18 本邸にて

 さて、メイドさんたちが荷物をまとめてくれたので、あとは私が乗り込むだけとなっておりまっせ。

あ、そうそう、5歳になったことで私の専属メイドさんにアンドリュー付きだったミザリーが新たに追加されやんした。何やらアンドリューが本邸に移ったことでお役御免な感じになったとか言ってたんだけど、私が本邸に滞在する今回はターナと共について来てくれるんだよね。うーむ、よう分からん。アンドリューは生きてるんだろうか……。


 ちなみに、お迎えに来てくれた本邸の馬車…………、馬車?馬じゃねぇでやんす。カピバラちゃうのん?クマ牧場にいた熊さんくらいの大きさしたカピバラやで?クリクリしたお目目が可愛らしいので良しとしましょう!こちらの言葉では「引き車」が正しい名称となっております。馬車とか言うからややこしいねんで?言ったの私だけど。


 アルジャーノンお兄様が本邸から訪ねて来てたときは、30分ほどかかっていたという話を覚えていた私は、今、ターナから言われたことに耳を疑った。


 「え?1時間半?えっ、何で3倍?」

「まあっ、アンジェリカ様、計算が早うございますわね。凄いですわ!こちらの引き車は、アンジェリカ様の年齢に合わせてあまり速度が出ない物になっておりまして、ゆっくり進むのでございます」

「へぇ〜、しょうなのね」


 突然現れる滑舌の悪さ。気を抜くと速攻で出てきちゃうのよ。困ったちゃんなヤツめ。


 馬車ってお尻が4つに割れるとかアホなことを言いたくなるくらい揺れるし痛いって話だけど、こっちの世界もそうなのかねぇ?スプリングとか無いんだろうか?だって、普通にお絵描き帳とかパステル画材とかあるんやで?スプリングくらいあっても良くないっスか?いや、スプリングにどんな技術がいるか知らんけど。


 まあ、本邸で用意してくれたものなので、ありがたく使わせていただきますとも。

どの道、別邸には私用の引き車はアルジャーノンお兄様がお土産にくれたゴッテゴテのシンデレラオープン馬車しかありませんからね。長旅に、というかあれは道路で使うものではないでしょう。


 さて、と。ターナに補助してもらって乗り込んだ引き車の中は、ふりふりのクッションとぬいぐるみで溢れているんですが、これ、どこに座るんスか?

そう思っていると、大きめのぬいぐるみに鎮座させられてしまった。


 え?このぬいぐるみが座席なの!?

驚いているうちにターナも乗り込んで天井から下がっている紐を引っ張ったんだけど、カランコロンとシャラランとチリンチリンが合わさった音が聞こえた。

合図の鐘かね?一種類で良くねっスか?


 お外の景色でも見ようと窓の方を見ると、手を大きく振っているティー君が見えた。

ティー君は、お留守番、ではなく引き車の後ろから自力でついてくるんだって。虐待ではないよ?彼に引き車の中で大人しくしてろと言う方が虐待になる不思議。彼は動いている方が楽なんだとか。


 外の流れる景色から推察するに、大人が走ってるくらいの速度かな?

でも、大人の中にボルト氏は入れたらアカンで?


 30分ほど移動したところで一度休憩に入ったので、ティー君を見てみると爽やかな顔をしていた。ずっと走ってるのに、随分と楽しそうな様子だった。獣人ってスゴイ。


 まあ、日本人がみんな納豆大好きなワケでもないように、走ることというか運動が苦手な獣人もいるんだろうな。

私は納豆を出されたら食べるけど買ってまでは食べない派なので、一人暮らしになってからは食べてなかったね。


 15分ほどの休憩を終えて、再び動き出した引き車。

木々の間に敷かれた道を抜けたり、開けたところでは作物が植えられた畑などが見えたため、ターナに何か尋ねてみると主に小麦と芋の畑だと教えてくれた。


 「お芋は、お砂糖になる種類の物が植えられていますよ」

「甘いにょ?」

「はい。すりおろした芋の汁を煮詰めて作るそうです」

しょうにゃんだそうなんだ

「あとは、細々と豊富な種類の物が植えられていますので、年中を通して様々な野菜が収穫できますよ」


 見渡す限り畑なので相当広いんだけど、そこはさすが公爵家だよね。

そうなのよ。私のパパは公爵家の当主なんだって。ビックリだよね。あの、チャラ男が貴族のトップクラスにいるんだよ。凄いよね?貴族って、大丈夫?


 最近になって色々と分かるようになって、生まれた家がどれだけ凄いのか知ったんだけど、知ったところで生き方は変わらないっていう、ね。

そう、変わらないんだよ。パパのお父さんが国王で、お兄さんが王太子で、従兄姉に王子と王女がいてもさ。私には関係ないんだな。だって、代理母生まれだからね。それくらい明確な線引きがあるみたいなんですよ。


 それなのに、別邸の改装が終わるまで本邸に滞在する許可が出たのは、私がクリフと正式に婚約して、彼がアルジャーノンお兄様の補佐をすることになったからなんだとか。


 ということで、本邸に着いたらアルジャーノンお兄様のお母さんにご挨拶しなければならないのですよ。

ターナに教えてもらったんだけど、上手く出来るかねぇ?どっかで噛んじゃうだろうな。滑舌は幼女だからということで、諦めてくだせぇ……。


 そして、本邸に着いたところで衝撃の事実が明かされました。

なんと、ここまでの道のり……、敷地内だってさ。


 公爵家の領地って意味じゃありませんよ?邸があって、門がある。その敷地内でっせ?どんだけ広いんだよ。ワケ分かんないよ!林だと思ってた所は果樹園でした!小麦と芋の畑は家庭菜園の延長だった!異世界に来て一番驚いたわ!!

てことで、私が来たのは庭からで、邸に入るのは裏口からでした。


 裏口から入って部屋に通され、そこでしばらく待っていると、誰かが入って来たので直視することなく即座に礼を取る。で、合ってたはず。


 「お前が代理母生まれの娘ね。顔を上げなさい」

「…………。」

「発言の許可を与えます。わたくしは、ディアナローズ・クレヴァリー・アッシュフィールドよ。わたくしのことは、アッシュフィールド公爵夫人と呼びなさい」

「はい、アッシュフィールド公爵夫人。わたくちは、アンジェリカ・アッシュフィールドと申しましゅ。お目もじが叶いまちたこと、嬉しく思いましゅ」

「何かあればターナに言いなさい」


 アッシュフィールド公爵夫人は、そう言って部屋を出て行ったんだけど、わざわざ私のために時間を作って来てくれたんだよね。

存在を無視することもなく、何かあればターナに言えば良い、と。


 それにしても凄い迫力のある人だったな。

王太子の弟を旦那に持つとなると、あのくらいでなければやっていけないんだろうな。何せ、第一印象チャラ男なパパだし。


 「アンジェリカ様、大丈夫ですか?」

「しゅごかった!パパは、いい奥しゃん貰えたんだねぇ」


 私の返事にあちこちで「ぶふぉっ!」とか、「ぶっ……!」とか、何か吹き出す音や咳き込む音が聞こえたんだけど、姿が見えない。

NINJAでもおるんか?

 

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