第十三章 大災害の始まり、ゴブリン軍との戦い!

第117話



 ――ベロナ大空洞。



 ディアバルド王国の王都から西に数十キロ先に存在する巨大洞窟、それがかのベロナ大空洞である。全長十数キロにも及ぶと言われている道程には、数多多くのモンスターが跳梁跋扈し我が物顔で洞窟内を徘徊している。



 しかしながら、ここ数か月間とある魔物の増殖により洞窟内の生態系が激変し、今やベロナ大空洞の内部はかつての面影はまったくといっていいほどなくなっていた。



 ベロナ大空洞最深部には広大な広間があり、その名も【常闇の間】と呼ばれている。……というよりもマップに表示されている。



「いつものことだと言えばそうなのかもしれんが……どうしてこうなった?」



 俺のぼやきとも愚痴とも言える呟きに答えるものは誰一人としていない。理由は至ってシンプル、今この場に俺しかいないからだ。



「ギィ、ギギィー」


「ギギャギャギャギャギャー」



 俺の呟きに唯一反応する者がこの場にいるとすれば、現在進行形で俺を取り囲んでいる緑色の肌をした奴らだけだろう。その数、推定三千匹は下らないほどの大群ではあるものの、今の俺にとっては何ら障害とはなり得ない。



 緑色のモンスターの正体、それは言わずもがな【ゴブリン】である。



 ファンタジーというジャンルにおいて五本の指に入るほどの有名モンスターであり、同じく五本の指に入るほど最弱に位置する低級モンスターでもある。RPGや異世界物の小説においてゴブリンという存在は欠かせないものであり、場合によってはゴブリンを主題としているものさえある。



「やれやれ、時間の無駄だから大人しく俺と勝負しろ」



 そう言いながら、俺は抜き身の剣の先をとあるゴブリンに向ける。俺の敵意丸出しの視線に歯牙にもかけずといった様子で、岩をくり抜かれて作られた玉座のような場所で、頬杖をつくその顔が醜悪な笑みで歪む。



「ワレヲタオスタメニ、ココマデキタコトハホメテヤル。ダガ、タカガハムシイッピキゴトキニナニガデキル」



 獣染みたうなり声のような低い声が大空洞内に響き渡る。その言葉の節々に自分に挑まんとする者に対する侮蔑の感情が入り混じっていた。



 ゴブリンエンペラー……全てのゴブリンを従えていると言われている伝説の魔物であり、全てのゴブリンの頂点に立つゴブリンの王だ。



「その羽虫にお前は今から倒されるのだ。そのためにわざわざこんな陰気な所まで来てやったんだ。感謝しろ」



 相手が不遜な態度で来るのならば、こちらもそれ相応の態度を取るまでだ。……ってか、ホントにここまで来るの大変だったんだからな!?



「ガガガガガガ、ワイショウナルニンゲンメ、ワレニタイシフソンナコトバヲハイタコト、ソノイノチヲモッテツグナウガイイ」



 そう俺に切り返したゴブリンエンペラーは、玉座から立ち上がると常闇の間中央に陣取る俺の下へと歩み寄る。圧倒的強者の貫録と威圧を振りまきながら一歩一歩大地を踏みしめるその様子は、まさに皇帝という名にふさわしい。王に対する忠誠故かはたまた恐れ故かそのどちらなのかは定かではないが、俺を取り囲む配下のゴブリンたちがゴブリンエンペラーの動きに合わせて道が形成されていく。



「さて、始めようか。ゴブリンの王よ」


「ヨカロウ、カカッテクルガイイ」



 一度体の力を抜き息を一つ吐き出した俺は、大地を蹴り瞬く間にゴブリンエンペラーとの距離を詰める。そして、そのまま奴の懐に飛び込み横薙ぎに放った斬撃を奴が持つ歪な形をした大剣で防いだことがきっかけとなり、俺と奴との戦いの火蓋が切って落とされた。



 なぜこのような状況になったのかというのを説明するには、今から数時間前まで時を遡らねばならないだろう。だが、説明する前に今一度この言葉を言わせてほしい……。



 ――どうしてこうなった?








 というわけで、時はゴブリンエンペラーと戦う数時間前までに遡る。



 おっと、もしかしたら俺が何者なのかわかっていない連中もいるかもしれないから改めて自己紹介しておこう。どうも、ジューゴ・フォレストの中の人こと森山十護だ。



 現在の状況は【フリーダムアドベンチャー・オンライン】通称FAOにてログインの真っ最中なんだが、俺の目の前には異様な光景が広がっていた。



「……しかし、よくもまあこれだけ増えたもんだな」



 誰に呟くわけでもなくただ独りごちる。今自身の目に飛び込んでくるものを現実のものと理解するのに脳が全力で処理を行っているのが感覚的にわかる。それほどまでに、それは現実離れした光景だった。



 緑の波と言うべきか、はたまたうねりと言うべきか、それほど言葉のボキャブラリーに自信があるわけではないのでそこは割愛するが、とにかく膨大な数の緑の何かが平原を埋め尽くしていた。



 遠目からぱっと見た程度では、それが一体なんなのかはわからないが、よくよく目を凝らして見てみればその正体はおのずと看破できる。



 ゴブリン、ファンタジーというジャンルの物語に登場するモンスターで、スライムなどの低級に分類される最弱といっても過言ではない超有名モンスターのうちの一匹だ。



 奴ら一匹当たりの能力は、最弱のレッテルが貼られているが故に大したことはない。だがしかし、圧倒的な繁殖力と徒党を組んだときの能力は一流の力を持っているプレイヤーですら、手に余るほど厄介且つ極悪なものへと姿を変える。



 それだけではなく、ある一定数まで数が増えるとその群れを統率する指揮官的役割を持った個体が生まれ、その総数が増大すればするほど指揮する個体の数も質も自ずと増えていく。



 そして、現在ゴブリンの王がいると思しき【ベロナ大空洞】から生まれ出でたゴブリンの総数は17万にまで膨れ上がっている。この数はこちらが予想した総数の約二倍に相当する。ゴブリンの繁殖力がまさかここまでとは誰も予想することなどできなかったのである。



「いよいよゴブリン狩りが始まるな」


「この二週間の修行の成果を見せるときね」



 そんな風に声を掛けてきたのは、FAO内でも屈指の実力を持つと評されるハヤトとレイラだった。

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