第70話
「こりゃーこりゃー、有名人のお出ましだ」
顔をニヤつかせながら、工房の主は第一声を放った。
久しぶりに会った彼は相変わらずのようで、その姿に少しほっとした。
いつものように作業員たちが汗水たらして仕事に励んでいる中、それに混じって作業している生産プレイヤーの姿があった。
この数週間で生産プレーヤーの数も増加し、最初は俺一人しかいなかったこの工房にも数名のプレイヤーが出入りするようになっていた。
作業に没頭する者もいれば、俺に気付いて遠巻きに見ている者など、最初の頃とは比べ物にならないほどに活気がある。
ちなみに工房に来る途中に感じた視線は俺が工房の中に入ると鳴りを潜めた。
どうやら俺が工房から出てくるのを外からじっと待っているといった様子で、今は嫌な視線を感じない。
「有名人はやめてくれよ親方、そういうのあんまり好きじゃないんだからさ……」
「へへっ、久しぶりだな兄ちゃん、今日はどうしたんでぃ?」
「ああ、実は……」
俺は諸々の事情を話し、この街を出ることを彼に告げた。
親方も俺の名が知れ渡った時点でこうなることはわかっていたらしいが、それでも残念そうな顔を浮かべていた。
「……そうか、俺としてはもっと兄ちゃんと鍛冶仕事したかったが、まあそういう事ならしゃあねぇな。寂しくはなるが、元気でな」
そう言うと右手を差し出して握手を求めてくる。
親方の手は鍛冶仕事の最中だったため汚れていたが、それを気にするのは無粋だと思い彼の手を握った。
ごつごつとした固い手だったが、どこか温かみがあって何となくホッとする。そんな気分にさせる手だった。
「まあ、これで会えなくなるわけじゃないし、時間ができたらまた顔を見せに来るさ……」
「そうだな。……よぉ、いつもみてぇになんか作ってくか?」
親指でいつも使っている俺の指定席である作業場を指差しながら尋ねてくる。
その問いに首を横に振り、今まで世話になった礼を告げる。再会の約束を交わすと、俺はいつもの給仕室へと向かった。
給仕室のドアの前まで来ると人の気配を感じたため、ドアに埋め込まれているガラス張りの小窓から中の様子を窺う。
どうやら変わったのは工房だけではないようで、中には二人のプレイヤーが料理をしていた。
料理人の職を取得して日が浅いのか、覚束ない手つきで調理の練習をしている。
鍛冶職人だけでなく、他の生産職のプレイヤーも増えてきている事に少しばかり嬉しさを感じながら、邪魔にならないよう俺はその場を後にした。
その後、何人かのプレイヤーが弟子にしてくださいと志願してきたり、鍛冶のコツなどを聞いてきたので、それを教えたりした。
もちろん弟子志願者は丁重にお断りした。
(……うん? 視線の数が減ったな、俺の武器目当てのやつがいなくなったか?)
どうやらここまで感じていた視線のいくつかは、俺の作った武器をその場で買い取るのが目的だったようで、俺が工房で何もしないのを確認したため、いなくなったのだと結論付ける。
「それにしても給仕室で料理できなかったのが、悔やまれるな。食堂かどこかで調理させてくれる場所ないかな?」
そう独り言ちりながら、老若男女が行きかう雑踏をしばらく歩き続ける。
ちなみに視線の方は、相変わらず一定の距離を保ちながら付いてきているようだ。
そのまま五分ほど歩いた所に、ちょっと小洒落たオープンカフェを見つけた。
外から店内を観察すると、どうやら軽食を作るための調理場が設けられているようで、奥の壁にフライパンや鍋が立て掛けられているのが見える。
(頼んだら、キッチン使わせてもらえないかな? ……聞いてみるか)
“「思い立ったが吉日」ならその日以降は全て凶日”と某グルメ漫画の主人公も言っている。
別の言い方をするなら、「明日やろうは馬鹿野郎」である。
意を決し、カフェの店内に入る。
ダークブラウン系の色を基調とした落ち着いた雰囲気の内装に、橙と白の明るいコントラストでコーディネートされた制服を着たウエイトレスとの色合いがとても映える。
時刻は昼の午後三時三十分を過ぎた辺りで、客足も緩やかだったため店員にも声を掛け易かった。
「あのー、すいません」
「いらっしゃいませー、テラス席、店内席どちらをご利用になられますか?」
「いえ、あのー、客じゃなくて、この店の調理場をお借りできないかと思いまして……」
「は、はぁー、……少々お待ちください」
俺の要求に怪訝な表情を浮かべつつも、店の責任者に掛け合ってくれた。
ちなみにもちろん店員は女性で、二十代中頃の眼鏡がよく似合う綺麗系お姉さんだった。
それからしばらくして、店の店長らしき人がやってきた。
最初に声を掛けた店員と同じ内容をその人にも伝える。
「分かりました。どうぞお使いください」
「ありがとうございます」
短いやり取りだったが、最初に見つけた店で調理場を借りられたのは僥倖だった。
店員の案内に従い、調理場へと案内してもらう。
「それでは用が済みましたら、一声お掛けください。それからできるだけ汚さないようにと店長が言っておりましたので、その旨よろしくお願いします」
「分かりました、ありがとうございます」
それだけ伝えると、眼鏡のお姉さんは店の仕事へと戻っていった。
短いスカートからちらりと見える、ムチムチの太腿と共に……。
閑話休題、さっそく料理を作っていくとしよう。
一先ず、時間を節約したいので【時間短縮】を使って、おにぎり、ハーブステーキ、目玉焼き丼、クッキーを一定数調理していく。
一度ちゃんとした手順で調理すれば、あとは時間短縮で完成品がすぐにできるので、必要な材料を揃えるだけで済む。
もちろん新たな料理を生み出す場合は、一つ一つの手順を消化する必要はあるがな……。
「今回は新たな料理に挑戦してみるか」
まず収納空間から新たに購入しておいた取っ手付きの焼き網を取り出す。
よく七輪で魚や餅を焼く時に使用するものだ。
もちろん網だけでは調理できないので、七輪も出しておく。
ちなみにこの道具たちは空いている時間を見つけて、念のために買っておいたものだ。
七輪を手に入れた時に同じく買っておいた炭を入れ、火を起こすため火打ち石を探そうとしたが、探し始めて数秒である結論に至る。
(魔導師の職取ったんだから、火の魔法で着火できんじゃね?)
早速やってみた。
右手に意識を集中し、卓球のピンポン玉くらいの大きさをイメージする。
イメージ通りに火の玉が発現し、メラメラと燃え盛っている。
俺はその火を七輪の炭の上に落としてやる。
すると火が炭に燃え移っていき、数分で赤々と熱せられていった。
その熱気漂う七輪の上に先ほどの網を置き、これで調理の準備は完了だ。
……ああ、言い忘れていたが、今回何を作るのかと言うと……【焼きおにぎり】だ。
白い米で握ったおにぎりも美味いが、香ばしい醤油の香り漂う焼いたおにぎりもまた格別ではないだろうか。
しかも通常のおにぎりにはないあの焦げ目、焼きおにぎりと言えばあの焦げ目と言っても過言ではない。
だからこそ……いや、それ故に俺は今から焼きおにぎりを作るのだ。
ていうか正直に言えば、食べたい。料理を作る理由なんてそれだけで十分だ。
「まあ、焼きおにぎりを料理という部類に入れてもいいのかという疑問も浮かばなくもないがな……ははっ」
それを言い出したら、元のおにぎりも料理の中に入れていいのかということになるので、そこは突っ込まないようにしよう。
さて、新しい料理と言っても元のおにぎりに手を加えるだけなので、厳密には新しい料理というよりも「元あった料理の違う味」という表現の方が適当だろう。
まあ能書きはこれくらいにして、作っていこうじゃないか。
調理法も至ってシンプル、先ほど作ったおにぎりを網の上に乗せ、焦げ過ぎないように表面を焼く、ただこれだけだ。
おにぎりを網の上に乗せ、しばらく様子を見る。
時間にして、約七秒ほどそのまま焼き続け、反対にひっくり返す。
反対側も同じ時間加熱し、表面だけを焼いていく。
ある程度の焦げ目がついてきたら、表面に醤油を塗っていくのだが、ここでもあらかじめ手に入れておいた未使用の刷毛を使っていく。
こんがりと焼けたまるで小麦ギャルという名の焼き色のおにぎりにこれまた茶色の醤油という名のファンデーションを塗りたくる。
一昔前に流行った【ヤマンバメイク】を思い出しながら、ムラができないないように塗る。
塗った醤油が滴となって炭に滴り落ち、“じゅー”という効果音と共に醤油の香ばしい香りが鼻腔を擽る。
その匂いを脳が感じ取ってしまい、途端に口内が唾液で溢れかえり、そのあまりの量にごくりと唾を飲み込む。
塗っては焼き、焼いては塗ってを数回ほど繰り返し、純白だったおにぎりがまさしく小麦色へと変貌を遂げた。
そして、さらに過熱させ焦げ付かないように注意しながら、頃合いを見計らって網から皿へと移した。
ちなみに鑑定の結果はこうだ。
【焼きおにぎり】
おにぎりに醤油を塗りながら焼いたもの、めっちゃうまい。
「だから、なんでやねん」
鑑定士のレベルが低いためではあるのだろうが、もう少しマシな鑑定してくれよ……。
今度は鑑定しないで、詳細情報で見ることにした。それがこちら。
【焼きおにぎり】
七輪と網を使って、おにぎりを焼きながら醤油を塗ったもの。
普通のおにぎりよりも香ばしい香りが漂い、食欲を刺激する。
製作者:不明 レア度:三等級(星三つ)
……鑑定スキルよりも詳細な情報だな。
だが、これも鑑定士のレベルが上がればそのうちもっと詳しい詳細が見れるようにはなるだろうがな。
とりあえず、試作品として焼きおにぎり第一号が完成した。
では、さっそく頂くとしようじゃないか。
「いただきます」
できたてなので、火傷しないように注意しながら口に運ぶ。
「はふっ、はふっ」
口に入れた瞬間、表面はぱりぱりとした食感で中はふわっとしている。
アツアツだったため、ハフハフしながら食べたが、それがまた美味しさを増長させるスパイスとなっていた。
醤油の風味が口から鼻へと突き抜けていき、何とも言えないハーモニーを奏でている。
某グルメリポーター風に言うなら「味のオーケストラ楽団やぁーー!」だ。
だが、焼き加減はもう少し焼いてもいいのと、醤油の濃さももう二回ほど多く塗ってもいいかもしれない。
その後、何回か試行錯誤を重ね、現時点で最も美味とされる焼き加減と醤油の塗り回数を導き出した。
最後確認として、出来上がったものを頬張り満足のいく出来栄えとなったため、これで焼きおにぎりは完成とした。
そして、一度完成品を調理したため残りは【時間短縮】を使って量産した。
目の前には完成された五十個ほどの焼きおにぎりが皿に盛られている。
「よし、これで完成だな」
そう呟くと、なにやら後ろから物凄い視線を感じたので振り返ると、そこには涎を垂らしたプレイヤーたちがカフェの店内から覗き込んでいる姿が目に飛び込んできた。
しかもその人数は優に三十人以上はいるだろうか、元々店にいた客と後からやってきた客とで店内はごった返している。
「な、なんじゃあこりゃー!?」
思わず、そう叫んでしまったが、とある一人のプレイヤーが代表して俺に聞いてきた。
「なあ、それって売りもんなのか? 売りもんなら売って欲しいんだが……」
「え? まあ、フリーマーケットに出す料理だけど……」
「頼む、今すぐここで売ってくれ!!」
その言葉を皮切りに「俺も」「私も」と「売ってクレクレコール」が始まってしまった。
なんでこんなことになっているのか、最初に口を開いたプレイヤーに聞いてみると。
「このカフェを通りかかったら、すげえいい匂いがしたんで、中に入ったらアンタが厨房で焼きおにぎりを作ってたっていう訳だ」
「な、なるほど……」
それから口々に「あんな匂いを嗅がされたら、日本人なら誰でも反応するわ」だの「さすがジューゴ・フォレスト」という感想を述べ出した。
その後店長に許可をもらい、ちょっとした露店販売会が始まった。
最終的に作った焼きおにぎり五十個では足りず、カフェの調理場で作ったおにぎり全てが焼きおにぎりに進化してプレイヤーの胃袋へと消えていった。
騒ぎを聞きつけたプレーヤーたちが殺到し、ちょっとした騒動となった。
「どうしてこうなった……」
もはや口癖になりつつある一言を呟きながら、その日は焼きおにぎりの爆産とプレイヤーに販売することに時間を費やしてしまった。
最終的に売り上げた焼きおにぎりは全部で300個で、一つ150ウェンに金額設定していたので、これだけで45000ウェンの売り上げとなった。
予定が狂ってしまったので、仕方なく朝出て行った宿に舞い戻りログアウトした。
現実世界に戻って来て思ったことは、しばらくおにぎりは見たくないということだった。
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