閑話 魔医師
私は、ブラッドフォード・アルベルティーヌ・エメラルディン・オーア・クリスタル・ラビリンス。
私の名に「アルベルティーヌ」という女性名が入っているのは、母親が他国の人間だからである。本来ならばそこには母親の姓が入るのだが、母親が他国の人間であった場合は、姓ではなく名を入れることになっている。
こんな長ったらしい名前をしているが、私は、ただの医者だ。
魔臓という魔力器官を専門に診ている。
いつものように訪問診療を終えて邸へと戻ると、アッシュフィールド公爵となった甥っ子アランジョナスから緊急の知らせが届いていた。
何事かと急いで開いてみると、3歳になる娘が魔力を奪われていたとあった。
またか……。
何故こうも幼い子に対して愚かなことを仕出かすのか理解できない。
しかし、アランジョナスの妻は愚かなことをするような人物ではないし、その彼女との間に出来た嫡男アルジャーノンも聡い子だったはず。
何故、わざわざ代理母から生まれた娘にそのようなことをしたのか分からないが、急いだ方が良いことだけは分かるので、翌朝早くにアッシュフィールド公爵家を訪ねることにしたのだ。
まさか、魔力を奪われていた娘の双子の兄が、魔力を放出するなどという愚行をおかしているとは思いもしなかったがな。
「伯父上、どう思う?」
「おそらく前世持ちだろうな。しかも、相当昔に生きた、子供もいなかったような、そんな感じだろう」
「だよね?そう思うよね?僕もそんな感じじゃないかと思ってさ。だって、言語能力はそれなり、算術能力は大人並み、地理と歴史はそれほどでもないとなると、それしか考えられないし」
「言語も歴史を重ねるうちに少しだが変化しているからな。だが、算術は時が経とうと変わらないのがほとんどだ。おそらくだが、魔法使いか何かだったのではないか?魔力を使えば使うほど増えると思っている辺りがそれらしいじゃないか」
「増えるって言ったって平民並みの魔力が貴族並みに増えるわけじゃないのにねー」
魔力の総量は父親からの遺伝で決まる。
父親の魔力が少なければ生まれた子も少ない。
本来ならば私も魔力が多くなるはずだった。
それなのに私の魔力が下級貴族ほどしかないのは、幼い頃に魔力を引き抜かれたからだ。
3歳くらいの頃に起きたことらしく、私はその時のことを覚えてはいないのだが、その事件のせいで私が王になることは出来なくなった。
今は私の弟が国王になっているが、とても大変だったのだと、当時を振り返って話す亡き父の顔は暗かった。
私と今の国王である弟は同母兄弟で、母は王妃だった。
同盟国から輿入れしてきた母が、当時の王太子であった父との間に生んだ子を次代の王にするという約束での婚姻だったのだが、それをよく思わない反対派がいた。
その反対派が、当時3歳だった私の魔力を魔道具を使って抜いていたのだ。私を王にさせないために。
しかし、誰が何と言おうが、同盟国から嫁いできた母が当時王太子であった父との間に産んだ子が王位継承者となることが決まっており、母は父の度重なる説得に折れて再び子を産んだ。
その生まれてきた子が男の子で良かった、皆が安堵のため息を漏らしている裏では、私の魔力を引き抜いた反対派が軒並み処刑されていっていた。
反対派などと言っているが、単に自身の娘を側室としてあてがって、その娘が産んだ子を王位につけたかっただけの害虫共だ。
同盟国とは様々な取り決めが成されており、母が産んだ子が王にならなかった場合は契約不履行となり、とんでもない金額の賠償金を支払わなければならなかった。
そのことを知らないはずがないのに、次期国王となるはずだった私の魔力を引き抜いて王になる道を断ったのだ。愚かと言わずして何と言うか。腹立たしい。
昔を思い出してイライラする私を見て、苦笑したアランジョナスは肩をすくめた。
「でもさー、二度と自分みたいな子が出来ないようにって魔医師になったんでしょー?王兄が診察に来るから拒める家なんてないもんね!それで助かった子はいっぱいいるんだから、そこは誇ってよね」
「フン、自分の産んだ子が跡取りになれないからと、そんな欲のために跡取りとなるはずだった子が魔力を引き抜かれ、平民と変わらないほどの魔力しか無くなったり、身体に疾患や障害を持った者までいる。何の罪もない子がそんな目に遭うのは間違っているだろう」
「本当だよね。まあ、うちの場合はキッチリ線引きしてあるから大丈夫!と言いたかったけど、まさかの自滅だよ。パパびっくりだよ!」
「パパとか言うな気持ち悪い」
「うわ、伯父上ひどっ!」
コイツは何でこうも緩いんだ。コイツの兄である王太子は、真面目が服を着て歩いているほどだというのに。
だが、この緩さに救われたところがあるのは事実だから、あまり冷たくするのは止めておいてやろう。
魔力を放出していたらしいアンドリューという子には、昨日のうちに魔力封じの腕輪をはめたということなのだが、アランジョナスは娘のアンジェリカを先に診てくれと言う。
アランジョナスのいる本邸から、双子の兄妹がいる別邸に着いたのは昼前だった。
今ならば昼食前に診察を終えられると判断し、診させてもらうことにした。
魔力を奪われていたというアンジェリカを診察してみたところ、とても素直でいい子だったが、幼い子特有の何が異変なのか分からず、気付いていたとしてもそれを言葉に出来なかったために発覚しなかった、そんな感じであった。
たまたま奴隷である獣人が気付いたから良かったものの、取り返しがつかなくなるところだった。
愚か者の方はというと、完全に手遅れだった。
話によれば1歳に満たない頃からやっていたらしく、聴覚は問題ナシ、視覚は生活に困らない程度、嗅覚は鈍い、味覚は壊滅的でほとんど機能していない。
成長に必要な魔力は部位によって変わるのに、それを循環させて均等に流していたために身体にも不具合が起きており、骨は脆く、筋肉は少なく、内臓機能も低下していた。
前世の記憶がなければそうでもなかったのだろうが、あるばかりに味がしないことが苦痛で食欲がなく、内臓機能が低下していることもあって消化吸収も上手くいっておらず、栄養を満足に摂取できていなかった。
しかも、少ない筋力を補うために魔力で身体強化のようなことをして生活していたため、魔力を使えないように封じてしまうと、自力で立つことも出来なくなっていた。
メイドに、消化に良く栄養のあるものを流し込んで身体を動かす練習をすれば、人の手を借りずに生活できるようになるが、味覚は期待しない方が良いだろうと伝えた。
双子とは奇妙なものだ。
片方に危機が迫るとそれを察知することがある。
今回のこともそうだ。
本人の預かり知らぬところで命を助けていたのだから。
あの愚か者が魔力を放出していたのは、やることがない夜間であった。
そのため、生命の危機に陥るほど魔力が減れば眠ってしまっていたのだが、身体はその足りない魔力を同質の魔力を持つ双子の妹から奪うことで危機を脱するようになった。
それをあの愚か者は、自身の魔力が順調に増えていると勘違いしたのだ。
アンジェリカは、よく遊び、よく食べ、よく眠る、理想的な幼児生活をしていたため、多少魔力が減っても何とか補うことが出来ていた。
それに、どうやら魔力が奪われ始めると極力自身の魔力を消費しないように眠ってしまっていたので、アンジェリカの身体にはまだ影響は出ていなかった。
しかし、あのまま奪われ続けていれば、アンジェリカも危なかったはずだ。
少し滑舌が悪いが、3歳くらいの子供であればそんなにおかしなことではないし、そのうちきちんと喋れるようになるだろう。
幼い子が魔力を回復するには自然回復を待つ以外に方法はないし、空気中に漂う魔力の素を吸収できたりもしない。
だからこそ、同質の魔力を持つアンジェリカから奪っていたのだろうが、それでも全く同じではないため、あの愚か者は魔力が変質していた。
いくら双子で魔力も同質だったとはいえ自分の身体ではないのだから、アンジェリカから奪った魔力が混ざれば変質もするだろう。
その混ざっている状態で動かしたり放出したりしていたため、アンジェリカの魔力が混ざっていない純粋な自身の魔力を扱うのは今の状態では難しいかもしれない。
まあ、難しいといったところで、あれでは平民並みの魔力量にしかならないので、魔力を扱うことはないだろうがな。
精々が出来て身体強化くらいまでだが、大人になって身体が大きくなれば、その身体強化に使われる魔力も多くなるため、それほど長い時間は使えなくなる。良くて瞬発的に重いものを持つことに使う程度だろう。
知らなかったとはいえ、無知は罪。
その無知で他の人間の人生をめちゃくちゃにするところだったのだ。
あのような人種には、とてもいい罰になっただろう。
さて、診断結果をソワソワして待っているだろう
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