第133話
「ふっ」
「グギャ」
「よっ、ほいっ」
「ガッ」
襲い来るゴブリンの攻撃を躱しつつ、こちらの攻撃を確実に当てていく。幸いなことに、数は多いが一匹一匹の力はそれほど強くないため、一気に襲われない限りは問題ない。
そして、俺よりもかなり張り切っている味方がいるお陰で、俺に向くはずのヘイトがほとんどあいつに向いてしまっている。言うまでもなく、クーコだ。
素早い動きで相手を攪乱することも凄いのだが、敵の密集した場所に敢えて突撃し、その場で範囲攻撃を放出するという何ともパワープレイな行動を取っている。その勢いに押され、クーコの動きに対処できていないため、ゴブリンの集団はその数を確実に減らしていった。
それをただただ傍観していたゴブリンエンペラーだったが、部下の不甲斐なさに呆れたのか、それともゲームの仕様上による行動なのかはわからないが、ここで動きがあった。
「ヤレヤレ、セワノヤケルヤツラダ。コウナッタラ、ワレミズカラガアイテニナッテヤル」
「だから言っただろ。時間の無駄だから大人しく俺と勝負しとけって。皇帝(エンペラー)だろうと、ゴブリンはゴブリンってことか」
「……ヘラズグチヲ。イマスグコロシテヤル」
俺の挑発にまんまと引っ掛かり、ここで御大将であるゴブリンエンペラーがこちらに近づいてくる。未だ襲い掛かってくるゴブリンに対処しつつ、俺は相手の出方を窺う。
クーコがいるとはいえ、プレイヤーは俺一人しかいないのだ。まったく、本当に何度も言うが、どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
見上げたその先には、巨体を揺らしながらこちらに向かってくるゴブリンエンペラーの姿がある。体格自体は四メートルを超えないほどで、大きさだけ見れば、ジャイアントパワーゴブリンよりも小さい。だというのに、纏っている雰囲気は比較にならないほどの差があり、まるで猫と虎ほどの違いがある。
そして、取り囲んでいたゴブリンたちもその威圧感に気圧されている様子で、忠誠よりも畏怖という意味合いで奴の進行方向の妨げにならないよう道を開けている。
「サテ、コノワレジキジキニテヲクダスコトナド、メッタニナイコトダ。コウエイオモッテシヌガヨイ」
「能書きはいい。始めようか」
そう言いつつ、お互いに手に持つ武器を構える。ゴブリンエンペラーの持つ武器は、奴同様禍々しい雰囲気を放った大剣で、それを片手で操るのは人間では不可能だろう。
しばらく睨み合いが続いたが、これ以上見合っていても埒が明かないと考えたゴブリンエンペラーが先に動いた。一歩が数メートルの移動距離となるモンスターが本気で突進してくる力は凄まじく、それだけで風圧が起きてしまっている。
瞬く間に距離を詰めると、持っていた大剣を振り上げ、そのまま勢い良く振り下ろした。
“ドゴーン”という轟音が空間に響き渡り、その振動が地上に伝わっているのではないだろうかと思うほど強い衝撃が俺を襲うはずだった。だが、そうはならなかった。
いくら物理的な力の差があろうとも、その攻撃スピードは遅く、大振りからの攻撃を避けられないほど素早いものではない。一方俺は小回りの良さを利用し、奴が大剣を振り下ろす直前で攻撃を躱し、そのまま奴の懐に潜り込んだ。そして、渾身の一撃を剣に込め、横薙ぎに一閃する。
「フン、ソンナヤワナケンデハ、コノカラダニキズヒトツツケルコトハデキヌワ!!」
「なんて硬さだ。だが、ダメージは確実に通ってるな。防御力とHPが高いだけで、効いてないわけじゃない。ならば……」
最初の頃のジャイアントパワーゴブリンとは違い、相手にダメージが通ることがわかってからは、ただひたすらに奴の攻撃を躱し、懐に飛び込んで攻撃を当てまくった。
仮に相手のHPが千で与えるダメージが一回につき一だったとしても、それを千回成功させれば計算上倒すことができる。今回はそれをやればいいだけの話だ。
相手の攻撃を躱し、隙を突いてこちらの攻撃を当てる。それはまさに教科書に載っているかの如く、基本に忠実というべきヒットアンドアウェイだった。
いかに相手の防御とHPが高かろうと、奴の攻撃を躱しこちらの攻撃を当て続けていれば、最終的に倒れるのは奴なのだ。
「グゥ、チョコマカトウゴキオッテ。ナラバコレナラバドウダ!」
「ぐっ」
ゴブリンエンペラーのHPを三割ほど削ったところで、動きがあった。俺の攻撃を忌々しく思った奴が、持っていた大剣をそのまま地面に叩きつける。先ほどよりもさらに激しい衝撃によって、地面が揺れまともに動くことができない。どうやら、一時的な移動系のバットステータスが付くようで、今までのような動きができないようになってしまった。
しかしながら、バットステータスが付くのは短い時間のようで、すぐに元の動きに戻った。だが、あの攻撃の後に攻撃されたらかなりまずいことになりそうだ。
だが、幸いなことにあの攻撃が来る直前大剣を大きく振りかぶるという動作があることと、バッドステータスが付与される有効範囲があることが何回かの攻撃で判明したため、その攻撃が来る時だけ奴から距離を取ればなんとか対処できる。
そして、同じように隙を突いて攻撃を繰り返すうち、気付けばゴブリンエンペラーのHPは半分を切っていた。しかし、やはりボスということでお決まりの残りHPが減ったことで行動に変化が起こる。
「ココマデヤルトハオモワナカッタ。メンドウダガ、ショウショウホンキデイカセテモラオウ。……【アクティブオーディエンス】」
「な、なんだとっ!? ぐはっ」
ゴブリンエンペラーが何かスキルのようなものを使った瞬間、奴の機動性が向上する。どうやら、弱点だった素早さを補う能力を使ったようで、先ほどとは比べ物にならないほどの動きを見せ、奴の攻撃をモロにくらってしまった。
たったの一撃で、俺のHPを六割近くまで削る攻撃は凄まじく、二回受けることはできない。なんとか、ポーションを使って全快させるも、こんな攻撃を何度も受けるわけにはいかない。
何とか体勢を立て直すが、ゴブリンエンペラーの猛攻が緩まることはなく、畳みかけるようにこちらに向かってくる。
「ドウシタ? コノワレヲタオスノデハナカッタノカ?」
「くっ、【地竜斬】!!」
「コザカシイ」
苦し紛れにはなった一撃も、通常攻撃よりかはマシといったダメージしか与えられない。どう考えても、俺がボスの体力を削り切る前に俺が先にやられる状況だ。
もうダメかと思ったその時、突如としてボスの素早さが落ちた。一体何が起こったのか周囲を見渡してみると、その犯人が判明する。
「クエクエクエクエクエクエクエクエ、クエェ―!!」
「クーコか」
なんと、今までクーコが何をしていたのかといえば、周囲にいたゴブリンたちを掃除して回っていたのだ。そして、どうやらゴブリンエンペラーが使った【アクティブオーディエンス】というスキルは、一定の場にいる仲間の数だけ素早さを向上させるという能力で、仲間の数が多ければ多い程その真価を発揮するものらしい。
能力を使う前と後で周囲にいたゴブリンの数が減少していることは明らかであり、それによって奴が使った能力の効果が薄れてしまったようだ。
「これならいける。これでもくらえ! 【フレイムバレット】、【アイシクルバレット】、【エレキバレット】、【ロックバレット】、【ウインドバレット】」
「グッ、オ、オノレ」
ここぞとばかりに、俺は魔法の連打を叩きこむ。どうやら魔法に対する耐性は低いようで、目に見えてHPが減少する。この攻撃によりさらに二割のHPが削れ、残りは三割を切った。
危機感を感じたのか、もはやなりふり構っていられないとばかりに大剣を振り回してゴブリンエンペラーが攻撃をする。だが、素早さの落ちた攻撃など当たるわけもなく、その攻撃は尽く空を切る。
「【縮地】、【地竜斬】、【天空斬】、【飛燕斬】、【一閃】、【十文字斬り】」
「コ、コノママデハ。コウナッタラ……【デターミネーショントゥーダイ】!!」
畳みかける攻撃により、奴のHPは風前の灯となる。だが、ここに来て奴が最後の切り札らしき能力を発動する。その動きはアクティブオーディエンスを使った時の比ではなく、下手をすればゴブリンクイーンよりも速い。
そんな動きをする奴の攻撃を防ぐ術はなく、まともに直撃を受けてしまい、壁まで吹き飛ばされる。何とかHPは残っているが、回復の暇を与えることを許さないとばかりにゴブリンエンペラーが迫って来る。
俺がポーションを使う暇もなく、ゴブリンエンペラーの振り上げた大剣が無慈悲にも俺に振り下ろされた……かに見えた。
「グ八ッ、キ、キサマァー」
「クエー」
ゴブリンエンペラーの大剣が俺に直撃する直前、奴の背後から強烈な一撃を見舞った存在がいた。クーコだった。元々モンスターということと、俺が就けた職業【蹴術士】という効果が相まって、その一撃は残りのボスの体力を削り切るほどまで高まっていた。
その結果、俺に攻撃が当たる直前にボスのHPは完全にゼロとなり、俺が死ぬよりもボスが死ぬという結果をもたらしたのである。
そして、長いようで案外短かった戦いは幕を閉じ、ウインドウにあるメッセージが表示された。
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