第121話



「ギャッ」



 ルインの持つ短剣によって斬られ、ゴブリンが地面に倒れる。その断末魔の叫びを置き去りにして、次々と彼女はゴブリンたちを攻撃していく。



 もちろん俺も同じ状況下にいるため彼女の戦いぶりを凝視しているわけではなく、ゴブリンたちを切り伏せていく。



 ルインの使用する武器は、二つの短剣を巧みに使い素早さで翻弄する戦い方で小柄で身のこなしの軽い彼女の体型とマッチしていた。……胸は小柄じゃねぇけどな。



 彼女の種族は言わずと知れたあのダークエルフであり、肉体的な特徴として俊敏性に特化している。通常の森に住む白いエルフとは異なり、魔法に対する親和性は劣るものの彼女たちが住処としている荒野や渓谷などには脅威となるモンスターが数多く生息している。



 それ故、自ずとモンスターとの戦闘を経験することは少なくなく、特殊な訓練など何もしなくても戦闘向きな引き締まった体つきの者が多い。加えて、戦闘で討伐したモンスターは彼女たちの食料となるため、木の実やキノコを主食としている森に住む白いエルフとは異なり肉付きも良くなっている。



 尤も、モンスターの肉が戦闘で使用する筋肉とは違う部分に反映されている気がしなくもないが、エルフ特有のしなやかな俊敏性とモンスターの肉を糧として得たがっしりとした肉体は、まさに博物館に展示してあるブロンズ像のような芸術作品を思わせる。



「はっ!」



 ルインのダークエルフとしての戦闘能力と体つきに対する考察を頭の中で思案していると、彼女の周辺にいた最後のゴブリンアーチャーを気合の声と共に切り伏せるところだった。



 短剣についた血を振り払うと、忍者のような動きでこっちに走り寄ってきた。そして、いつもの感情の籠っていない表情をこちらに向けてきた。



「……ジューゴ、周りのゴブリンやっつけた」


「それがどうかしたのか」


「……褒めて」


「は?」



 どうやら一仕事したから俺にお褒めのお言葉を頂戴したいらしく、両手に握った短剣を可愛らしく胸の前に持ってくると目をキラキラと輝かせてきやがった……。



 俺としては、褒める以前にこんなところまで付いてきてゴブリンと戦っていることに説教の一つでもくれてやりたいところだが、その時期はとうに過ぎ去ってしまっているため最早何を言っても無駄なのは理解している。



 だからといって、ここで労いの言葉を掛ければ調子に乗って自分の命も顧みず俺のために役に立とうとすることは明らかだ。……そうだな、ここは一つあの手で行くか。



 俺はフレンドリストからとあるプレイヤーに向けてメッセージを飛ばした。近寄ってくるゴブリンを相手にしつつ呼び出したプレイヤーが来るのを待っていると、突如として俺の後方にいるゴブリンウォーリアーの群れが爆発で吹き飛ばされた。



「ご主人様、お待たせしました」


「誰がお前の主人だ、誰が!」



 そこにいたのは、最前線攻略組パーティー【ウロヴォロス】のメンバーであるアキラだった。妖艶という言葉をその体で表現しているかの如き彼女の持つ圧倒的な色気は、常に男たちの視線を釘付けにする。



 尤も、他の男とは違って俺は彼女と接する機会が多かったため今の彼女の姿を見たところで何も感じない。もちろん彼女に魅力が無いわけではないのだが、俺の中にある男としての意地が囁いてくるのだ。“こいつを異性と認識するのは、なんだか負けた気がする”と……。



 とにかく、こちらから呼びつけておいて何もなしでは彼女に悪いので早速用向きを伝えることにした。



「悪いんだが、ルインを守ってやってくれないか?」


「私が? この子を?」


「こいつはNPCだからな、ここで死んだら二度は生き返れない」



 この事実は全てのNPCに言えることだ。基本的にプレイヤーでないキャラクターであるNPCは、一度死んでしまえばプレイヤーのように死に戻ることはない。



 だからこそ、再三に渡り彼女にこの戦いに参加するなと説得を試みてきたわけだが、ご覧の通り失敗に終わっている。であれば、次の一手として死なないように誰かに守ってもらうという選択を取るのが定石だろう。その役を彼女……アキラに任せたいのだ。



「じゃあ、報酬として……」


「金か?」


「この戦いが終わったら私とデートしてくれるならいいわよ」


「えぇー」


「なによその嫌そうな態度は!?」



 いや、実際嫌なんですけど……。

 おそらくだが、客観的に見れば彼女の申し出は他の男からすればご褒美以外のなにものでもないのだろう。美人でスタイルも良くおっぱいもデカイという好条件が揃っている。



 だがしかし、俺にとって彼女は“変な奴”でしかないのだ。確かに美人だ。スタイルもいい。パイパイもデカイ。しかし、変人なのだ。



 どんなに見た目が魅力的でも、その見た目の良さというのは中身が伴っているからこその良さである。彼女の場合なまじ見た目が良過ぎるがために中身のヘンテコさが際立ってしまっている。



 いろいろと彼女の奇行について語り始めようと思っていたその時、ルインが俺の提案に異を唱えた。



「……ジューゴ、ボクとデートして」


「はぁ? 何言ってんだよ」


「……このデカチチ女を守るから、その報酬としてボクとデートして」


「あらあら、小生意気な小娘が誰を守るですって?」



 ルインの一言をきっかけに両者が睨み合う。その視線にはなんだかよくわからん殺気が込められており、近くにいたゴブリンたちがその殺気にあてられて軽いパニックを起こしていた。



 そんな周りの状況などお構いなしとばかりにルインとアキラの睨み合いは続く。そして、ここから壮絶なる言い合いが幕を開けた。



「そもそも、NPCであるあなたとお主人様とでは釣り合わないの、諦めて帰りなさい」


「……ジューゴとボクはもうすでに夫婦。おっぱいだって両方揉んでもらった」


「な、なんですって!? しかも、両方!?」


(いや、突っ込むとこそこかよ……)



 それからアキラが若干暴走し「私の胸も揉んで」と懇願してきたところを頭にチョップを落とすことで現実世界へと引き戻した。……仮想現実なのに現実に引き戻すとはこれ如何に。



 とにかく、ゴブリンの本隊も迫っているので無理矢理ルインをアキラに押し付ける形で俺はその場から逃げ去った。後ろからアキラの「せめて片方でいいからー!!」という叫び声は聞かなかったことにする。

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