第92話
さあさあ皆さんお立合い、ジューゴ・フォレストクッキングのお時間です!!
……なんてね、じゃあいつも通りのテンションでやっていこうじゃないか。
今回は身体が弱っている人でも無理なく食べられる病人食ってやつを作ることになる。
だが、病人食というのはどうも聞こえが悪い。まあどう呼ぼうとも料理は料理だがな……。
――閑話休題、話を戻そう。
今回作るのは料理と言っても、飲み物に分類されるものになる。
食欲のない人が腹に溜まるような重たい料理を食べられるはずがないし、かと言ってスープのような栄養が物足りないものもダメ。
では栄養がたっぷり詰まった食材をそのまま飲み物にしたらどうなるだろうか?
これで何となく俺が何を作ろうとしているか分かっただろう。
今回作るのは【スムージー】だ。
そもそもスムージーとは凍らせた果物や野菜を使ったシャーベット状の飲み物である。
最近では俺の勤めている会社の女性社員も朝の時間にスムージーの入ったボトルを持ってきているのをよく見かける。
彼女たち曰く、「そのまま食べるよりも飲み物として飲めるから朝の忙しい時間でも必要な栄養が取れるんですぅ~」という俺からすれば「あっそ」というどうでもいい知識を御高説賜った。
まあそういう女性に限って、朝の時間暇そうにしていることが多いのは俺の気のせいではないだろう。
そんな現実世界の女性に対してやるせない気分が浮かんでくるが、頭を振って気持ちを切り替え早速スムージー調理に向け行動を開始する。
まずは適当な果物と野菜をこれまた適当なサイズに切っていき【アイス】の魔法で凍らせる。
ボウルを下に設置し、その上から市場で手に入れておいたおろし器を使ってシャーベット状にすりおろしていく。
本来であればミキサーを使っておろしていくのだが、このファンタージー主体の世界にミキサーなどと言う便利アイテムはないので、おろし器で地道に頑張っている次第だ。
使っている果物はリンゴ、オレンジ、バナナ、キウイ、マンゴーなどで野菜はトマト、玉ねぎ、にんじん、ほうれん草というラインナップだ。
一応言っておくが、先に挙げた果物や野菜の呼び名はファンタジー風の名前がついており、どれがどれか紛らわしいので俺は現実世界にある果物と野菜の名前に置き換えている。
そう言えばあれから魔導師の職を修得したことにより、料理の分野でもできることが増えた。
今回の【スムージー】作りでも“凍らせる”という工程が魔法で出来るため今回の調理は比較的に楽と言える。
「よし、あとは牛乳を適量投入っと」
以前手に入れておいた【ニューモーの乳】こと牛乳を入れ、シャーベット状態が無くならない程度に水気を増やしていく。
果物の甘味だけでも十分甘いだろうが、五ミリ角ほどに刻んだバナナやマンゴーを入れることで甘みを補充する。
あとは適度に混ぜ合わせ、味の確認のためカップに少量注いで一口飲む。
果物の甘みと酸味が口一杯に広がり、野菜の苦みは果物の甘みに隠れてとても飲みやすい。
凍らせてシャーベット状にしてあるため、冷たくてとても美味である。
「っぷはあー、あー美味い、超美味いんですけどー」
誰に言うともなしに呟く俺に対し、背中越しに「ゴクリ」という効果音が聞こえてきた。
「ゆ、ジューゴ殿、よろしければ私もその料理をいただきたいのですが……」
「ああ、そう言うと思って全員分作ってあるから安心しろ」
俺の飲みっぷりに自分も飲みたいと思ったのだろう、アレクシアが俺にそう言ってくる。
もともとそのつもりだったという俺の言葉にまるで乙女のように顔を輝かせる。……まあ女性はいつまで経っても乙女とか言うし、ありなのか?
「ジューゴ殿、何かよからぬことを考えていませんか?」
「別に」
アレクシアがいつもと違う負のオーラを纏っていたため咄嗟にそう答えておいた。
女の勘は鋭いとか言うが、そういう意味では妖怪並みだな。
こんなことを考えていると、また追及されそうだから調理に集中することにした。
味見の感想としては問題はないが、少し酸味が強い気がしたためほんのちょっぴり牛乳を追加して完成とした。
【特製スムージー】
さまざまな果物と野菜を凍らせたものをすりおろし、ニューモーの乳を混ぜ合わせた飲み物。
朝の出勤には心強い味方になってくれること請け合いだ。お兄さん一杯おくれ。
製作者:不明 レア度:☆☆☆
……またなんか妙な注釈が入っているが、概ね成功したといっていいだろう。
それからカップを三つ用意し、アスラとアレクシアと俺の分のスムージーを注いていき二人に手渡した。
「どうぞ、【スムージー】という果物と野菜をシャーベット状にした飲み物だ。食欲がない時でも胃が受け付けやすいはずだからアスラも飲めると思うが、試してみてくれ」
「まあ、とってもいい匂いですのねー、では早速いただきますわ」
「……いただきます」
初めて見る食べ物に戸惑う二人だったが、意を決して飲んでみる。
口に入れた瞬間冷たい液体が口いっぱいに広がると同時に甘味が広がっていく。
シャーベット状のそれは清涼感もあってとても飲みやすく、野菜の苦味なども全くない。
一口目は恐る恐る飲んでいた二人も二口目以降は勢いよく喉を鳴らしていた。
そして、カップの中の物が無くなると名残惜しそうにそれを見つめ最終的的にその視線はおのずと俺に向けられた。
「ゆう、ジューゴ殿、お代わりはないのでしょうか?」
「わ、私もお代わりをいただきたい」
そんな二人の問いかけに俺は顔に目一杯の笑顔を浮かべる。
その笑顔にお代わりがあることを期待した二人だったが、その期待は彼のこと言葉をもって裏切られる。
「無いです。そもそもこのスムージーは栄養価が高い、あまり飲み過ぎるとお腹が緩くなるから一日一杯で留めておいた方がいい」
「と、ということはこの飲み物はお通じが良くなるという事かしら?」
「まあ平たく言えば……」
「だったら尚更もっとくださいましっ!!」
俺がそう答えると、俺に飛びつかんばかりに空になったカップを突き出してくる。
どうやら彼女も女性によくある悩み事を抱える一人だったらしい。
だが、俺が飲み過ぎると逆効果だという事を伝えると何とか納得してもらえた。
「アスラはどうだ? 元気になったか?」
「うぇっ、あ、ああまあ……」
「そうか、それならよかった」
「っ……」
そういいながら俺はアスラに笑い掛ける。
この時ジューゴは気付いてはいなかったが、アスラはジューゴが見せた笑顔に見惚れてしまっていた。
その笑顔こそかつて彼女の兄がよく浮かべていたものだったからだ。
途端にアスラの心臓がドクドクと脈打つ。
その鼓動があまりに大きすぎて、彼に聞こえてしまうのではないかというほどに……。
そして、それはもう嫌というほど理解させられてしまった。
この想いとジューゴを前にしたときの心臓の鼓動、それがどこか心地よくもあり、苦しくもあるなんとも複雑怪奇なもの。
だが二十七歳ともなればそれが何なのかくらい言われなくても分かる。
それは慕情、あるいは恋する想いという感情である。
名家の貴族として、そう言った縁談話や浮いた話の一つなどはアスラも経験したことがあったが、相手を想うというものが理解できなかった。
それは彼女が兄との約束を守ることに躍起になっていたという事もあるが、何よりアスラは女性として容姿を褒められることは少なかった。
例え容姿を褒められても社交辞令的なものが大きく本当に女性として扱ってくれる人物はいままでいなかったのだ。
だが、ジューゴは彼女にとって初めて自分の中にある女を感じさせてくれた相手であった。
女性として、女としての義務から逃げ続けたアスラが送ってきた人生で初めて抱いた感情。
――この人の子を産みたい、そして側にずっといたいという願望。
だからこそそんな感情が自分にあったという喜びと同時に、今目の前にいる思い人に拒絶された時の絶望を感じてしまい、結果傍から見るとぶっきらぼうな態度を取っているように見えるが内心はこうだ。
(どうしよう、どうしよう、めっちゃカッコいいんですけどー、ああ、こうして彼が側にいるだけで心臓の音がうるさくて仕方がない。もう、わたしをこんな気持ちにさせるなんてなんて罪深い人なんでしょう!)
当然であるが、アスラがそう考えているなどとジューゴが知る由もないため、彼からすればまだ体の具合がよくないと捉えてしまうのは仕方のない事である。
「じゃあ俺はそろそろ失礼させてもらう」
「え」
「それじゃあ早く元気になれよ、お前にはやるべきことがあるからな。じゃあアレクシアさん、俺はこれで」
「ええ、スムージー美味しかったです。良ければまた作ってくださいまし」
俺は二人にそう挨拶すると、目的の人物ヴォルフを探すべく医務室を後にした。
結果的に二人に餌付け(?)しただけだが、俺の中でアスラの髪を切ってしまった罪悪感は多少なりとも払拭で来た気がする……自己満足ではあるけどな。
このことがきっかけかどうか知らないが、後に彼女が残念な事になってしまうという事を今の俺はまだ知らなかった。
――そう、この時は、まだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ジューゴが医務室を後にした二人の会話。
「アスラ、あなた彼の事好きでしょ」
「なななにを根拠にそ、そのような事を!?」
「……すごく動揺してるじゃない、それに彼を見る貴方の顔が女の子の顔になってたのがいい証拠だわ」
「うぅ……」
「任せておきなさい、私が協力してあげるから。彼のスムーj……もとい彼をこの国のものにして見せる!」
「アレクシアお姉様……」
本当に任せて大丈夫なのかと、不安に駆られるアスラなのであった。
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