13 呼び方

 メルヘンな庭をシンデレラ馬車で楽しむか、前衛的な構図でティー君が積み上げてくれた積み木をつんつんして盛り上がるか、あとは絵本を読んでいるだけの幼女ライフを満喫しているアンジーちゃんです。


 ティー君に積み木を積んでもらうのは、おやつの時間のあとなので、わざわざ連れて来てもらったりということはしないの。

でも、そういう気を使うところが幼児っぽくないね、と若いメイドさんがポツリと言うと、年配の方々は「若様も幼い頃からそうでしたよ。やはりご兄妹ですわね」と、返していた。


 私は前世の記憶持ちだけど、アルジャーノンお兄様はそうじゃないよね?そう思うと、うちの兄ちゃんチートとかいうあれなんじゃないかな?チートって、凄い人のことを言うんでしょう?友人という何かがそう熱く語っていたから単語だけ覚えてたんだけど……、違ったかな?


 メイドさんたちの会話の後には「それに比べてアンドリュー様は……」みたいに続くんだけど、病気の幼子はワガママなものだし、身体がツラいんだろうから大目に見てあげてほしいかな。


 アルジャーノンお兄様が若様と呼ばれるのは、跡取り息子だから私たちと扱いが違うのかな?て思ってたんだけど、ターナに聞いてみたら、自己紹介して名前を呼ぶ許可をもらっていない人は「若様」と呼ぶんだそうな。

私のことは「お嬢様」、アンドリューは「ご子息様」となるんだけど、私とアンドリューを直接お世話してくれているメイドさんたちには、私たちが名前を自覚するようにと、パパが呼ぶ許可を出したんだって。


 名前を呼ばせているかいないかで使用人への信頼度が分かる明確な差だというのは分かったんだけど、めっちゃあからさまだよね。

名前を呼ぶ許可を与えないって、「お前なんぞ信じてないからな!」てことじゃないの?かなりパキっとした線引きだよね。私もこれからやらないといけないの?メンタルもつかな?


 そんな凄い人アルジャーノンお兄様なのですが、お勉強が忙しくなったとかで、最近はあまり顔を見てない。と言ってもアンドリューよりかは見てるけど。マジで、本当に生きてんだろうか、私のもう一人の兄は。


 パパも仕事が忙しいので、あの日、アンドリューと会わなくなった日から会っていないけど、元から忙しくて来られないみたいなことを周囲が言っていたから、そういうことにしておこう。

私たちのことは、それほど眼中にない存在だったんだろうなっていうのが、あの短い邂逅で察することは出来たので。


 そんなこんなで、私は今、挨拶ツアーをやっているでやんす。

ターナから名前を呼ぶ話を聞いたときに、私が挨拶をしてもいい人を聞いたのよ。そしたら、「旦那様から、許可が出ている人にだけですよ」と言われたんだけど、これって自主的に行動に移さなければ、ずーっとそのまんまだったのでは?と、ちょっぴり汗がたらりとなりました。


 私が挨拶をしに行っていいのは執事のゼクス、メイド長のキャスリン、庭師のおじいちゃんナサニエル、料理長のハンフリー、の4人だけ。

庭師のじいちゃん名前カッケェー!とか思い、料理長の名前をハンズフリーと言わないようにしようとかアホなことを考えながらやって来ましたのは、執事らしき人物ゼクスのいるお部屋。


 この挨拶ツアーなんだけど、まず、「挨拶に行きたい!」というお手紙を出します。

そして、「いいですよ。どうぞー」というお返事をもらって、「では、何日の何時でどうでしょう?」とお伺いを立てて、OKをもらうんです。


 使用人に対して何でそんな面倒な手続きをしているかというと、たぶん将来のための練習なんだろうね。

ターナからも貴族としてのお勉強ですよって言われたし。


 ちなみに、3歳児のアンジーちゃんは便箋の一行幅に合わせて文字を書けたりしないので、今回は幅を無視しております。

可愛らしい花柄の便箋にデテン!とした難解な幼児文字で、「ごあいさつに、いっても、いいですか?」とだけ書きました。


 それと、宛名を書く際に、この世界の名前についても教えられたんだけど、貴族のフルネームは、名前+母親の実家名+家名となるそうなんだけど、代理母生まれの場合は、母親の実家名はつかないんだってさ。

だから、アルジャーノンお兄様のフルネームは、アルジャーノン・バートレット・アッシュフィールドだけど、アンジーちゃんのフルネームは、アンジェリカ・アッシュフィールドなのさ。


 本格的なというか、ちゃんとした手紙には、時候の挨拶みたいなものが必要なんだけど、3歳児だから今回は免除されてまっせ!

というか、そんなものを書いたら便箋が何枚いるか。ごっつい束になるで?


 コンコンとターナがノックすると、中から「どうぞ」という男性の声がして、扉が開いたんだけど、ゼクスじゃない知らない男性が扉を開けてくれたということは、彼はゼクス付きの使用人なんだろうね。

何せ、この家は使用人すらもお貴族様だから。


 「ようこそいらっしゃいました、お嬢様」

「こんにちは。今日は、おじかんをとっちぇくれちぇ、ありがちょう」

「もったいなきお言葉にございます」

「わたくちは、アンにぇりにゃ……、アンジェリにゃ……と、もうちましゅ。にゃまえで呼んでくれるゅとうれちく思いましゅ。以後、よろちく、おねにゃいしましゅ」

「はい。私は、この邸にて執事をさせていただいております、ゼクスと申します。アンジェリカ様にご挨拶が叶いましたこと、嬉しく思います。私のことは是非ともゼクス、とお呼びいただければ幸いです。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」


 ゼクスはそう言って綺麗なお辞儀をしてくれたのでした。


 手袋をはめた執事っぽい男性の名前はゼクスだと判明したんだけど、役職名は脳内で執事と変換しておいたよ。何の仕事をしている人なのか分からないからね。仕方ないよね。



 


 

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