兄様の補佐として、信頼できる優秀な男性にそれなりの権利を与えるためなのよ。

本来ならば、アンドリューが補佐をする役割だったんだけど、病弱なためそれが叶わず、私のところにお鉢が回ってきたってわけよ。


 そういうことだから、領地から出ない私は貴族のご婦人たちやご令嬢たちに混ざって、茶会や夜会でバトルすることはないので、ゴリッゴリの淑女教育的なものは勘弁してもらえたんだけど、それがアンドリューが病弱だったための結果だと思うと、手放しで喜べなかったりする。

まあ、でも、笑顔の下で腹の探り合いとか無理無理の無理だからね。私にそんなことが出来るとは思えないよ。


 そんなこんなで、お勉強といえばほぼ絵本を読んでいるだけで、それ以外はティー君が積んでくれた前衛的な積み木を崩すか、あとはカードゲームだね。

普通にトランプみたいなのが置いてある世界なんだけど、私が数字を完璧に覚えていなかったため、出番がなかったんだよ。


 遊び方は前世と似たようなもので、神経衰弱とかもある。

意外と言っては失礼だけど、ティー君が強い。神経衰弱めっちゃ強い。記憶力どんだけ?


 「むぅ。また、負けちゃ」

「ああぁ……、お嬢様、でも、それなら、えっと……」

「手を抜くの、ダメ」

「はい……」


 そして、ターナとミザリー、ティー君を合わせて4人で七並べしても勝負にならないんだよね。

みんな順番に置いていっちゃうので無難に終わる。邪魔されて「むきぃーーー!!」となることがない。


 それならば、と。私を抜いて3人でやってもらうと、ターナの小声だけど高笑いが響く。彼女が意外と腹黒かったことを知りました。


 そうやって一週間が過ぎた頃、アッシュフィールド公爵夫人から依頼された侍女長ローレッタさんがやって来て、私のマナーチェックをしていった。

挨拶は及第点というか「大変よくできました」のハンコが貰えるレベルだったらしいんだけど、食事のマナーはどうだろうか、ということでした。


 「あら、さすがターナに任せただけはあったわね。変な癖もなく上手だわ」

「ありがとう存じます、ローレッタ様。アンジェリカ様は素直に任せてくださいましたので、ゆっくりと教えることができましたわ」

「そうなのね。ミザリーの方は大変だったみたいね。出来もしないのにやりたがって汚してばかりだと聞いたわ」

「ええ、そうですわね。食べにくいのは料理の仕方が悪いからだと言って……、それはもう大変でしたけれど、こちらでも相変わらずなのでしょうか?」

「そうね、あなたの報告よりも悪化しているわ。さじを投げるほどよ」

「まぁ、そんな……」


 侍女長ローレッタさんとミザリーの話はアンドリューのことに関してみたいなんだけど、スプーン投げたって言わなかった?それって、もう病気が末期ってこと?


 誰に聞いても曖昧な返事で濁されて、初めてパパに会ったあの日からアンドリューを見かけることも、どうしているかを詳しく教えてもらえることもないまま2年ほど経ったんだけど、やっぱり治る見込みがないから、私の記憶からアンドリューを薄れさせようとしてるんかねぇ?

こちとら普通の5歳児じゃなくて前世の記憶があるもんで、そんなことをしても双子の兄を忘れたりはせんのですが……。


 とは言うてもね。あちらは私のことを煩わしそうに見るだけで何の交流もなかったから、思い入れはなかったりするんだけどねぇ。

何か気になるじゃん?私が面白おかしく楽しく生きてるのに、あっちは病に伏しているとか。つまり、私が心置きなく人生を謳歌したいがためにアンドリューのことを尋ねているに過ぎないんだな、これが。


 ミザリーと侍女長ローレッタさんが話し込み始めたもんだから、私をそっと庭へと誘導するターナ。

はいはい。アンドリューのことは気にしませんとも。


 そうそう、私が滞在している別宅なんだけどね。

庭に色々と実がなってるんだわ。それをね、ぽちっと摘んでターナに渡すと洗ってくれるので、パクっと食べるのが楽しいのよ。


 品種改良されているのか元来のものなのか分からないけど、めちゃくちゃ甘くて香りはパイナップルみたいなのがあって、それがお気に入りなんだけど、それね、ジャムにしようと加熱するじゃん?そうするとね、悶絶するほど酸っぱくなるんだって。好奇心に負けて頼んだりしないでね、とターナとミザリーから釘をぶすっと刺されました。


 いや、そんだけ言われると余計に気になるじゃんね。

押すなよって言ってる人がいたら押してあげなきゃ可哀想なんだから、ねぇ?ダメって言われるとしたくなるのは、人間だからなんだよ、きっと。 

 

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