第107話
「なんでこんなところにこんなもんが?」
突然何の脈絡もなく登場した首飾りに、困惑の表情を浮かべるジューゴだったが、もしかしたらこの首飾りが何かの役に立つかもしれないと思い早速鑑定を掛けた。
【疾風の首飾り】
装備者のHPとAGIに対し40%の補正が掛かる。 耐久値: 10 / 400
製作者:不明 レア度:☆☆☆☆
「めっちゃ使えますやんこれー!! 今の状況にぴったんこですやん!!」
思わず謎の関西弁が出るほどにジューゴは驚愕していた。
何せ、今の状況を何とかするためにまるで今しがたあつらえたかのような性能だったからだ。
これが他の能力値を上昇させるものであれば、おそらくジューゴから関西弁は出なかっただろう。
だが今のクーコに足りないスタミナとスピードに補正が掛かるという奇跡に近い確率で出現したかと思うほどのアイテムだった。
(この状況でこれを使わない手はないよな)
この最悪な状況の中で降って湧いた幸運に縋らないほど、今のジューゴに余裕はなかった。
その判断は素早く下され、クーコに一声掛けた後首飾りを装備させた。
(まさか、この仮想現実で女の子に首飾りを付ける事になろうとは……まあその相手がモンスターというところが俺らしいと言えば俺らしいがな……)
内心で自虐的な事を考えながらも、クーコに首飾りを付け終えるとさっそくその効果が現れ始めた。
「クエェェェエエエエエエ!!」
「おわぁー、は、速い!?」
AGIが40%上昇すると言われればあまり大したことはないのかと思いがちだが、実はこれがかなりの差となっていた。
元々クーコの全力疾走は速度的には100kmを軽々超えているのだが、そこに40%の補正が付いたらどうなるのかは想像に難くない。
100kmだったものが単純計算で140kmになればその速度は計り知れないものとなるだろう。
風景を置き去りにしていくという表現がぴったりの速度にジューゴは振り落とされまいとクーコにしがみ付く。
突如として速度を上げたジューゴ達にミノタウロスは瞠目し、その差がみるみる開いていく。
そして差がかなり開ききったと同時に疾風の首飾りは突然音を立てて崩れ去った。
(ちっ、耐久値が低かったからな、仕方ない。だがこれでかなり差が開いた)
首飾りが壊れると同時にスピードも元の速度に戻ってしまったものの、ミノタウロスとの距離を稼ぐことができた。
その時、ジューゴの気配感知に反応があり、モンスターがいるのかと反応の先に視線を向けるが、そこには誰もいなかった。
「この反応は、まさか!? クーコ、あのフロアに入ると同時に思いっきり跳ぶんだ!」
「クエッ? ……クエッ!」
最初はジューゴの言葉に怪訝な反応を見せたが、彼に全幅の信頼を寄せているクーコがその言葉を信じるのは言うまでもない事だった。
ジューゴの指示に従い、次のフロアに入ったと同時にクーコはあらん限りの力を振り絞り跳躍した。
一人と一羽のその時の状況を説明すると、走り幅跳びをしているところをイメージすれば分かり易いだろう。
全速力での走行から跳躍し、十数メートルという距離を叩きだしたその大ジャンプは、オリンピックの金メダルに値する。
そして、その跳躍の衝撃を殺すために着地したと同時にクーコの足も止まった。
クーコがそれ以上逃げなかったのは、この鬼ごっこにも終わりが来てしまったということを意味していた。
「あれは……65階層に行くための階段か?」
「クエ!」
そう、ジューゴ達はこの数分という短時間で一つの階層の端から端まで走破してしまったのだ。
通常一つの階層を攻略する時間は1日以上掛かると言われている。もちろん、浅い階層ではそれほど時間は掛からないが、ジューゴ達が今いる深層部ではそれよりも時間が掛かってしまう。
「ブモォォォオオオオオオ!!」
「へっ、どうやらお出ましのようだな」
「クエ……」
そうこうしているうちにミノタウロスも追いついてきたようで、ジューゴ達が大ジャンプで通り過ぎたフロアに侵入する。
ミノタウロスもジューゴが立ち止まっているのが目に入りどうやら諦めたのだと内心でほくそ笑む。だがその傲慢さが命取りとなり冷静な判断を失わせてしまった。
もしこの時ミノタウロスがジューゴが逃げなかった理由を考えるだけの冷静さがあれば、彼らはミノタウロスに殺されていただろう。
「ブモ?」
ミノタウロスがフロアに足を踏み入れて数秒後、カチリという音が響いた。その音が罠の発動スイッチであるということを彼が理解した時にはすでに手遅れだった。
「じゃあなー、次会った時はもっと修行して強くなってお前を倒してやるからな、覚悟してけよ!」
「クエクエクエー!」
「ブモォォォオオオオオオ!!」
ミノタウロスが罠のスイッチを踏んだ瞬間そのフロアの床が全て崩れ落ち、フロア全体が落とし穴へと変貌する。それをジューゴが見た時このダンジョンの罠は落とし穴しかないのかと呆れたが、今回はその落とし穴のお陰で危機を脱したと言っても過言ではないので、それ以上は何を言うでもなかった。
いくら圧倒的な力を持っているミノタウロスと言えど、空を飛べるわけもなければ空中に滞在できる手段もないためあとは重力が奴を更なる深層へと連れて行ってくれた。
あれほど脅威だったミノタウロスが奈落の底へと落ちていくのをクーコと一緒に見届けたジューゴは、その場にへたり込む。
「はぁー、助かったぁぁぁああああ!!」
「クエエエエエ!!」
クーコもそれに倣いジューゴの隣に腰を下ろす。
だが、まだ気を抜いていい状況でないと判断したジューゴが、周りを警戒しながらこの後の事について思案する。
「ミノタウロスからは逃げられたのはいいけど、この後とうっすかな……65階層に上がったら絶対ボスキャラいるだろうしな、かと言ってこのままここで骨を埋めるわけにもいかんし、いっその事ショートカットとかでスッキプできねえかな?」
「クエ……ク? クエッ、クエクエ」
「どうしたクーコ?」
「クエ~~~~」
「はぁ?」
ジューゴがこの先のダンジョン脱出の算段を呟いていると、クーコが何かに気付き珍妙なポーズを取る。
それはどう見ても某ギャグ漫画に登場するあのポーズだった。
「この状況でしぇーはないだろ?」
「クエクエクエクエクエ、クエ……ク! クエクエクエクエ」
「今度はなんだ?」
ジューゴの言葉に首をこれでもかと横に振り否定した後、今度は手羽先を使って長方形の形を身振り手振りで表現しだした。
それもまたどう見てもあのわらべうたの出だしを表現しているとしか思えず、咄嗟にジューゴは口を開いた。
「これっくらいのお弁当箱に、おにぎりおにぎり――」
「クエクエクエクエ!! クエッ、クエッ、クエッ、クエッ!!」
どうやらそれも違うようで、またしても首を激しく横に振るクーコ。
そこでようやく真面目に考え始めたジューゴがとある結論を出した。
「長方形……窓……ウインドウ……メニュー画面か!?」
「クエクエクエクエクエ!!!」
そうだそうだとばかりに首を縦に振るクーコ。
思わず千切れるんじゃないかと一瞬戸惑うジューゴだったが、彼女の指示に従いメニュー画面を表示させる。
「で? これがどうかしたのか?」
「クエクエ」
「ステータスか、ほいっと。で?」
「クエクエ」
「下にスクロールか、よいしょ」
「クエ、クエクエ!! クエクエクエ!!」
「これは……なるほど、そういうことか!!」
クーコが最終的に伝えたかった事を理解し、思わず叫んでしまうジューゴ。
だが、クーコのお陰でここから脱出できる方法を見つけることができたので、クーコの首を撫で礼を言う。そして、クーコが伝えたかったことが何だったのか。
「テレポーテーション、すっかり忘れてたぜ」
そう、今回のレベル上げに来た本来の目的でもあった転移魔法である【テレポーテーション】だった。
これを使えばこのダンジョンも易々と脱出することができるだろう。
「よし、じゃあこんなとことっとと出ちまおうぜ! てことで俺につかまれクーコ」
「クエッ!? クエー……」
「なに今更照れてんだよ、馬鹿。いいからとっとと俺につかまれ!」
ジューゴがクーコに自分に捕まれと指示を出すと途端に頬を染め、つぶらな瞳をぱちくりとさせてきた。
どこでそんな仕草を覚えてくるんだと内心で呆れたが、今はそんなことはどうでもいいと結論付け無理矢理クーコを自分の手元へと引き寄せる。
「まあ手強かったが、いずれここも楽にクリアできるようになりてえよな」
「クエ」
今は無理でもいつかもっと強くなってこの階層でも通用するほどになりたいと、一人と一羽は呟きながらテレポーテーションを使いジューゴ達はダンジョンを脱出するのだった。
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