第九章 新たな拠点と新たな面倒事の予感

第74話

 


 とある一幕……


「なあ、お前俺を乗せて走れるか?」


「クエェ? ……クエクエクエクエクエ?」

(なに? ……ご主人様を乗せて走れるかだと?)


「できるか?」


「クエ、クエクエクエ! クエクエクエクエクエ!!」

(いいだろう、ならば見せてやろう! この最速と言われたクエックである私の走りを!!)



 ――数十秒後。



「ぎゃあああああ! 早すぎっ、ク、クーコ! もっとスピード落としてえええええええ!!」


「クエック、クエクエ!」

(クエックは急に止まれない!)



――――――――――――――――――――――――――――――――





「はあ、はあ、はあ……し、死ぬかと思った」


「クエー?」



 額に脂汗を滲ませ膝に両手を乗せて地面に視線を落としながら、独り言ちるのは……そう俺です。

 何があったか聞きます? 聞きたいですよね? 分かりました話しましょう。



 まあ大体予想内の出来事なのだが、あれからベルデの森にいた俺は次の拠点とする街であるドゥーエチッタに向かおうとしていた。

 そして、そこで新たに仲間になったクエックことクーコに聞いてみたのだ、「俺を乗せて走れるかと?」



 この時点でもう予想できるだろうが、元々クエックというのは走ることに特化している魔物であり、現実世界で近い動物を例にとるなら【ダチョウ】に近い生態をしている。

 羽は進化の過程において退化し、飛べなくなっている代わりに“走行する”という一点においてクエックと比肩する魔物は少ないと言っても過言ではなかった。



 そんな生態を持つ魔物に「走れるか?」と問いかけることは、クエックという魔物にとって、どうやら屈辱以外のなにものでもないらしくその後俺がどうなったのかについては割愛するとして、結果的には冒頭のような醜態を晒すことになってしまったのだ。



「クエックエックエッ!」



 まだまだ走り足りないぞと言わんばかりに胸を張るクーコに握った拳を頬にめり込ませながらぐりぐりと押し付けてやった。

 これを人にやったら間違いなく痛いはずなのだが……。



「クッ……クエ~~」



 どうやら痛いことは痛いらしい。

 何故かは皆目見当がつかない事なのだが、頬を赤く染めながらどこか嬉しそうなのが謎だった。



「お前次走る時はもう少し加減しろよ?」


「クエッ!」



 羽を器用に顔の横に持ってくると俺に対し敬礼する。

 まったく、調子のいい奴だ。そう思いつつも首のあたりをもふもふと軽く撫でると、目を細めて気持ちよさそうにしている。

 そして心なしか、顔が赤くなっている気がするのは何故なのだろうか?



 というわけでベルデの森からドゥーエチッタの街の手前までほとんど瞬間移動と言ってもいいほどのスピードでやってきた。

 いや、ここは敢えて“やってきてしまった”という表現にしておこう。またあのスピードで走られても困るしな。



 とにかくこいつの背中に乗るのはしばらくごめんだ。

 話を進めるが、現在俺とクーコの一人と一羽はドゥーエチッタの門の十数メートル手前の場所にいる。



 そして、先ほど俺たちはとんでもないスピードでこの場所までやってきたため、門を守る門番に奇異な目を向けられている状況なのだ。

 このまま門に向かえばほぼ間違いなく止められるだろうが、今更どう繕ってもごまかしようがないのだ。



「はあー、しゃあない。腹くくって行くか……」


「クエー?」


「お前は暢気な奴だな。誰のせいでこんな状況になってると思ってんだ?」



 そうクーコに悪態をつき、二度目のため息をつくと覚悟を決め門の方へと向かった。

 だが門番の反応は俺が予想していたよりも軽いものだった。



「よぅ、相変わらずクエックの脚力はすげぇな?」


「……その割にはあんまり驚いていないように見えるが?」


「まあな、クエックが走り屋だっていうのは世界の常識ってやつだし、そういう生きもんだって分かってれば、存外受け入れられるもんだぞ」


「そういうもんかね」



 人というのは自分の今までの常識の範囲内にある出来事しか信じることができない生き物だ。

 そして、この世界の住人であるNPCにとって先ほどのクエックの走りは常識の範囲内にあるものなのだろう。

 もっとも、プレイヤーである俺からすれば常識外なのだがね……。



 ジューゴは自分自身が常識外の強さを持っている事を棚に上げた。

 今この場にハヤトやレイラがいたら「おいおい」と間違いなくツッコミを入れていただろう。



 そんなわけで門番とは何の問題もなかったわけだが、さすがにクエック自体魔物なので街の外で待つ事になるわけだが、これにクーコが拒絶を示した。



「クエッ、クエクエクエクエクエクエ!!」



 器用に羽を俺の腕に絡ませながら首を激しく横に振り自分も一緒に行きたいと懇願してくる。

 それを哀れに思った門番が俺にある提案をしてきた。



「兄ちゃん、良ければこれを買わねぇか?」


「……これは?」



 そう言って門番が取り出してきたのは、首輪だった。

 直径が四十センチほどの大きさのもので、丁度クーコの首にぴったりと入るサイズの物らしい。



「こいつは【従魔の首輪】つってな、本来は凶暴な魔物を大人しくさせるために使うもんだが、大人しくても身体が大きすぎて街に入れない魔物なんかの身体を小さくできる便利なもんだ。兄ちゃんみたいに大きい魔物を連れてるのは珍しいんだが、その時用にこれが役に立つってわけだ。どうする?」


「高いのか?」


「100000ウェンだ」


「なるほど、確かに高いな」



 ってか、高すぎだろっ! ゲッケイジュの買い取り金額の相場じゃねえかよっ!

 まあ高いといっても他のプレイヤーやNPCの目線から見ればの話だが……。

 現在俺の所持金はフリーマーケットの売り上げのお陰で150万ウェン以上あるので、全財産の10%程度を失うくらいはどうという事はないが、金銭的な問題ではなくそれ以外に問題がある。



 どうもこの【従魔の首輪】というのは、連れている魔物を奴隷のように見ている気がしてどうも気に食わないのだ。

 クーコは俺の仲間ではあるが、奴隷ではない。だからこそクーコにこの首輪を付けることに若干の抵抗があった。



(クーコ本人に聞いてみてからだな。それ次第では諦めてここで待っててもらうしか……)



「クゥーエッ!」


「ってそんなあっさり!?」



 俺がクーコに確認を取る前に俺が持っていた首輪に自らの首を持っていき、無理くりに首輪を嵌めた。

 それから首をこちらに見せつけるようにしてくると「どうだ似合っているか?」と言わんばかりに首輪を強調してくる。



「あー、兄ちゃん。これは買い取りってことでいいんだよな?」


「……そうだな、じゃあ買うわこれ」



 どことなく釈然としないが、クーコ本人がいいというのならば俺がとやかく言うつもりはない。



 この時のジューゴは知らなかったが、クーコが首輪を自ら嵌めに行ったのは「ご主人様から初めてのプレゼントだ! ヒャッホー」とテンションが上がっていたからだった。

 仮にジューゴが懸念していた内容をクーコに聞いていたら「クーコはもうご主人様のモノだよ?」と小首を傾げていたことは言うまでもない事だろう。



 これでクーコが街に入る問題も万事解決し、クーコが首輪を使って小さくなると一人と一羽はようやく街の中へと入っていった。

 ちなみに現在のクーコの体の大きさは、二十センチくらいの大きさとなっており俺の肩に止まっている。



 どうやらこの首輪は、身に着けているクーコの意思でも元の体の大きさに戻ることもできるようだったので、元に戻す選択権は彼女に一任することにした。



 改めて、ドゥーエチッタの街の景観を見てみると、基本的な建物の構造は始まりの街と同じく、石レンガ造りや木造が多く雰囲気としてはヨーロッパの街並みを彷彿とさせる。

 プレイヤーの数はまばらで、比較的にNPCの比率が多かった。おそらくイベントの影響で始まりの街に出稼ぎに行っているのだと結論付ける。

 

 

「さて、まずは宿の確保だな」



 そう呟きながら、小さくなったクーコをひと撫ですると俺は宿を探し求めて大通りを真っすぐ進んで行く。

 この時、後ろから付いてきている小さな影があるとも知らずに……。

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