第118話



 ハヤトとレイラに対し、俺は「ああ、そうだな」と言葉短く返答する。



 今回のゴブリン軍との戦いのために、自身のレベル上げの他冒険者ギルドに緊急クエストを発注してもらうなどの各種手続きなど様々なことをやってきた。



 そして、来たる大災害に向け着々と準備を進めようやく形となったのだ。



 ここまで俺や他のトッププレイヤーたちが、ゴブリン軍との戦いにこれほどまで力を注いできた要因の一つに、このイベント自体FAOを管理する運営主体のものではないということに起因している。



 FAO内において、かなり大々的なものとして噂されているゴブリン軍の情報だが、運営の公式サイトではその情報は一切掲載されていない。



 これの意味するところは、このイベントが運営があらかじめ用意していたものではないということになる。つまりは、仮想現実という世界の流れの中においてゴブリンが大量発生し、その対処にプレイヤーなりNPCなりが自発的に動いた結果が今回のゴブリン軍対プレイヤーである冒険者という構図を作り出していた。



 それに加え、プレイヤーから直接運営に問い合わせた内容が「今回の件に関して、こちらが感知しているものではないため、今回の一件に関しての疑問にお答えすることができません」という回答が返ってきたことも、今回のゴブリン軍のイベントが運営主体のものではないという憶測を確信に至らしめることとなった。



 ……とまあ、そういった裏の事情というかそういったことがあったわけだが。



「ぐぬぬぬ……ええい、暑苦しいわ! 離れろ!!」



 ついに耐え切れなくなった俺は、先ほどまで俺の両腕にしがみ付いていた人物……否、物体を振り払う。振り払った直後、非難の視線を向けるため振り返るとそこには二人の女がいた。



 一人は艶やかな褐色の肌に尖った耳を持つダークエルフの少女であるルイン、そしてもう一人はとんがり帽子と妖艶な肢体をこれでもかと見せつけるようなドレスローブを身に着けた妙齢の女性アキラだ。



 一人は感情の籠っていない無機質な表情でありながらも不満気な視線を、もう一人は感情を読み取らせないような穏やかな微笑みをその顔に張り付けていた。



「……ジューゴ、つれない。妻はもっと大事にすべき」


「この子はともかく、主従の関係を結んだ私まで邪険にすることないじゃない」


「お前と妻になった覚えもなければ、Kカップと主従関係を結んだ覚えも、ないっ」



 二人の謂れのない主張を頭にチョップを落とすことで切って捨てる。腕に残った彼女たちの柔らかな膨らみの感触が無くなるのは、他の男からすれば残念なのだろうがこのゲームにそういった要素を求めていない俺にとってはどうでもいいことだ。



 それよりも、少し離れた場所から妙な視線を感じた俺はそちらに目を向けてみる。そこにいたのは、引きつった笑顔を貼り付けたアカネと負のオーラを身に纏いながらも爽やかな微笑みを浮かべたカエデの二人がいて、こちらに何かを訴えかけるような視線を向けていた。その様子を苦笑いを浮かべながらこちらに手を振るユウの姿が印象的だった。



 ……まったく、どうしてこんなに俺のところに雌が寄ってくるのだろうか? 現実世界の俺と姿形は変わらないはずのアバターなのに……。



「おい、いちゃつくのも結構だが、クエスト開始まで五分を切ってるんだ。そろそろ、総大将からプレイヤーたちにこう何か景気付けに一言言ってやってくれないか」


「……ってまさかホントに俺が総大将なのかよ」


「あら、いいわね。一発景気のいいのを頼むわよ」



 ゴブリンとの戦いが始まるに際し、一つ重要な議題が持ち上がった。それは今回のプレイヤー側の総大将を誰にするかということだった。そういったシステム的なものではなく、どちらかと言えば形式的な要素が強い意味でのものだったがほぼほぼ満場一致で俺が抜擢された。その理由を聞いてみたところ、全員が口を揃えてこう言うのだ“んなもん、おめぇしかいねぇだろ”と……誠に以って遺憾である。



 明らかな悪ノリであることはわかっていたが、今の状況を客観的に分析してみても俺が適任だと自分自身でも自覚していたため、反論の言葉を飲み込み総大将をやることになった。そして、この土壇場でプレイヤーたちの士気を上げるようなことを言えという無茶ぶりをレイラとハヤトの二人が振ってきたのだ。



 こうなっては仕方がない、見せてやろうじゃないか。営業で鍛えたこの俺の口八丁ってやつをな!!



 レイラとハヤトの二人が「総大将から話があるから静かにしろ」という言葉でプレイヤー達が黙り込み周囲を静寂が支配する。今回のゴブリン軍との対決に集まってくれたプレイヤーの数は、有名プレイヤーたちとの連携もスムーズに取れたこともあってその数は約20万人という膨大な人数になっていた。



「……聞け、救いを求める声に答えてくれたプレイヤー……否、冒険者諸君! まずは、このクエストを受けてくれたことに感謝の言葉を述べたい。ありがとう。その上で敢えて問う。諸君らは何故なにゆえにこの場にいるのか? 何故なにゆえにこの戦場へと赴いて来たのかを……。見よ! 今この国はあの緑の獣どもに蹂躙される危機に瀕している。それを阻止し、この国に平和を取り戻すのは我々だ!! 剣を取れ、槍を構えろ、弓を番え。暴力という理不尽を真っ向から叩き潰すのだ! 正義は……我らにあり!!!!!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!』



 俺がプレイヤーたちを鼓舞する言葉を言い放った直後、まるで巨大なモンスターの咆哮のような雄叫びが平原全てに轟き渡った。それはもはや地震と表現してもなんら差し支えないほどの轟音で、体全体に表現し難い衝撃を受けているかのようだった。



 俺の言葉は、その場にいたプレイヤーたちの士気をこれでもかと言わんばかりに向上させ、その熱気は止まる所を知らない。そして、そのきっかけを作ったのは他でもないこの俺ジューゴ・フォレストな訳で……。



『ジューゴ・フォレスト!! ジューゴ・フォレスト!! ジューゴ・フォレスト!! ジューゴ・フォレスト……』



 いやいや、これはこの国の危機をなんとかするためであって俺個人の戦いじゃないからこのタイミングで“ジューゴ・フォレスト”コールは違うんじゃないのか? そう思うのは俺だけなのだろうか?



「まったく、指揮官としての才能もあるとかとんだチートキャラだよお前は」


「ホントよね、こっちが振っておいてなんだけど、様になってたわよ。……ちょっと、惚れそうかも」



 俺の内心での疑問に答えるかのようにハヤトとレイラが俺に声を掛けてきた。プレイヤーたちの歓声が響き渡っていたため、レイラが最後に何を言ったのか聞き取れなかった。



 ちなみにこんな非日常な状況なのにもかかわらず、クーコは俺の肩を止まり木のようにしてZの文字を漂わせていた。



 そんなクーコの姿に張り詰めた緊張の糸が緩みかけたが、再び気を引き締めるとメニュー画面を開きこれから始まる戦いの最終確認をすることにした。 

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