14 挨拶に行くということ

 次の挨拶先はメイド長のキャスリン。

彼女のことはチラっとたまに見かけることはあったけれど、目が合えば優しく微笑んで綺麗な一礼をして去っていってしまうので、これといって関わりはなかったのよ。


 もしかして、あれなのかねぇ。挨拶してないと基本的にスルーみたいな?マジで、本当に挨拶せずにいたらどうなってたんだろうねぇ?


 「たーにゃ」

「はい、アンジェリカ様」

「あいさちゅ、行かにゃかっちゃら、どうにゃってた?」

「アンジェリカ様が5歳になられたときにご提案する……、挨拶へ行くかどうか聞くつもりでございました」

「じゃあ、おしょくなかっちゃ?(遅くなかった?)」

「はい、大丈夫でございますよ」

「しょっかー」


 セーフで良かったよ。言われてからやるより言われる前にやった方が心象は良いものね。まあ、それを幼児に求めるのはどうかと思うけど。


 アンドリューの方は、挨拶云々よりも床上げから始めないといけないみたいで、5歳までに自主的に挨拶を行わなかった場合は体調を見て、可能であれば挨拶に連れ回されるらしいよ。

体調が思わしくなければ更に延期されるというターナの話を聞くと、出向くことが大事なんだろうね。


 メイド長のキャスリンがいる部屋の扉を開けてくれたのも、彼女付きの使用人でした。

本当に、うちってどういう家なんだろうね?


 あ、でも、ターナも下級とはいえ貴族の出身なんだから、家に帰れば使用人がいるかもしれないよね。

何せ、貴族の奥様なんだから。


 あれ?ということは、ゼクスやキャスリンの部屋は、彼女たちのテリトリーということ?同じ邸内でも個人の領域なのかもしれないね。


 あ。この邸内の使用人は貴族で固めてるんだよね?ということは、ゼクスも貴族家当主、メイド長のキャスリンも貴族家当主の妻であると考えれば、貴族家当主の娘である私よりも階級は上になる?だから、私が出向くのか。この邸で執事やメイド長などの役職についていても、それはパパやアルジャーノンお兄様のお母さんに仕えているのであって、私ではないんだろうから。


 なるほど、なるほど。アンジー、納得。


 メイド長のキャスリンは、穏和な雰囲気をしたおばちゃんなんだけど、怒らせたら危ない感じの人だと思うの。

でも、今のところ怒られる要素はないので、「とても上手にご挨拶できていますわ。えらいですよ」って褒められた。でへへへ。


 ターナが私のお世話をしてくれるのも言うことを聞いてくれたりするのも、それをパパが叶えるようにって言ってくれているからなんだろうね。

そう考えると「アンドリュー様は、ねぇ?」みたいな態度を取っている人は、恐らくそれなりの階級にいる人たちなのではなかろうか、と。アンジーちゃんは思うわけですよ。


 愛想って、大事ね。


 そんでもって、ティー君はアルジャーノンお兄様が私に買ってくれた奴隷なので、彼が仕えているのも、彼の所有権も私。

掛かる費用は私に割かれている予算から出ているんだけど、私、かなりアレ欲しいコレ欲しいとやってるつもりなのに、まだまだ残高があるんだって。どんだけお金持ちなんだろうね。びっくりだわ。


 では、お次は庭師のおじいちゃんナサニエル。

彼は、アルジャーノンお兄様付きの執事見習いクリフ君の祖父なんだってさ。

 素敵なお庭をありがとうとお礼を言ったらいかめしい顔をほんのり赤く染めて、「こうして欲しいなど、要望が……、まあ、してほしいことがあれば言ってくれ」と、ぶっきらぼうだけど私にわかる言い方でボソボソっとお返事してくれた。何コレ萌えるんですけど。


 この世界初のトキメキがナサニエル爺ちゃんという、なかなか珍妙な経験をした私は、昼食を挟んで次の挨拶先である料理長ハンフリーのところへと向かっているのですが、場所は彼の自室ではなく東屋です。

何故なのかターナに聞いたところ、彼は料理長という職に就いているため自室へは基本的に寝るだけに戻るので、客人を迎えるようにはしていないんだってさ。


 庭師のナサニエル爺ちゃんは、庭へ何を植えるかなどの計画を立てたりと事務仕事もあるので、私が挨拶に向かったのは彼が居住している庭師用の管理小屋だったんだけど、前世の実家より大きくて素敵な建物だった。小屋って何だろうね?


 東屋が見えるところまで来ると、そこにはティーセットが置かれており、そばには綺麗に揃えられた白い口髭をたたえ、眉間に深いシワを刻んだオジサンがいた。

料理人というより武人というカテゴリーに思えるのは、前世の先入観ですかねぇ……。


 「ようこそ、小さなお姫様」

「こ、こんにちは。ほんじちゅは、お時間をとってぇくれちぇ、ありがちょう」

「とんでもないことにございます」

「わたくちは、アンジェリにゃ……と、もうちましゅ。にゃまえで、呼んでくれると、うれちく思いましゅ。以後、よろちくおねにゃいちましゅ」

「私は、この邸にて料理長をつとめておりますハンフリーと申します。アンジェリカ様にご挨拶が叶いましたこと、嬉しく思いますよ。私のこともハンフリーと名で呼んでくだされば幸いです。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」


 無事に挨拶が終わって、嫌いなものを聞かれたけれど、自分で作らなくて良いだけありがたいという本音を伏せて特にないと答えると、ヒョイっと眉を上げて「ふむ、それならば、色々とお出ししてみますか」と言われた。


 料理に冒険はいらないので、美味しいものでお願いします。


 幼児が食べやすいようにと工夫してくれていたので、それのお礼も伝えるとジーーーンっという効果音が聞こえそうな感じで嬉しそうにしていたんだけど、英雄がラスボスを倒した映画のワンシーンみたいに見えたよ。ハンフリーって料理人だよね?


 午後のティータイムを料理長のハンフリーと終えて部屋に戻ると、ターナから彼がアンドリューのためにパパたちが暮らしている本邸から来たことを教えられた。

食が細く好き嫌いが激しいアンドリューのためにと、ハンフリーは色々と心を尽くしてくれていたんだけど、その好き嫌いが病気によるものだったので、今は心を鬼にしているんだって。


 え。病気のせいなのに心を鬼にしてんの?なぜ?普通、逆じゃない?ただの好き嫌いならば鬼になるのは分かるけど、病気なのに鬼?とグルグルしていると、ターナからは「アンドリュー様のことは、あちらにお任せしましょうね」と言われた。


 うん、まあ、私に出来ることはないからね。お任せしますとも。





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