幕間「三人の兄妹弟ととある掲示板の住人たち」



 ドゥーエチッタの大広場に一人の男性が佇んでいた。

 鮮やかな短めの金髪にサファイアを直接目にはめ込んだかのような宝石のような碧眼を持つ精悍な顔立ちの青年だった。

 年の頃はジューゴよりも少し年下で十代後半くらいたが、彼の纏っている雰囲気がどうしてもジューゴよりも年上だと錯覚させる。



「……まったく、あいつはどこをほっつき歩いているのだ」



 両腕を組み仁王立ちで顔を顰めながら、貧乏ゆすりをしている男は傍から見るとあまりお近づきになりたくはない種類の人間だった。

 行き交う人々もそれを理解しているのか、彼に対し一瞥するだけですぐに視線を逸らしその場を去っていく。



 どうやら誰か人を待っているらしく、時折きょろきょろと視線を巡らせながら眉間に皺を寄せぶつぶつと何か呟いていた。



「トウヤ様ぁー」


「遅いぞ、コータ! 一体どこをほっつき歩いていたんだ!!」


「も、申し訳ありません! 人が多いのはどうも苦手で……」


「そんな事よりも奴は見つかったのか?」


「そ、それは、その……」



 彼が待ちわびていた赤い髪の黒目の若い男がやってきた。

 年の頃も金髪碧眼の彼と同年代で柔和でおっとりとした雰囲気はどこか人懐っこい犬を連想させる。

 金髪の男の名はトウヤと言い、赤髪の男はコータというらしい事が彼らの会話の内容で伝わってくる。



 どうやらトウヤはコータに人を探させていたらしく、しきりに人探しの結果を催促してくる。

 だがしかし、コータが持ち帰ってきた結果は彼の態度から察するにどうやら芳しくない雰囲気を孕んでいた。



「も、申し訳ありません、見つかりませんでしたっ!」


「な、なんだと!? 何も成果がないままおめおめと俺の元に戻ってきたと言うのか!!?」


「申し訳ありません、これだけ人が多いと、一人の人物を見つけ出すのは流石に難しく――」


「そんなのただの言い訳ではないか! 俺はお前に奴の居場所を突き止めて来いと命令したはずだ。お前は黙ってただその命令に従っていればいいんだ!!」



 この二人の会話だけを聞いていれば、トウヤがかなり傍若無人な人物だという印象を受ける事だろう。

 ただそれは、あくまでも二人の関係が対等な立場だった場合という条件が付く。



 この二人の関係は、平たく言うと【主人】と【従者】という立場になる。

 トウヤはどこぞの大企業の御曹司であり、将来は父親の跡を継ぎ会社を経営することを宿命付けられた跡取り息子だ。



 一方コータは、トウヤの家に代々従者として仕えている家の家系で、幼い頃からトウヤに仕え十年以上に渡って苦楽を共にしてきた専属の従者であった。

 その事を理解している人間が今の二人を見れば、トウヤのコータに対する傲岸不遜な態度も頷けるものではないだろうか。



「お前が見つけられなかったというのであれば仕方がない。掲示板で書き込まれていた監視者の情報では奴が始まりの街を出てまだそれほど時間が経過していないらしいからな。街を出てこのドゥーエチッタに直行すれば、もうそろそろ到着してもいい頃合いだと思っていたが……当てが外れたな」


「トウヤ様は少しせっかちなところがありますからね、あの方にはあの方の都合というものが――」


「う、うるさい、コータの癖に生意気だぞ!」


「も、申し訳ありません……」



 昔からの付き合いからくる経験で彼の人となりを知っているため、時折コータは家族ですら知らないトウヤの短所を巧みに突いてきたりする。

 トウヤ本人にとってそれが嬉しくもあり、同時に悔しくもあるというのはコータの預かり知らぬことではあるのだが……。



「とりあえず、俺たちは奴が来るまでこの街で待機だ。下手にこちらから動いてすれ違いになっては溜まらんからな」


「畏まりました。じゃあトウヤ様、あの方が来るまでこの街を探検しましょう!」


「は? お前はまたそんな子供みたいなことを……」


「何を言ってるんですか、俺もトウヤ様も未成年……子供ですよ?」


「ぐっ……」



 確かにトウヤもコータも社会的には未成年と言う部類に入る年代だ。

 だが、家の後継ぎとして早く大人になる必要があったトウヤにとって、自分の事を子供と言ってくるコータの無垢な評価をどこかむず痒い思いで受け止めていた。



「まったく、お前はお気楽でいいよな」


「何を言ってるんですか、トウヤ様の従者としてこの命尽きるまで誠心誠意お仕えいたします」


「……」



 見てを胸に当てながら恭しく一礼する様は、まさに従者としての所作に相応しい振舞いに思わず目を見張るトウヤ。

 それを悟られないようにふんと鼻を鳴らすとどこへともなく歩き出す。



「トウヤ様、どちらへ?」


「……探検に行くのだろう? ついてこいコータ」


「……畏まりました。このコータ地獄の果てでもお供いたします」



 その返答に心の中で顔を綻ばせると、誰にともなく呟いた。



「待っていろ、必ず見つけてやるからな……ジューゴ・フォレスト」



 そう呟くとトウヤはコータを伴い、街の散策へと繰り出すのだった。






 所変わって、同時刻……。



「アヤカお嬢様、どうやらこの街にジューゴ・フォレストはいないようです」


「そのようね……」



 トウヤとコータがFAOにおいて時の人となりつつある渦中の人物ジューゴ・フォレストを探し求めていた頃、始まりの街でも彼の姿を探す二人組の女性がいた。

 一人は艶やかな赤い長髪の女性で年の頃は二十代前半、女性として均整の取れた身体つきは世の男性を魅了するに足りる色香を放っている。

 彼女の名はサヤ、鉄で作られた甲冑風の軽鎧を身に纏う様はどこぞの国の騎士を彷彿とさせる。



 そしてもう一人は、こちらも艶のある長い金髪を両サイドで結わえている俗に言うツインテールの髪型にトウヤと同じ碧眼を持った人物。

 年の頃は中学生くらいに見えるのだが、実際は高校生二年生である。

 少し低めの背丈に、まだまだ発展途上を思わせる慎ましい胸の膨らみだが、体つきは女性としての丸みを帯びており十年後が楽しみだという感想を抱かせる女性だ。



「申し訳ありません、私がもっと掲示板の情報に目を向けていればすれ違いにならずに済んだかもしれません」


「気にしてないわ、このゲームにログインしている限りいつか出会えるし、よく言うでしょ“急いては事を仕損じる”って」


「さすがはアヤカお嬢様、博識でいらっしゃる」



 自らの失態をなんとかごまをすって回避することに成功したサヤは話題を変えることにした。



「それにしても人が多いですね。イベントとはいえこの数は参ってしまいます」


「これも人の性というものなのかしらね。ところで、聞いてるかしら? お兄様もジューゴ・フォレストを探しているらしいわよ」


「トウヤ様も? ということはコータには負けられませんね!!」



 ちなみに彼女たちの関係もまた【主人】と【従者】のような関係であり、サヤとコータの関係は実の姉弟なのだ。

 サヤは小さい頃から、弟であるコータの手本であり続けなければならない、良き姉でいなければならないと思い込んでおり時折それが暴走してしまうことがあった。



 基本的には人畜無害な彼女だが、弟のコータが絡むと冷静な判断ができなくなってしまう、所謂【ブラコン】なのだ。



「そうね、お兄様よりも先にジューゴ・フォレストを見つけ出さなければならないわ、でも少しだけショッピングしましょ」


「畏まりました。どこへなりともお供いたします!」



 その後数時間のウインドウショッピングを楽しんだ彼女たちは、ジューゴ・フォレストを探し出すため彼が次の拠点にしようとしている【ドゥーエチッタ】へと旅立つのだった。






 さらに所変わって、兄と姉がジューゴの足取りを追っている時に末の弟が何をしていたのかと言えば……。



「たあー」



 気合の籠った声と共に剣の横薙ぎをスライムに一閃すると不定形の体は横真っ二つで別れて動かなくなった。

 現在彼がいるのはオラクタリア大草原とドゥーエチッタの中間地点にある【ベスタ街道】という場所にいた。



 彼の名はキズナと言い、現在進行形でジューゴ・フォレストを探し求めているトウヤとアヤカの弟だ。



 年の頃は中学生くらいで、トウヤやアヤカと同じ金髪碧眼の持ち主でもあるが、二人と比べてどこか柔和な雰囲気を纏ったおとなしい地味な印象を受ける。

 毛先がうなじに掛かるくらいまで伸びた髪を切り揃えた、所謂ショートボブという髪型をしており、その顔立ちは整っていて男とも女とも取れる中性的な顔をしている。

 声質も声変りが始まっていないのか、高めで女の子のように鈴を転がしたような声音をしている。



 体つきも筋肉量が少なく、若干丸みを帯びているため女の子と間違えても仕方がないほどの美少女然としていた。



「ふぅー、ようやく倒せた。……でも、まだまだ先は長いや。僕があの人のように強くなるにはもっと修行しなきゃ!」



 握った両の拳を胸の前に持ってくるといういかにも少女がやりそうな仕草をさりげなくナチュラルにできてしまうほどに美少女美少女しているという事を彼は気付いていない。

 だがそんな彼……いや彼女(?)に声を掛けてくる者がいた。



「おい、そこの……お前」


「え?」



 振り返るとそこにいたのは無精ひげを生やした冒険者風の恰好をした男剣士とゆったりとした魔法のドレスを身に纏った女魔法使いの二人組がいた。

 何事かとキズナが戸惑っていると、男が不躾な態度を取ってきた。



「ここら一帯は俺らの狩場なんだ。悪ぃが嬢ちゃんここから離れてくれねぇか?」


「えっ? いや、あの、その……」



 元々内向的な性格であった彼はあまり人付き合いがうまくないため、男の態度に戸惑ってしまう。

 一方女の方と言えば……。



「嬢ちゃんじゃなくて、坊やよ。この匂いは間違いなくショタの匂いだわ……」



 そう言いながらヒクヒクと鼻をヒクつかせ匂いを嗅いでいた。

 彼女の言葉に自分が相手の性別を間違えていたことにバツの悪い顔をしながらも改めて警告する。



「野郎だったのか、まあいい、とにかくここは俺らの狩場なんだ。どっかよそへ行ってくれない――」


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 男が最後まで言い終わる前に突如として男のものと思われる叫び声が木霊する。

 声の発生源に視線を向けると、剣を構えながらモンスターの群れに向かって突進していくプレイヤーの姿があった。

 そのプレイヤーを追いかけるようにもう一人男がいた。



 追いかけている男は白い外套を身に着け、片眼のモノクルを目に掛けたシルクハットを被る貴族風の男だった。



「待て、待つんだニコルソン! 逝くな、逝くんじゃない!!」


「止めてくれるな、伯爵! 男には負けるとわかっていても戦わなければならない時が――」


「だから、負けることを前提としている男が、そのセリフを吐くなと何度言えば分かるんだ! まだ間に合う、戻ってこい!!」


「この俺に後退はない、あるのは前進玉砕のみ!!」


「ニコルソおおおおおおおおん!!!」



 いきなり若手お笑い芸人のミニコントが始まったかのような展開にキズナも二人組の男女もその場から動けずにいた。

 ニコルソンと呼ばれた男の装備は明らかに最初に支給される初期装備であり、とても性能がいいものとは言い難い。



 そして、彼が突っ込もうとしているモンスターの群れは少なくとも十数匹はいる中規模のものでとてもソロで殲滅できるものではなかった。



 それから孤軍奮闘し、なんとか二匹を討ち取ることができたものの、残りのモンスターからタコ殴りにされあと一撃で死ぬ状態となったとき、偶然にもモンスターの攻撃の勢いで体の向きが変わり、伯爵と呼ばれたプレイヤーと向き合う格好となった。



 彼は仲間のプレイヤーに悟りを開いたような顔を向け、親指を突き立てる仕草サムズアップをしながらなんの恥ずかし気もなく言い放った。



「あいるびーばっぐ!」



 次の瞬間、スライムの何の変哲もない体当たりによって彼の体は光の粒となって消え失せた。

 それを目の当たりにし残されたプレイヤーは顔を顰めながら舌打ちをして吐き捨てるように呟いた。



「何が“あいるびーばっぐ”だ、バカヤロウ。そもそもお前が死んで迎えに行くのはいつも俺の方じゃねえか……」



 彼の仲間が死んだことによりその場に重苦しい何とも言えない空気が流れる。

 そんな状況でその場にやってきた人物がいた。



「はあ、はあ、伯爵殿、ニコルソン殿は?」



 黒装束を身に纏った忍者風のプレイヤーが項垂れる彼に問いかける。

 問われた男はただ力なく首を左右に振るだけだったが、彼の問いの答えとしては十分だったようで小さく頷いた。



「間に合いませなんだか……とにかく伯爵殿、ニコルソン殿を迎えに行きましょう」


「わかりました半蔵さん。あいつめ、戻ったら説教だ……」



 そう言いながら二人のプレイヤーはドゥーエチッタの街に戻っていった。

 あとに残された三人の間には、形容し難い気まずさが漂い、誰ともなしに苦笑いを浮かべることしかできないのであった。





【作者のあとがき】



 お疲れ様です。こばやん2号です。

 第八章もつつがなく終わりました。それにしてもニコルソンは憎めないですね(笑)

 実のところ地味にニコルソンのファンと言う方がいたりするんですが、実は作者的には意外だったりするんですよね。

 彼が日の目を見る日は来るのでしょうかね?



 最近はアルファポリスでのお気に入り登録数が伸びてきており、感謝感激でございます。

 小説家になろうのブックマーク登録数、評価数は伸び悩んでおりますが、PV数は申し分なく日々のモチベーションに繋がっております。



 次回第九章はいよいよ活動拠点をドゥーエチッタに移したジューゴの活動に焦点を当てていきます。

 新たな工房での出会いに、女性陣による熱烈なアプローチ、さらには今回の幕間で登場した三兄弟による絡みといろいろ考えております。



 益々以ってまったりのんびりプレイができなくなっていく彼とその目まぐるしい日々の流れをご期待ください。

 それでは第九章お楽しみに。

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