第126話



「おらおらおらおらおらおらおらおらおらぁー!」


「グオオオオオオオ」



 迫りくる巨体に怯むことなく、俺はジャイアントパワーゴブリンを殴って殴って殴って殴りまくる。まさに公開処刑だ。



 だが、それでもHPにそれほど変化はなく、ダメージ量も微々たるものでしかなかった。さすがはイベントボスである。



 それでも精神的な負荷はあったようで、俺の攻撃に苛立ちを覚えたジャイアントパワーゴブリンがこちらに向かって拳を振り上げ、まるで飛び回る蠅を叩き落とすかのように振り下ろしてきた。



 しかし、ジャイアントパワーゴブリン自体の動きは鈍重で、はっきり言ってノロマである。奴の攻撃自体は、直撃を食らえば大ダメージは避けられないところだが、当たらなければ問題ないというのが正直なところであるため、攻撃の範囲に注意すればいい。まさに、“当たらなければどうということはない”である。



 だが、それはあくまでも奴単体を相手にした場合という注釈が付いてしまう。現状、ジャイアントパワーゴブリンだけでなく、他のゴブリンたちもいるため、奴だけに意識を向けて戦える状況ではない。



「ジュ、ジューゴさん、大変です! このゴブリンたち、さっきから数が減っていません」


「なに?」



 俺の近くにいたプレイヤーたちからもたらされた情報によれば、上位種のゴブリンはともかくとして、下位種のゴブリンたちの数は減っていない様子だ。どうやら、無限湧きらしくどこからともなく倒した分だけ新たなゴブリンたちが湧いて出る仕様になっているようだ。



 一体どこから湧いているのか、その大本を探ってみると、すぐにそれは見つかった。というよりも、少し頭を巡らせれればその答えに辿り着くことは容易だった。



 今回の戦場の舞台となる【ベロナ大空洞】……その名称の通り、それはまるで巨大なモンスターが口を開いているかのような入り口を持った洞窟型のダンジョンだ。



 その大空洞内で異常繁殖したゴブリンたちが、今回のイベントに登場しているモンスターであり、現在俺たちが戦っている相手でもある。



 となってくれば、今大空洞の外に溢れ出ている十万を超えるゴブリンたちは氷山の一角に過ぎず、まだ大空洞の中には途方もない数のゴブリンたちがひしめき合っている可能性は十分に考えられる。



 それほどの数になるまで気付かなかったのかとか、もっと早くに対策を立てられなかったのかという突っ込みが飛んできそうだが、これはあくまでもイベントであるため、最初からそういう設定として決められていたことだと割り切る他ない。文句はそんなイベントを開きやがった運営にでも言ってくれ。



「まあ、たかが十数万程度のゴブリンではすぐに倒しきってしまうだろうからな。無限に湧いて出てきてくれるのは有難い」


『いやいや、それアンタだけだから』



 どこからともなく、そんな雰囲気を乗せた視線が突き刺さってくるのを感じつつも、雑魚ゴブリンの相手をしつつ現状を考える。今の状況をなんとかできる可能性としては、三つほど思い浮かぶ。それは以下の三つだ。




 ・三体のジャイアントパワーゴブリンを倒す。



 ・イベント会場のどこかに隠されているギミック要素を攻略し、何らかのイベントを発生させる。



 ・力技ですべてのゴブリンを全滅させる。




 ジャイアントパワーゴブリンのダメージ量から見て、何かしらの条件を満たさなければダメージが通らない仕様になっていると予想できる。自惚れるわけではないが、これでもトッププレイヤーと呼ばれているプレイヤーの一人である以上、その攻撃を受けてまともなダメージを与えられないというのは、攻撃以外の何か別の方法を取れという運営の意図であることは想像に難くない。



 では、何かしらのギミックが隠されていたとして、周囲は何もない草原が広がっており、特に目立った建物や特殊なオブジェクトなども存在していないため、現時点でギミック要素がある可能性は低い。



 次点として特殊なモンスターをギミックとし、そのモンスターを倒すことでギミックを攻略したという判定になる可能性も考えられるが、周囲を見渡してみるが、該当するモンスターはジャイアントパワーゴブリンを除けば皆無である。



「ハヤトたちに潰すとは言ったが、状況的には条件を満たしていないため討伐不可になっている可能性が出てきたな」



 RPGには、負けイベントと呼ばれるものがあり、操作しているキャラクターよりも能力が遥かに高く、勝つことが困難な敵が出現する場合がある。開発側の意図としては、“今はまだ倒せません”ということをプレイヤー側に伝える手段として用いられるものであり、その負けイベントを消化することで、次のイベントに移行するためのフラグを立てるという定番となっている。



 今回の場合も、現時点においてジャイアントパワーゴブリンを倒すためのイベントを消化していないか、ジャイアントパワーゴブリン自体討伐不可能な特殊モンスターとして存在しているという場合も考えられる。



「……ジューゴどうするの?」


「ご主人様」


「お前らか」



 そうこうしているうちに、先ほど別れたルインとアキラが戻ってきていたようで、俺の両側に張り付いてくる。何やら、二人の間で火花が散っているようだが、今はそんなことをしている場合ではないため、二人に指示を出そうと話し掛ける。



「おい、二人とも」


「「……」」


「おい、聞いているのか?」


「「……」」



 俺の言葉を無視していがみ合う二人に、内心呆れと同時に苛立ちが募る。ほうほう、この俺を無視するとは……いい度胸をしているじゃあないか? いいだろう、口で言ってわからないのなら、その体にわからせるまでだ。



「俺の、俺の、話を聞けぇー!!」


「んごっ」


「へぎゃっ」



 俺は二人の頭にチョップを叩き落とす。本当なら顔面にパンチをお見舞いするところだが、さすがに今は戦闘中であるため自重した。突然襲った衝撃に、女の子らしからぬ声を上げる。それはまるでゴブリンの断末魔のようだったが、空気の読める俺はそのことについて言及はしなかった。



「……むぅ、痛い」


「いきなり何をするのよ!?」


「人の話を聞かない方が悪い。そんなことよりもだ……」



 頭を押さえながら涙目で抗議する二人。だが、今はそんなことはどうでもいい。本当にどうでもいいのだ。



 今俺が考えている予想を話し、この状況をどうにかできる可能性について話し合う。



「俺は、あの大空洞が怪しいと考えているが、二人はどう思う?」


「私もそう思うわ。あれだけプレイヤーの集中砲火しているのにほとんどダメージを受けていないもの。ご主人様の攻撃も通らなかったことを考えれば、直接攻撃以外の方法があると思うのが妥当だわ」


「ボクもそう思う」



 先ほどまで喧嘩をしていた二人の意見が一致するあたり、どうやら俺の予想は当たっている可能性が高い。ゴブリンの出現する大本の場所である大空洞に何かある。であるならば、やることは一つ……大空洞に突入することだ。



「二人とも、この場の維持を頼めるか」


「……ジューゴはどうするの?」


「俺はちょっくら洞窟探検と洒落込むつもりだ」



 俺は、突き立てた親指で大空洞の入り口を指し示してやる。だが、その提案に不服だったのか、二人とも待ったを掛ける。



「……ボクも行く」


「私もよ。いくらご主人様とはいえ、一人じゃ危険過ぎるわ」


「だが、ここの戦線維持は誰がするんだ?」


「それは俺たちに任せてもらおう!」



 俺の問いに、待ってましたとばかりに一人のプレイヤーが声を掛けてきた。

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