第127話



「あんたは?」



 声を掛けてきたのは、見知らぬ男性プレイヤーだった。自信に満ちた態度は歴戦の風格を漂わせていたが、彼のお仲間の突っ込みによってそのイメージは露と消える。



「なに晒しとんじゃボケェ!」


「ぐふっ」


「申し訳ないでござる。申し訳ないでござる。うちの愚か者が、申し訳ないでござる!」



 そこに現れたのは英国紳士風の衣装に身を包んだ男と、黒装束を身に纏った忍者風の男だ。雰囲気的には、三人組のお笑いトリオの匂いがしなくもないが、とにかく話を聞いてみることにする。



「なんなんだ? あんたらは」


「よくぞ聞いてくれた。俺たちは泣く子も黙る愉快な三人衆だ」


「いいから、お前は黙ってろニコルソン!!」


「申し訳ないでござる。申し訳ないでござる。この死にたがりが、申し訳ないでござる!!」


「……」



 最初に声を掛けてきた男を全力でもう一人が止め、忍者の男がひたすらに俺に頭を下げてぺこぺこと謝る姿は、どこかカオス染みた異様な光景だ。そんな中、周囲から聞こえてきた声が耳に入ってきたことで、事態が一変する。



「おい、あの三人組って……」


「ああ、掲示板の……」


「確か、デスペナ野郎だろ?」


「それは一人だけで、残りの二人はそこそこな実力者って話じゃ……」



 デスペナという何か不穏な言葉が聞こえた気がするが、どうやら掲示板では有名なプレイヤーらしく、彼らにちらちらと視線を向けているプレイヤーも少なくない。



 このタイミングで声を掛けてきたということは、さぞかし重要なことなのだろうと思ったが、ニコルソンと呼ばれていた男の次の台詞で頭の中に?マークが浮かぶことになる。



「話は聞かせてもらった。この場は俺たちに任せて君は先へ進んでくれ。さあ逝こう、いざ死に戻りの極地へと!」


「やめろぉー、さっきも死に戻ってきたばっかじゃねぇか! これ以上、死に戻りに身を委ねるな!!」


「申し訳ないでござる。申し訳ないでござる。後できつく言い聞かせておくので、許してほしいでござる!!」


「……」



 状況がまったく理解しがたいものの、辛うじて理解できたのはこの場の仕切りを彼らが請け負ってくれるという意思は感じ取れた。俺としても、この場をルインとアキラだけに任せるのはどうにも不安が残るので、その役割を分散するという意味でも、彼らの申し出は正直有難い。というか、アキラはハヤトのところへ行かなくてもいいのだろうか?



 俺自身が他のプレイヤーを指揮して戦うということに向いていないし、すぐに単独行動を取る人間などリーダーには向いていないだろう。元々、ソロプレイヤーだしな。



「じゃあ、悪いがルインとアキラと一緒にこの場を任せていいか?」


「……ジューゴ、ボクも一緒に――」


「ご主人様、私もあなたと共に――」


「おう任せろ! 立派に務めを果たして見せるぜ!!」



 俺の言葉に反論しようとする二人を遮って、男が返答する。自分たちの言葉を遮られた二人が彼に対してジト目を向けているが、本人はどこ吹く風のようだ。



「俺はニコルソン。誇り高き死に戻りを愛する男だ」


「ああ、俺はジューゴ・フォレストだ。そっちの二人は?」


「俺は、ほろ酔い伯爵だ」


「お初にお目に掛かるでござる。拙者、ハッタリ半蔵という忍びでござる」



 簡単な自己紹介を済ませ、あらためて今の状況も合わせて説明して彼らに問い掛ける。



「本当にこの場を任せても大丈夫なんだな?」


「大丈夫だ。問題ない」


「……」



 何故だか、すごく不安に駆られる返しをしてくるニコルソン。周囲も同じ意見なのか、彼に対し訝し気な視線を向けるプレイヤーが続出する。



 とにかく、今はこの状況をどうにかすることを先決に動かなければならない時だ。誰かがそれを行わなければならない以上、どうしたって戦力の分散は必然となってくる。



 この状況を一変させる何かきっかけを見つけることを考えれば、当然ある程度の強さと機動力が重要だ。クーコに乗って移動のできる俺以上に行動できるプレイヤーはおらず、実力的にもトッププレイヤーと言われている俺が適任だろう。



 本当にどうしてこうなったんだろうな。俺はただ、まったりのんびりとゲームを楽しみたいだけだったのに……。



「クーコ、悪いがお前の力を借りるぞ」


「クエッ。クエクエクエー」



 今まで傍に控えていたクーコにそう言うと、「任せろ。滾ってきたぁー」とばかりのリアクションを取る。今はとにかくこの状況をどうにか次に動かすことを優先とし、俺はクーコに跨る。



「じゃあ、あとは任せたぞ」


「ジューゴ!」


「ご主人様!」


「悪い、見ての通りこいつは一人乗りなんだ」



 俺が言い終わる前に、すでにクーコが走り出しており、二人の声がどんどんと遠ざかっていく、ゴブリンの大群がひしめき合っているものの蟻の子一匹這い出る隙間がないのかと言われれば、そうとも言えない。



 ゴブリンたちの陣形は、指揮系統がしっかりと取れていないのか、それともそういうプログラミングがなされているのかのどちらかはわからないが、一定の集団で行動している。それは統率されているとはとても言い難く、ただ味方同士で固まっているだけといった様子で、陣形とは思えないとてもお粗末なものだ。



 そんな中、騎乗している俺がゴブリンたちの合間を縫って行くことは比較的難しくはなく、必要最低限のゴブリンたちをなぎ倒しながら、確実にベロナ大空洞へと近づいていく。



 そして、三手に分かれたハヤトとレイラはといえば、遠目からだが他のプレイヤーたちと協力してジャイアントパワーゴブリンや取り巻きのゴブリンたちと戦っているようだが、俺の時と同じくあまり有効なダメージを与えられてはいない様子だ。



「ハヤト」


「うおっ!? な、なんでお前がここにいるんだよ? あのデカブツの相手はどうした!?」


「それなんだが、お前も薄々感じてるんじゃないか? あのデカいのにダメージが全く通っていないことに。おそらくは、何らかのギミックを攻略しないとダメージを与えられない仕様になっていると俺は予想した。そして、この場所で一番怪しいのがあの大空洞であることは明白」


「……単独で大空洞に向かう気か!? 無茶過ぎんだろ!!」



 俺はハヤトが戦っているフィールドへと足早に移動し、彼に今の状況とこれからの俺の行動も伝えた。すると、最初は驚いていた様子だったが、俺の言うことにも一理あると感じたのか、次の瞬間には冷静にある提案をする。



「事情はわかった。俺も、隙を見てレイラと一緒に大空洞を目指すから、ジューゴはこのことを彼女にも伝えてくれ」


「わかった」



 本来ならば、足並みを揃えて行動するところだが、俺がクーコに騎乗している以上はどうしたって足並みが揃わない。そのことを察しているからこそ、俺と共に大空洞を目指すということを提案しなかったのだろう。



 お互いにこのあとの行動を確認し合うと、ハヤトと別れすぐにレイラの元へと移動する。先ほどと同じく「なんでアンタがここにいるのよ!?」というリアクションをいただいたが、事情を説明すると、これまたハヤト同じ結論に至ったようで、彼女もハヤトと合流したのちに大空洞へと向かうことになった。



「さて、鬼が出るか蛇が出るか。いっちょ、行ってみますかね」


「クエッ」



 各々に情報を共有が完了した俺は、そのまま大空洞へと進撃を開始した。

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