16 嬉しいこと

 クリフが婚約者になったということを知った数日後、彼はカッチリとした服装にピンク色のフリフリした可愛らしい花束を持って訪ねて来てくれたんだけど。お?さっそく婚約者へのご機嫌伺いですかい?照れますなぁーとか思ってたんだけど、ちょっと違った。


 クリフの服装は白地のスーツみたいな感じで、銀色の刺繍がガッツリ施されてる重たそうなジャケットに、幅広の短いネクタイみたいのをしてるんだけど、そのネクタイには隙間なく刺繍してあって先の方にはキラリン!と光るものが付いていた。あれは、宝石かねぇ?

ズボンはシンプルな黒地なんだけどね。って、あれ?これってアレじゃね?アレなのか!?マジで!?うっそぉーん。そんな、そんなっ、あぁーーーー!!クリフが私の前で片膝をついたぁーーー!!


 騒がしくてスマンねぇ。

いや、ね。私のお気に入りの絵本に「囚われの姫は身を投げる」というのがありまして、子供向けの絵本としてソレどーなんよ?っていうタイトルなんだけど、敵国に攫われて塔のてっぺんに幽閉されていたお姫様は、自国のために投身自殺を決意すんのね。そんでもって、飛び降りたところをドラゴンに乗った騎士が颯爽とキャッチするんだけどさ。人が乗れるドラゴンだと塔に衝突しねぇ?とか思っちゃってターナに聞いたんだけど、曖昧に微笑まれるだけっていう、ね。物語に現実を求めんなってことっスね。


 この「身を投げる」というのは、身分も含まれていて、命を救ってくれた騎士からプロポーズされて、それを受けて王族の身分を捨てて彼と結婚するというものなのよ。

でもさ、お姫様の命を救った騎士に何の褒美もないの?褒美は姫自身なのか?とか、何か色々ツッコミ入れながら読んでたら楽しくなっちゃってね。


 たぶん周りが思っているような、夢見る乙女思考な意味でその絵本が気に入ってるわけじゃなかったりするのよ。


 それでね、その絵本のラストに騎士が白地に銀の装飾、胸元に赤いキラキラしてるような石がはまった鎧をまとって、ピンク色のフリフリした花束を持ち、片膝をついてお姫様にプロポーズしてんのよ。

騎士が鎧の下に着ているのが黒地なので、クリフも黒地のスボンに白系のブーツを履いてるんだろうけど。


 うわ、絵本のラストと同じプロポーズされるとか、転生してみるもんだね。ひゃはーーー、照れるぜぃ。


 「私、ウルフスタン伯爵家のクリフォード・ウィルキー・ウルフスタンは、アッシュフィールド公爵家アンジェリカ・アッシュフィールド様に求婚をいたします。生涯この身と忠誠をアッシュフィールド公爵家に捧げることを、そして、あなたに愛を捧げることを誓います」

「うん?」


 ごめんよ、クリフ君。アンジー、自分の名前が呼ばれたところしか分からなかったよ。あ、でも愛って聞こえたかな?


 首を傾げてどうすれば良いのかとターナを見ると、彼女は困ったように微笑むとクリフに、「アンジェリカ様が分かるようにしてあげて下さい」と言った。


 「ふふ、アンジェリカ様。僕と結婚してくれますか?」

「おぉ、はいっ!!」

「ぶふっ、ありがとうございます、アンジェリカ様。難しいことは言っていないように思ったのですが、まだ無理でしたか?」

「どこから、どこまでが、ひとこちょ一言なのか分かんにゃい」

「それ全く理解してないってことじゃないですか……」


 小さくため息をついたクリフがかがんで私の頬にちゅっとしてくれたんだけど、お?外国人的な挨拶ですかい?私も返した方が良いのかな?


 「照れないし……」

「うんしょ。クリフー、届かにゃーい」

「あー、はい。どうぞ」

「んちゅ。ひゃはぁーーーー!」

「あ、する方は照れるんですね。アンジェリカ様、僕の名前は?」

「クリフー!」

「そうです。僕の名前は、クリフォードです」

「クリふぉおじょ?」

「……ダメか。愛称がクリフですよ」

「わかっちゃ!じゃあ、アンジーのこちょもアンジーって呼んで!」

「おや?よろしいのですか?」

「うんっ!」

「では、改めてよろしくお願いしますね、アンジー様」

「うんっ、よおちく、クリフ!」


 わーい、アイドル系イケメンの彼氏ゲットー!なんてね。幼女でスマンね。しかも、言葉が中途半端にしか通じない上に滑舌が悪いっていう、ね。詰んでるわ。


 クリフは花束を抱えた私を抱っこすると、ターナに渡して自分の目線に合うようにした後、優しく微笑んで頭を撫でてくれた。

ターナとやり取りしている言葉が早すぎるのと単語が分からないのとで、ちんぷんかんぷんなんだけど、たまにアルジャーノンお兄様が出て来てる気がする。


 「はぁ、では戻ります。もう少し婚約者を堪能したかったのですが、アルジャーノン様のご機嫌が思わしくありませんからね。まだ3歳なのにって」

「ふふ、仕方がございませんわ。ご兄妹仲がよろしいのですもの」

「まあ、そうなんですけどね。しばらくは光り物ではなく、お菓子を中心に花や可愛らしいものが良いでしょうか?」

「そうねぇ。光り物にも興味を示されてはおられますが、どちらかといえば可愛らしいものを好んでおられますね。あのお庭のような感じが今はお好きのようですわ」

「ぐぅ……っ、お祖父様め……。あれを超えるほどアンジー様が喜んでくれるって、何があるんでしょう」

「まあっ、お気に入りの絵本を再現して求婚されたときのアンジェリカ様のお喜びようは、十分に超えておりましたよ」


 何か納得いかないようなそうでないような顔をしたクリフは、私の目元に軽いキスをして、「また、会いに来ますね」と言って帰って行った。


 ターナに、今までで一番嬉しかったことは何か聞かれたので、ターナと一緒に寝たことだと答えたら「あらー?」と、困った顔をしようとして嬉しそうに笑っていました。


 ターナはメイドさんなので、あるじの娘である私と添い寝くらいはしてくれるけど、夜から朝までガッツリ一緒に寝るっていうことは、家族ではないため出来ないのよ。

そこで、3歳の誕生日に何が欲しいか聞かれて、朝までコースを所望したわけなのですよ。大変満足いたしました!


 

 

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