第93話



 ディアバルド王国王都【ラヴァルベルク】に建城された王城の回廊を二人の男女が歩いていた。

 一人は王宮に務める宮廷筆頭魔導師であるヴォルフ・ザジ・ラインベルトでもう一人が白いフードを被ったサリア・ウィル・ガーデンヴォルグ伯爵だ。



 冷たい雰囲気を持つ厳格な回廊に二人の足音のみが木霊する。

 しばらく沈黙ののち、彼女が口を開いた。



「それにしてもヴォルフ様、あいつの言動には終始驚かされっぱなしでしたよ。謁見の間での陛下に対する態度もそうでしたが、あの宰相に反抗的な態度を取る人間なんて初めて見ました」


「それは私も同じ気持ちだったよガーデンヴォルグ伯爵、まさか賢者様が予言された勇者殿があのような方だったとは」



 ジューゴがこの国の国王と宰相に取った態度に対して、憤りと驚愕を浮かべるサリアとは対照的に、眉を寄せながら苦笑いを浮かべるヴォルフがさらに続ける。



「だが、まさかアスラ騎士団長に本当に勝ってしまうとは、改めて彼が予言の勇者と認めざるを得ないな」


「ヴォルフ様、あいつの前でまた勇者と呼ぶと、こんな顔で睨まれますよ」



 そう言いながらサリアは、両手の人差し指を目の端を引っ張るように押し上げ、人工的な吊り目を作ってヴォルフに見せつけた。

 それを見たヴォルフが思わず、吹き出し声に出して笑う。



「はははは、……だが、例え怖い顔で睨まれようともあの青年が勇者であることに変わりはない。それはもはや本人である彼が否定したところで周知の事実なのだ」



 ジューゴは頑なに自分が勇者ではないと否定し続け、自らを勇者と呼称するなと言っているが、この国の人間にとって彼はまごう事なき勇者と認められてしまっていた。

 彼が今この場にいたならこう言っていたことだろう“どうしてこうなった?”と……。



「それは私も遺憾ではありますが、認めるところではあります。ですが、もう少し勇者として毅然とした態度を取っていただきたいものです!」



 そして、ヴォルフの言葉に同意を示しながらも彼の素行の悪さは生真面目な彼女からすれば、到底許容できるものではないらしく、尚も彼女は続ける。



「私のち……大英雄ウォルテガ様であればあのような態度を取るような愚行は犯さない事でしょう!」


「……そうだな、あの大英雄ウォルテガ……貴殿の父君であればあのような態度は取るまい。あれほど義に熱く豪胆な貴族も珍しかったからな」



 ディアバルド王国にはかつて大英雄と呼ばれた人物がいた。

 その名もウォルテガ・フィル・ガーデンヴォルグ、数多くの戦場を駆け抜け、数多の凶悪な魔物を退け、ディアバルド王国の守護神的存在である先代騎士団長と双璧を成した豪傑である。



 数多くの困難からディアバルド王国を救ってきた彼はのちに大英雄と呼ばれるようになったが、どれほど強靭な肉体を持っていようとも時が経てば身体は必ず衰える。



 時の経過で身体が衰えたところに流行り病を患ってしまい、そのまま快復することなく帰らぬ人となってしまったのだ。



 サリアはウォルテガがかつて冒険者をやっていた時に知り合い結婚したという狐人族の【セリアンスロゥプ】の女性との間に生まれた子供だった。



 元々【セリアンスロゥプ】は人族から差別的な扱いを受けており、野蛮な種族であると恐れられてもいた。



 ではなぜ【セリアンスロゥプ】の血を色濃く受け継ぐサリアが、人族の国であるディアバルドで伯爵という高位の爵位を与えられているのかと言えば、彼女の父であるウォルテガの功績が大きく影響していたためだ。



 そしてなにより彼女が類稀なる戦闘能力を持っており、その力だけを見れば現騎士団長のアスラですら及びもつかない。



 彼女が【セリアンスロゥプ】の特徴であるケモ耳と尻尾を持っていなければ、ディアバルド王国最強の称号は彼女が持っていただろう。



 野性的な素早い動きと両の手足から繰り出される一撃は、今のジューゴを圧倒するほどだ。

 ちなみにサリアの母親は彼女を産むとすぐ亡くなってしまい、彼女を育てるためにウォルテガはかつての故郷であるラヴァルベルクに帰郷し、その武勇と功績を認められ貴族の位を授かることになったのだ。



「父は私の事を大切に育ててくれました。人族にとって忌み嫌われる【セリアンスロゥプ】の血を色濃く受け継いだ存在である私を……」


「彼にとってそんなことは関係なかったのだろう、人族だろうが【セリアンスロゥプ】だろうが貴殿は貴殿、彼の血を分けた実の娘だったという事だ」


「ヴォルフ様、私は父のような立派な戦士になれるでしょうか? 父のように気高く強く、そして誰からも尊敬されるような英雄に」



 ヴォルフは彼女の問いにしばし沈黙する。

 正直なところを言えば【セリアンスロゥプ】の彼女では人族の国で英雄になるなど不可能、それこそ夢物語と言っても過言ではない。

 


 だが父の意思を継ぎこの国のために役に立ちたいと願う彼女の健気な思いを否定することなど彼には到底できるものではなかった。



「なれる、きっとなれるさ、貴殿がこの国のために邁進し続けるのであれば、いつかきっとこの国の人々も貴殿を認めてくれる日が来ると私はそう信じている」


「ヴォルフ様……」



 そして二人の間にしばし沈黙が降りる。

 だがそれは決して気まずいものではなく、お互いの言うべき言葉を言い終えたという意味での沈黙であった。



 二人がそのまま歩いていると突如として、地鳴りのような轟音が響き渡った。

 何事かとその場で立ち止まり様子を窺っていると突如としてサリアとヴォルフの後頭部と腰に衝撃が走り、次の瞬間身体ごと吹き飛ばされていた。



「ぐはっ」


「ほげっ」


「見つけたぜぇぇぇぇええええ!!」


「クエクエクエェェェェエエエ!!」



 自分たちを吹き飛ばした元凶の叫び声を聞きながら、二人は意識を手放した。

 意識を手放す瞬間二人は同じ事を思った。



 ――こいつは本当に予言の勇者なのかと……。

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