第十二章 迫りくる大災害に向けて……
第108話
「なに? 冒険者たちに今回の一件を?」
「ああ」
ドウェルの迷宮でハイグレートミノタウロスと決死の思いで鬼ごっこを繰り広げ、何とか事なきを得たジューゴ・フォレストは王都ラヴァルベルクの王城内部にある国王の執務室に来ていた。
目的だった転移魔法のテレポーテーションを会得できた事により、各拠点間の行き来が可能になったため、始まりの街とドゥーエチッタの街にいるプレイヤーたちに今回の一件を伝える許可を貰うため国王に会いに来たのだ。
「ふん、冒険者如きが何人集まろうとも我らディアバルド王国の精鋭騎士たちには敵わぬわ!」
「その騎士団の長を倒したのは、冒険者である俺なんだがな」
「ぐっ」
「ふふふ、おっと失礼……」
ジューゴが今いる場所は国王が常時書類整理などの事務仕事をするために用意された部屋で、王城の中で最も国王が一日を過ごす時間が長い部屋でもあった。
国王と言えば、偉そうに家臣に対して命令するだけで当の本人はふんぞり返っているイメージがあるが、国の様々な政を許可するための書類に目を通したり、貴族の冠婚葬祭や規模の大きいパーティーに出席したりとなかなかに忙しかったりする。
貴族が領地に縛られた奴隷であるのなら、国王という存在は国に縛られた奴隷と言っても差し支えない。
国王が国の政を蔑ろにしているにもかかわらず、国としての体裁を保っているような所は、国王に仕える家臣が余程優秀かまたは国王が国が傾かない最低限度の仕事をこなしているかのどちらかだ。
とどのつまりジューゴの目の前にいる男は山積みになっている書類を見るに、国の政に対しては真摯に向き合っているとみえる。
少なくとも家臣に丸投げするようなことはしていないので、真面目な部類に入るのだろうとジューゴは内心で感心する。
話を本題に移すが、当然国王がこの部屋にいるという事は側近である宰相もこの部屋にいるのは至極当然なことであった。
ジューゴの発言に対し、反発するかのように敵対的な言動をする宰相だったが、ジューゴがそれに反論するかのように切り返すと何も言い返せなくなり口ごもる。
それが国王のツボにはまったらしく思わず吹き出してしまったようだ。
「とにかく、できるだけ早く冒険者にゴブリンの一件を伝えるべきだろう。そこで国王、前にも言ったかもしれないが、これは国の一大事だ。だからこそギルドへの依頼は国として国王が直に説明して依頼を出すべきだと俺は考えている。主要な冒険者には俺から声を掛けて他の冒険者に情報が伝わるようにしておくから、国王はできるだけ早くギルドに状況を説明して緊急依頼を出してもらう様に動いてくれ」
「わかった、すぐに手配しよう」
「それから、どっかの馬鹿が貴族のちっぽけなプライドのためにギルドへの依頼を阻止してくる可能性もあるだろうから、面倒だとは思うが必ず国王が直々にギルドに赴て説明した方がいいとだけ言っておこう。その方が事の重大さがギルドに伝わりやすいし、何より邪魔が入らずに済むだろうからな」
「む……むぅ……」
「わかった、全て勇者殿の言う通りにしよう」
「勇者違う!」
ジューゴが今後国王がやるべきことを伝え、尚且つ貴族の動きを先読みするかのような指示を出した時、国王は内心で少し驚いていた。
この手の人種は脳筋タイプが多くそういったことに頭が回らない者が多いのが相場だが、今国王の目の前にいる男はどうやら力だけでなく頭も回るようだ。
尤も、ジューゴが警戒しているのは国王自らギルドに説明したほうがいいと提案したときに向けた視線の先に宰相の姿があったため、彼が警戒している貴族というのが誰なのか如実に物語っていた。
貴族お得意の回りくどい言い方ではあるが、これ以上なく分かり易い言い回しだった。
宰相に対し“我々の邪魔になるようなことだけはしてくれるな”というこれ以上ないほど分かり易い釘を刺す行為であった。
いくら周りの事に目が行き届いていない宰相であっても、あれだけ露骨に視線を向けられた状態で言われればどんな人間でも気付けるほどジューゴの行動はあからさまだったからだ。
(この青二才め、いくら勇者とはいえこの国の宰相である儂をまるでお荷物のように扱うとは……許さぬ、許さぬぞ!!)
そのあまりの屈辱に、宰相の力強く握った拳が白く変色していた。
流石に老齢の宰相では自らの握力で血が噴き出すことはなかったが、それでも彼にとってジューゴから受けた屈辱はとても許容できるものではなかった。
(今に見ていろジューゴ・フォレスト、この屈辱必ず晴らして見せようぞ……)
この一件が片付いたら、次にやるべきことは奴を亡き者にする事だと心に決めた宰相はその場は黙っておくと決めたようだ。
「ところで、俺が冒険者に事のあらましを伝え終わったら、アスラを借りていくからそのつもりで」
「む? それはどういった用件で――ああそうか……だがジューゴ殿、いくら貴殿が勇者だからと言って、この国の騎士団長を娶るというのは流石に私でも許容できるものではないぞ?」
「はぁー、国王よ……あんたの頭の中の構造はどうなっているんだ? どうしてさっきのやり取りでアスラを娶る話になるんだ?」
「違うのかね?」
「当たり前だ!! 実は最近、俺自身の未熟さを感じる事があってな、更なる高みに行くため自身を鍛え上げるつもりだ。アスラもおそらくまだ伸び代があるだろうからな、俺が直々に鍛え上げてやることにした。構わないだろ?」
確かにジューゴは先のダンジョンにおいて自分がまだまだだと痛感させられたが、ダンジョンの事については国王には黙っていたのだ。
理由としては今はゴブリンの一件で手一杯であるため国王にこれ以上の負担を強いるのは心苦しいという彼の優しさが一つ、そして、もう一つは俺がミノタウロスと鬼ごっこをして逃げてきたことを報告したくなかったという恥ずかしさが一つといった所だ。
だからこそジューゴは“最近”という言葉を使って自分が未熟だと感じた出来事がディアバルド王国にやってくる以前の事だと偽装することにしたのだ。
そういう意味ではこの“最近”という言葉は便利な言葉だった。一時間前も一か月前も同じ“最近”という言葉で表現できてしまうのだから。
「わかった、こちらとしても今以上に彼女が強くなってくれるのならこちらとしては文句はない。むしろこちらからお願いしたいところだ。ジューゴ殿、アスラ騎士団長を頼んだ」
「だが、俺の修行は厳しいから覚悟しておいた方がいいと彼女には伝えておいてくれ、それと……逃げたら後悔することになるから逃げるなともな……ふふふふ」
「あ、ああ……必ず伝えておこう」
その後、二人に軽く挨拶をし部屋から出て行こうとするジューゴの背中に向かって、これから忙しくなるが頑張ろうという思いが籠った国王の視線といつか必ず殺してやるという宰相の怨嗟の視線が向けられるのであった。
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