第91話



「知らない天井だな……」



 そう呟いて体を起こすと、そこはとある部屋の一室に設置されたベッドの上だった。

 豪華絢爛な家具と調度品が絶妙なコントラストを醸し出しており、ファンタジー風の中世チックな部屋だ。



「ああ、そうだった、城でログアウトしたんだったな」



 あれから国王との話し合いの後、一度ログアウトしたい旨を伝えると案内されたのがこの部屋だったのだ。

 ちなみにログアウトした後の俺の行動は、夕飯とトイレとお風呂を済ませ、次にログアウトした後は寝るだけの体制を作ってきた。



 今回この国で新たな面倒事であるゴブリンの大群が攻めてくるという問題を解決するために何をすべきか考えてみた。



 まず最優先すべきことは他のプレイヤーにこの事態を知らせ、できるだけ多くの人にギルドから出されるクエストを受けてもらうことだ。



 現状で二万という大群のゴブリンを俺一人でどうこうできる訳がないためこの選択は間違ってはいないだろう。



 しかもゴブリンが攻めてくると言われている二か月後、現実世界換算での約二週間後には最低でも七万以上に膨れ上がると予想される。



 幸いというべきか、不幸というべきか現在FAOにいるプレイヤーの数は三十万人なので、仮に半分の十五万人がクエストに参加してくれれば余裕で勝てるはずだ。



 それを踏まえてだが、プレイヤーに告知する前に手に入れておかなければならない能力がある……何か分かるかね?



 答えは簡単だ、それは――。



「〇ーラ的なものが必要だよな……」



 そう、町から町、村から村、拠点から拠点へ一瞬で移動することができる魔法、俗に言う転移魔法だ。

 某有名国民的RPGド〇ゴンクエ〇トでは【〇ーラ】という呪文がこれに該当したため、敢えて口に出して言ってみたのだ。



 恐らくこの世界にも一瞬で移動することができる転移の魔法か転移装置が存在しているはずだ。

 まずはその能力を修得しなければ始まらない。そこで魔法に詳しい人物に聞きに行くことにした。



「おい、クーコ」


「クゥー、クゥー」


「……」



 俺が寝ていたベッドの横で、足を折りたたみ寝息を立ててクーコが寝ていた。

 寝ている間は元の大きさより少し小さめの体になっているようで、今は小型の馬くらいの大きさをしている。



 起こすのはさすがに気が引けるが、このままここに置いていくわけにもいかないので起こすことにする。



「……ほい」


「……クエェ?」



 叩き起こすという鬼畜な真似はできないものの、少しいたずら心に駆られてしまいクーコの顔を両手で挟んだ。

 柔らかな体毛は指に力を入れると少し沈んでいき、とても気持ちの良い感触が伝わってくる。



 所謂もふもふというやつなのだろう、手触りのいい毛布を触っているかのような感触に指を動かす手が止まらない。



「起きたか、これから活動するがお腹空いてないか?」


「クックエー!? ……クェェェェェェ~~」



 自分の顔がもふもふされていることに気付いたクーコが驚きの声を上げるが、次の瞬間から目を細め気持ちよさそうな声で鳴いていた。

 しばらくクーコの顔を堪能した俺は、収納空間から目玉焼き丼とおにぎりを取り出しクーコと一緒に朝食を食べる。



 当然のようにクーコにお代わりを要求されたため、クーコが満足するまで食べさせた。

 クーコがお腹一杯になったところで、小さくなってもらい部屋の外に出た。



 部屋の外には誰もおらず、少し厳かな印象を受ける廊下が真っ直ぐ伸びている。

 俺は目的の人物に接触するべく、当てもなく歩いていくことにした。



 自分を客観的に見て俺は方向音痴じゃないが、だからと言って慣れない場所を迷いなく進んで行けるほど記憶力もない。

 幸いマップ機能で一度行ったことがある場所はマッピングできているので、最悪同じところをぐるぐる堂々巡りをするという愚行は避けられるはずだ。



 そう思いながらマップを頼りに進んでいると、常駐の衛兵とすれ違ったため声を掛けることにした。



「すまない、人を探している」


「これは! 勇者様、おはようございます、本日は――」


「堅苦しい挨拶は必要ない、それと俺は勇者じゃないから名前で呼んでくれ」


「は、はぁ……承知しました、ジューゴ様」



 まったく、この国の連中はどうして俺を「勇者、勇者」と連呼するのだ。本人が否定しているのに……。

 それも仕方のない事と頭では理解しているが、俺は勇者という柄じゃない。

 俺の今の立場と言えば不逞の輩といったところだ。



 昔の大魔導師の予言にある人物像とたまたま一致しているだけに過ぎないと俺はそう思っている。

 この国の貴族、特にあのはg……もとい、頭のお寂しい宰相あたりは俺を勇者とは認めていないだろう。



 俺が考えていることと同じ「偶然予言の人物像と一致しただけだ。貴様が勇者であるはずがない」とか考えてるはずだ。

 なんといっても宰相だからな奴は。いくら予言通りの人物でも完全に信じ込むようなお人好しが国のナンバー2にいることの方が問題であると俺はそう思っている。



 伊達にハゲてはいないのだ。

 あ、言っちゃった……コホン、今のセリフは聞かなかったことにしてくれ……。



「それで、人を探してるんだが、宮廷筆頭魔導師さんはどこにいるんだ?」


「ヴォルフ様でしたら、先ほどアスラ騎士団長がおられる医務室に向かわれたとお聞きしましたが」


「そうか、わかった、手間をかけて悪かったな」


「いえ、それでは私はこれで」



 そう言って俺に右拳を左胸に押し当てる仕草をしたあと、去って行った。

 この国の敬礼みたいなものかと考えたが、今はそんなことはどうでもいいという結論に至り俺はヴォルフが向かったという医務室に向かうことにした。



 その後、メイドや騎士、あるいは城に務めている文官などとすれ違ったが目的の人物は発見には至っていない。

 しかも人とすれ違うたびに仰々しい挨拶をしてくるもんだから目的の医務室に行くのにかなりの時間が掛かってしまった。



 一番時間が掛かった理由として、俺の姿を見つける度に「勇者、勇者」と宣ってくるのを俺は勇者じゃないと訂正させたためだ。



 この国の事はよく知らないが、あんまり人を信じすぎるのはよくないと思うんだが……そのうち詐欺師に騙されるぞ?



 そんなこんなでなんとか医務室にたどり着いた俺は、医務室のドアをノックする。

 数瞬ののち鈴を転がしたような色香を纏った声音で誰何の声を掛けられた。



「どちらさまでしょうか?」


「ジューゴ・フォレストだ、入っても構わないか?」



 俺が名乗ると同時に部屋の中がなにやら騒がしくなる。

 気配察知の効果で人数は二人しかいないとわかっているので、おそらくアレクシアとアスラ本人だろう。



 その後しばらくドアの前で黙って待っていると、中から「どうぞ、お入りください」と許可が出たので医務室に足を踏み入れる。



 清潔感のある部屋にはガラス棚に陳列された薬瓶や医療器具が置かれている。

 そして、真っ白なシーツが敷かれたベッドに上体を起こしたアスラがいた。



 騎士の鎧に身を纏っている姿ではなく、薄い桃色の絹の寝巻を着ており彼女に良く似合っている。

 彼女の様子を窺うと心なしか顔が赤く、しきりに髪を触る仕草をしている。



 そして予想していた通り、そのすぐ側に椅子に座ったアレクシアもおり、感情の読めない微笑みを浮かべている。



「これはこれは、勇者様おはようございます。本日は――」


「堅苦しい挨拶はいい、それと俺は勇者じゃないので次からは名前で呼んでくれないか?」


「カッコいい……」


「……?」



 今日何回目の「本日は〇〇」を聞かされ、すぐさま挨拶は不要だという事と、勇者と呼ばないでくれという内容を伝える。

 アスラが何か小声でつぶやいたようだが、音量が小さすぎたため何と言っていたのかまでは聞き取れなかった。



 俺は余っていた椅子を引っ張り背もたれをアスラの方に向け、そこに体を預けるようにして寄り掛かる。

 そして、背もたれに組んだ両腕を置きその上に顎を乗せた状態でアスラに問いかける。



「それで、もう体はいいのか?」


「うぇ、あの、しょの、ええと……」



 彼女と知り合って間もないが、そんな俺でも分かるくらいにアスラは動揺していた。

 俺が不審に思い、どうなっているんだとアレクシアに視線を向けたところで、彼女がその視線に答えるように口を開く。



「実のところ、アスラの身体の調子はまだよくありませんの、ゆうsh……ジューゴ様に最後に見舞った攻撃のダメージが尾を引いているようで、熱が出てしまっておりますの」


「そうか、それは悪いことをしたな、すまん」


「っ!? にいさm……き、貴殿が謝ることはない。私も全力を尽くした結果によるものだ、悔いはない」


「そう言ってもらえると、こちらとしても助かる。熱があるという事だが、寝ていなくても平気なのか?」



 俺は椅子から立ち上がりアスラの傍まで近寄り、おでこに手を宛がう。

 一般的に良く使われる検温方法なのだが、何故かアスラから驚きの声が上がる。



「じゅじゅ、ジューゴどのぉぉおお! な、なななにをしているのだ!?」


「アスラの熱を測っているだけだが? それにしてもひどい熱だ、起きているのは辛いだろ、寝てろよ」



 俺はアスラのおでこに宛がっていた手を、彼女の両肩に添えるとそのままベッドの方へと力を加えた。

 彼女の上半身がベッドの方へと傾いてくが、それは彼女の自身によって阻まれてしまった。



「だだだいじょう、ぶだ! し、心配ないから、き、気にしないでくれ!!」


「でも寝てないと治るものも治らないぞ?」


「この状態の方が楽なのだっ、だからこのままでいい!」



 本人がそう言っているのだから、俺としてはこれ以上なにも言えない。



 アレクシアは俺とアスラのやり取りをただ微笑んで見ていた。

 何となくだが、その笑みに含みがあるような気がしたが、あまり気にしても仕方ないと気にしないことにする。

 


 俺のせいでこうなったというのなら、少しでも彼女のために何かしてやりたいと思った俺は何の脈絡もなく質問する。



「ところで、今食欲はあるか?」


「え? 食欲? そうだな……あまり食べたくはないな」


「だが、早く治すためには少しは食べないとダメだ。よし、俺に任せとけ」



 彼女の答えを聞かずに俺は収納空間から調理器具を取り出した。

 意図せずしてジューゴ・フォレストのクッキングタイムが始まるのだった。

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