第94話



「ジューゴ・フォレストぉぉぉおおおお!! 貴様という奴はぁぁぁぁああああ!!」



 現在俺はとある一人のケモ耳少女に叱責を食らっている。

 彼女とは頭一つ分ほど身長差があるため、本来であれば肩を掴んで体を揺すられるところを二の腕を掴まれた状態で前後に揺らされていた。



 そうなった原因を作ったのはどう考えても俺なので、彼女の行為を甘んじて受け入れている状態だ。

 だがどうしてそういう事になったのか、先ほど起きた事をありのまま話すぜ。



 俺はヴォルフを見つけるべく城を徘徊していたんだが、その甲斐あってようやく彼を発見したんだ。

 しかし、あまりにも長い回廊のため俺とヴォルフとの距離はかなりあったのだ。



 そこで戦闘中ではなかったが、早く彼に追いつきたいと思い【縮地】を使った。これが事の発端である。



 知っての通り、ジューゴ・フォレストこと俺はプレイヤーの中でも屈指の実力を持ち合わせているトッププレイヤーの一人だ。自分で言うのもどうかとは思うがな……。



 そして、その膂力は相当なものとなっており、力加減を間違えれば周りの物が壊れてしまう。

 まるで某アメコミのヒーローように、特殊な力に目覚めて間もない主人公をイメージすれば分かり易いだろう、今の俺がその状態だった。



 圧倒的な力を持っているにもかかわらず、加減抜きで【縮地】を使用した結果周りの窓ガラスは粉砕され、壁と地面にも亀裂が走りボロボロになってしまった。



 だがそんなことは些細なことさ、それほど重要な事じゃないんだ。

 大事なのは【縮地】を使って移動したことで発生した“勢い”を何とか止めなければならない。



 このままでは俺自身が壁にぶつかりミンチになってしまうと内心焦った。

 そして、進行方向には見知った顔の二人が歩いていたわけだ。



 俺はその勢いを二人にぶつけることで、俺と二人の合計三人に勢いを均等に分け壁ミンチを免れたという寸法さ。

 まあその勢いに巻き込まれた二人は勢いよく吹っ飛んで行ったんだがな、テヘペロ。



 そんなこんなで復活してきたサリアに詰め寄られているという状況だ。

 ちなみにヴォルフは壁にぶつかったことで現在進行形で気を失ってます。



 それで話を戻すが、今俺はサリアに体を揺すられている状況なわけなんだが、さっきも言った通り俺と彼女の身長差は頭一つ分ほどある。



 つまりそれだけの身長差があると、必然的に俺が彼女を見下ろす形となってしまう。

 そして、見下ろした先にはちょうど彼女のケモ耳が目に入ってくる位置関係となっているわけだ。



 さっきっから彼女がきゃんきゃん怒鳴る度にケモ耳がピコピコと動いている。

 どうやら感情の起伏によって、耳が動くらしい。

 柔らかな毛で覆われたケモ耳は俺のもふり衝動を刺激してくる。



 “ジューゴさーん、こっちですよー、わたしのことをもふってくださいなー”と言わんばかりにケモ耳が躍動している。

 まるでサリアという人物にケモ耳という別の生き物が乗り移っているかのような動きだ。

 そんな動きに俺の視線はケモ耳に釘付けになっていた。



 まったく、まったくもってなんて……なんて――。



「なんてけしからん奴なんだ!!」


「それはお前だぁぁぁあああああ!!」


「ク、クエー?」



 サリアからすれば当然の抗議の声であった。

 普通に歩いていたら急に後頭部にラリアットを食らったのだから、どんな聖人君子でも憤るのは仕方のない事だろう。



 だが、俺は悪くない……とまでは言わないが、揺らされるのにも飽きたからそろそろやめさせよう。

 そう思い俺は彼女の両腕を掴んで“気を付け”のポーズになるよう体の側面に腕を持っていった。



 いきなりの事でサリアの顔がきょとん顔になるが、すぐに怒りマークをおでこに張り付け再び怒鳴り始めた。



「大体貴様はいつもいつも私の事を見下しおって、これでも貴族なのだぞ、伯爵様だぞ!?」


「え、セロリじゃなかったのかよ?」


「【セリアンスロゥプ】だ! もはや語呂もあってねえよ!!」



 サリア自身ジューゴの言った【セロリ】で【セリアンスロゥプ】を思いつく辺り、完全に彼のペースに呑まれていると自覚しつつも貴族として言っておくべきことは言っておくことにした。



「いいか、ジューゴ。貴族に無礼を働いたら、不敬罪でその場で首を刎ねられても文句は言えないんだぞ? だから今度からは態度を改めたほうが――」


「そんなことよりもヴォルフさんを助けなくていいのかよ、瓦礫に埋まってっぞ」


「はっ、そうだった。ヴォルフ様ー、ご無事ですか!? ヴォルフ様ー!」



 ヴォルフをあんな状況に持っていった張本人が言うのはどうかと思ったが、これ以上サリアの説教は聞きたくないと思い彼女の意識を逸らすために指摘した。



 その効果は抜群だったようで必死になって、瓦礫をどかしヴォルフを救出していた。

 瓦礫の中から出てきたヴォルフは文字通り目を回しており、意識は朦朧としているようだ。



「クーコ、ヴォルフさんに回復魔法を掛けてくれ」


「クエッ」



 了解したとばかりに手羽先を頭の横に持っていき敬礼の仕草を取った後ヴォルフに回復魔法を掛けてやるクーコ。

 流石に汚れた服までは元には戻らないが、腰の打撲と気絶くらいは回復したようで意識を取り戻した。



「ここは一体……何が起きたんだ?」


「それは本人の口から聞いた方がよいかと存じます。ってか本人が説明しろ」


「あー、まあちょっとした茶目っ気ですよ」


「ジューゴ殿は何を言っているのだ?」


「私には分かりかねます、馬鹿の思考など分かりたくもない」



 俺のちょっとした冗談に、本気で頭にはてなマークを浮かべるヴォルフに対し、俺の呟きに遺憾の態度で返答するサリア。

 まあやっちまったものはしょうがないが、ここは説明して謝るべきだろう。



「……という訳でございまして、こちらの不手際にお二人を巻き込んでしまった事、謹んでお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした」



 俺は事のあらましを掻い摘んでヴォルフに説明し、誠心誠意頭を下げて謝罪した。

 それを見たヴォルフは感心したような態度を取ったが、その態度に不満の声を上げたのはもう一人のケモ耳っ娘だった。



「なんだか私の時と態度が違うのだが?」


「そんなの当たり前だろ?」


「っ……や、やはり私が【セリアンスロゥプ】だからか?」



 冗談で言った返答に先ほどまでの勢いがなくなり、弱々しく問いかけてくる。

 俺はこう見えても人を見る目はある方だと思っているつもりだ。

 職業柄相手の心の機微は敏感に察知しなければならないため、空気もある程度は読める。



 ここは真面目に答えるところだろうが、この世界に来てまで真面目ぶることはないと思い俺は軽く答えた。



「いいや、サリアに対しての態度は別にお前がロシアンルーレットだからじゃない。お前だからこういう態度を取ってるだけだ」


「……」


「それにそういう種族差別とか男女差別とか興味ないし、人間とかセラミックとか関係なしにサリアはサリアだろ?」


「っ!?」



 俺の言葉にサリアが反応し、こちらに視線を向けてくる。

 その視線を受け止めながら俺は正直な気持ちを彼女にぶつけた。



「俺はサリアだからこういう態度を取ってるんだ。種族が違うとかそういうので態度を変えてるわけじゃないさ」


「そうか、……そうかっ」



 俺の言葉をかみ砕くように呟いた彼女が何かに気付いたようで、再び問い詰めてきた。



「待てよ、ということはどっちにしても私の事を見下してることに変わりないってことか!?」


「はっはっはっ、ようやく気付いたようだな」


「貴様ぁぁぁぁああああ! 不敬罪でその首刎ねてくれる!!」


「まあまあ、そう怒るなって。スムージーでも飲むか?」



 俺がアスラに作ってやったスムージーの残りを、二人に餌付け……もとい振舞った。

 イライラしている時に美味い食べ物を食べれば落ち着くと言われるが、そういう意味ではスムージーの効果はてき面だった。

 せっかくだし、今度市場で食材を買い足しておくとしようかな。

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