第122話



「あいつめ、一人で先走って!」



 彼の突然の行動に、あたしは顔を歪めながら悪態を吐く。



 彼というのは他でもないあのジューゴ・フォレストという男だ。



 ゴブリン軍との戦いが始まって十数分が経過し、戦況はいよいよ本隊同士のぶつかり合いに入ろうかというその時、突如として二足歩行のダチョウのような鳥型のモンスターが現れたかと思えば、それに乗って突っ走って行ってしまった。



 今回の戦いの総大将を彼が務めると聞いた時、あたしが真っ先にやると決めたことがある。それは……レベル上げであった。



 すべてはあいつを見返してあたしの凄さを分からせるためだ。

 ……決して、あいつに褒められたいとかそういうんじゃないからな!



「ジューゴ君はなぜこのタイミングで前進したんだろうね」


「きっと何か考えがあるんだよ」


「そうかな? 僕にはただ勢いで突っ込んでった気がするんだけど」



 考えることに意識を持っていかれていたようで、見知った顔の面々がそれぞれ思い思いの感想を口にする。ちなみに口にした順番はカエデ、ミーコ、ユウの順だ。



 その感想を受け、あたしはユウの意見に賛同する。

 あいつは何も考えず、ただただ突っ込んで行ったに違いない。



 そもそも、あたしのことを“おっぱいオバケ”と呼称するような奴が、周りの状況を把握して行動することなど断じてあり得ないのだ。行き当たりばったりの楽観的なスカポンタンなんだ。



 そんな取り留めのないようなことを考えている間も、ゴブリンの軍勢は確実にこちらに向けて進軍の速度を緩めることはない。目の前に広がる緑色一色に染まった光景に現実味が感じられない感覚に襲われるが、自分の息遣いや周囲の雑音が今の状況が現実だと自覚させられる。



 仮想現実のゲームの世界だと頭では理解しているものの、今更ながらこのFAOというゲームの精巧さに感心させられる。



 そんなことを考えていたその時、近くにいたプレイヤーが大声で叫んだ。



「右翼左翼はそのまま進軍! 残りの中央は、ジューゴ・フォレストに続けぇええええ!!」



 叫んだ声の主であるその人は、最前線攻略組である【ウロヴォロス】のリーダーのハヤトという人物だ。



 いろいろな場所でよく耳にするそのプレイヤーは、なんでもあらゆるMMORPGにおいて数々の伝説を打ち立てたことのある有名プレイヤーらしい。



 女の子であれば誰もがときめいてしまいそうな金髪碧眼の超イケメンなのだが、あたしはそれほど好きではない。



 どちらかと言えば子供っぽくていたずら好きの生意気な性格をしているの方が……え? 「あいつのことだろ?」だって? そ、そんなわけないじゃないか!



「アカネ、ジューゴ君のことで頭がいっぱいなのはわかるが、そろそろゴブリンが迫ってくるから戻ってきてくれ」


「ちょ、ちょっと、何言っちゃってくれちゃってるのかなこのお堅い武人さんは!?」


「あれだけ鼻の下を伸ばした顔をしていたら、誰だって気付きますよ」


「やーいやーい、アカネちゃんのスケベ!」


「お、お前ら! いい加減にしろぉおおおおおおお!!」



 カエデの指摘に誤魔化すように反論するも、彼女の言葉に賛同するミーコとユウに思わず叫び声を上げる。



 ……決して、そんなんじゃないと言いたいところだが、彼女たちの言葉を完全否定できないのが悔しいところではある。



 この戦いで活躍して、あいつに認めさせてやるんだ! 「よく頑張ったな」って褒めてもら――。



「「「いい加減に戻ってこい、このおっぱいオバケ!!」」」



 おっぱいオバケ言うなぁああああああああ!!








 ご主人様が私にこの小娘を押し付けて離れていった瞬間からお互いに敵意を剥き出しにする。



 今の私たちを他の人間が見れば、まるで虎と龍が戦っている幻が見えるほどの気迫を纏っていることだろう。



「ねぇ、あなた」


「……なんだ」



 お互いに敵意を剥き出しにしているが、このような状況でいつまでも睨み合っていては埒が明かないので、私の方から仕掛けることにした。



「ご主人様に頼まれたから守ってあげるけど、精々足手まといにならないようにしてちょうだい」


「……それはこっちのセリフ。その大きな脂肪の塊で動けなくならないうちに仲間の所に帰れ」


「な、なんですって……ゴブリンの前にあなたが死にたいようね」


「……体中がぶよぶよしててうっとおしい。少し動かないで」



 お互いの敵意が徐々に強みを増し、敵意から殺気へと変化していく。女としての本能が雄弁に物語っているのだ。“こいつは敵だ”と……。



「【ファイヤーボール】!」


「【双牙斬】!」



 杖の先から放った魔法をスキルを使って相殺されてしまう。内心で舌打ちをしつつ更なる追撃を加えようとするも、相手の膂力が凄まじく懐に入られてしまう。



「ち、ちょこまかと」


「……遅い」



 懐からの双剣による攻撃を持っていた杖で辛うじて弾くが、完全に防ぐこと敵わず少なくないダメージを負ってしまう。



 即座に回復魔法で治癒するも、相手の追撃は止まることなく刃が迫ってくる。



「【ラピットエレクトロニカ】!!」


「っ!?」



 私の脇腹に小娘の短剣が刺さろうとした刹那、私は自分の持つ最速の魔法を唱える。



 ラピットエレクトロニカは、発動速度の速さもさることながら相手に着弾するまでの攻撃速度も速く、どちらかと言えば牽制向きな魔法だ。



 しかしながら、発動速度・攻撃速度共に現在判明しているFAO内の魔法の中でもトップクラスの速度を持つと言われている魔法なのだ。



 それを証明するかのように私が放ったラピットエレクトロニカは小娘の頬を掠め、そこから血が滴り落ちていた。身軽さが功を奏したらしく、直撃を避けることには成功していたがこちら側に相手の動きを止めることができる魔法があるという事実を知らしめることに成功した。



「……」


「……」



 先ほどと打って変わって、お互い相手の出方を窺うような膠着状態へと移行する。このまま相手が隙を見せるまで続くかと思われたが、突如としてそれが中断される事態が発生する。



「ギャギャギャ」


「グゲゲゲゲ」



 とうとう、ゴブリン軍の本隊が接近しその中でも上位種であろうと見受けられるゴブリンが、私と小娘の周囲を取り囲んだ。指揮官と思しき二体のゴブリンの体は百七十センチ後半もあり他のゴブリンとは一線を画しているのは明らかだ。



(エルダーゴブリンアーチャーにエルダーゴブリンウォーリアーねぇ……)



 敵の情報から二体のゴブリンの名が判明するも、状況はあまりいいものではない。



 通常のゴブリンとは明らかに異なるゴブリンたちを従える指揮官クラスのゴブリンが二体いるのだ。こんな状況でキャットファイトをしている場合ではないということは小娘も理解しているはずだ。



「どうやら、遊んでいる状況じゃないようね。ねぇ、あなた。ちょっと休戦して二人であいつらを倒さない?」


「……仕方ない、一時休戦」



 やはり小娘もこの状況はマズいと考えていたようで、あっさりと私の提案に乗ってきた。



 ……さあ、ここから害虫駆除の時間ね……。

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