第71話



 道すがらに見つけたオープンカフェで起きた焼きおにぎりの騒動から三日経った。

 あれから月、火曜日と仕事終わりにログインしたのだが、尽くプレイヤーに「焼きおにぎり売ってクレクレ」されている。



 どうやら俺がゲリラ的に販売しているという噂が掲示板で書き込まれており、ある事ない事情報が飛び交っている。

 ……掲示板、許すまじ。



 この二日の間にプレイヤーに捕まってしまい、当初の目的である世話になった人たちに挨拶ができずじまいとなっていたのだ。

 このような事態に陥ってしまったのには当然理由がある。



 それはどうやら監視者ウォッチャーと呼ばれている連中が原因らしい。

 その名の通り、ある特定のプレイヤーの動向を監視あるいは観察し、それを掲示板などで報告するプレイヤーたちの総称らしい。

 多人数参加型のオンラインゲームの中でも、特にプレイヤーの自力によって攻略情報を得なければならないゲームにいる傾向が強い。



 特定のプレイヤーを監視する事にプレイ時間のほとんどを費やしているため、基本的には暇人がやるプレイスタイルだ。

 この監視者の厄介な点は、自分の姿をターゲットに見られないようにするため、ゲーム内の隠密に特化した能力を修得している事が多い。



 このFAOにおいては盗賊・忍者・狩人といった職業がそれに該当する。

 そして、今の俺にとってこの監視者は邪魔者以外のなにものでもない。



 それは俺が使っている盗賊の【隠密】というスキルと【気配感知】のスキルの関係性に起因する。

 隠密はその名の通り自分の気配を消し、相手に気取られないようにするスキルなのだが、気配感知はこの逆で相手の気配を感じ取ってある程度の居場所を特定するというものだ。



 この気配感知は大概の場合、フィールドやダンジョン等に生息するモンスターに向けて使われることがほとんどだが、監視者の場合これをプレイヤーに向けて使用する。

 ここからが重要なのだが、隠密を使用しているプレイヤーを気配感知を使い、位置を特定するとなった場合果たしてどちらのスキルが優先されるのだろうか?



 答えは隠密並びに気配感知を修得した職業レベルの高い方が優先されるのだ。

 例えば隠密を使っているプレイヤーの盗賊のレベルが25で、気配感知を使用したプレイヤーの盗賊のレベルが30だった場合、気配感知を使ったプレイヤーのスキルが優先されてしまうのだ。



 余談だが、この優先順位というのはサポート系のスキルやそれに準ずる魔法にのみ適用されるようだ。

 例えば火の魔法の【ファイヤーボール】を二人の魔導師が相手に向けて放った場合、魔導師レベルが高い方のファイヤーボールが残るという訳ではない。



 消費するMP魔力は職業レベルが上がっても同じなため、レベルが高くなればなるほど高火力にはならない。

 もちろんレベルが上がれば、消費MPを抑えられたり特定の属性魔法の威力を高めたりするスキルや装備は存在するものの、それが適用されていない状態でレベルの差がある魔導師同士が同じ魔法を放った場合は基本的に相殺されるという結果になる。



 だがPKの概念が存在しないこのゲームで、プレイヤー同士の攻撃魔法の相互関係を気にするのはPvPでの模擬戦闘だけなので、さっき話した内容はあまり知っても意味がない事だろう。



 閑話休題、隠密と気配感知の話に戻るとしよう。

 レベルの差によって優先順位が決まるだけでなく、さらに厄介な事に気配感知で自分の位置を探られ、特定されてしまったプレイヤーは、隠密状態が解除され他のプレイヤーに姿が見えるようになってしまうのだ。

 しかも再び姿を隠すためには誰にも見られていない状態で隠密を再発動する必要がある。

 ここまで説明すれば、この二日間で起きた出来事も大体想像できるだろう。



 監視者の気配感知により、位置を特定され隠密が解けてしまい、他のプレイヤーに囲まれる事態になったという事が……。



 基本的に監視者はそれを狙ってやっているわけではないのだが、質の悪い監視者に当たってしまうと、それを故意に仕掛けてくる者がいる。

 しかも監視者の場合、監視するために使用する職業以外は低レベルで、監視のために活用する職業のみを重点的に鍛え上げているそうだ。



 ちなみに掲示板で情報を集めている時に知ったのだが、上位の監視者ともなれば職業レベルが50を超えているという書き込みがあった。

 ……まさに暇人、ここに極まれりである。



 この監視者がなぜこのようなことをするのかと言えば、それはひとえに有益な情報をいち早く獲得するためだと言われている。

 基本的に家庭用ゲーム機などのゲームには、攻略の難易度を下げるためにゲームの詳細な情報が記述されている攻略本が販売されている。

 だが、FAOなどのオンラインゲームの場合攻略本は存在せず、プレイヤー自身の力で情報を収集していかなければならない。



 だが得てして、誰にも知られていない情報というのはなかなか表に出てくることは少ないのだ。

 そこで特定のプレイヤーを監視・観察することで、有益な情報を手に入れる機会としているらしい。

 特に監視者が付きやすいのが、名の知れた有名プレイヤーが多い。



 実力のあるプレイヤーであればあるほど、有益な情報が転がり込んでくる確率も高いため、監視者はこぞって有名プレイヤーに的を絞って監視しているのだ。



「これは、新たな隠匿技術が必要だな……」



 俺がそう呟くのも無理のない事だった。

 オープンカフェでの【焼きおにぎり売ってクレクレ事件】から三日経ったとはいえ、未だに収束の目途は立ってはいない。



 このままではソロ活動を続けていくのはどう考えても困難であり、新たな隠匿技術を体得でもしない限りは難しいだろう。

 だがそう簡単に都合よくいくわけもなく、しばらくはこの状態を受け入れるしかないかもしれない。



 今後の対応に頭を捻りながらも、とりあえず今日の活動をこなすべく宿を後にする。

 ちなみに監視者たちや他のプレイヤーも流石に宿の部屋までは付いてこないため、俺にとって宿部屋は数少ないセーフティーゾーンとなっていた。



(とりあえず、無駄かもしれんが【隠密】を発動させておくか)



 外套に付いているフードを目深に被り、盗賊スキル【隠密】を起動させる。

 隠密状態になったことを確認するも宿を出てものの数秒で隠密状態が解除されてしまう。監視者だ。



(ちっ、また奴らか、忌々しい連中だ)



 俺の盗賊のレベルは31だが、このレベルは並みのプレイヤーと比肩しても高い部類に入っている。

 だがその高レベルであるはずの俺が発動した隠密スキルを、いとも簡単に解除してしまう事を考えれば、俺に付いている監視者のレベルの高さが窺える。



「あっ、いたいた。ジューゴフォレストだ!」



 しばらく歩いていると、他のプレイヤーに見つかってしまった。

 だが今回はさすがに捕まるわけにはいかないので強硬手段をとることとする。



「スキル発動【縮地】!!」



 本来縮地の使用法は敵と自分との距離を詰めるスキルなのだが、逆に距離を取る時にも使えるため、それを利用して俺を見つけたプレイヤーから逃げた。

 フード付きの外套で顔を隠しているが、どうやら掲示板の情報で俺が普段から外套を身に着けていることが知れ渡っており、外套を装備しているプレイヤー=ジューゴ・フォレストという構図が成り立ってしまっていたのだ。



 もちろんフード付きの外套を装備しているだけで、俺だと断定するのは些か早計すぎるというもの。

 だからこそ隠密を看破された俺が、すぐに見つかってしまうのにもまた理由が存在するという事だ。



 実は最近プレイヤーたちの間で主流となっているのが、戦闘職と情報を入手できるサポート職この二つの組み合わせだ。

 具体的には剣士と鑑定士や魔導師と魔眼師といったような組み合わせが多くみられる。



 その鑑定能力を使ってすれ違うプレイヤーの情報を得ている最中に、たまたま俺が網に引っかかるという構図なのだろうと個人的にはそう判断している。

 こういった状況が重なった結果、ここ最近俺の周りで起きている「焼きおにぎり売ってクレクレ」に繋がっているという結論を出した。



(これは“完全隠密”か“鑑定詐称”どっちかのスキルが必要になってくるな……そんなスキルがあるのかは知らんが)



 少なくとも今の俺では修得するのは無理だろう。

 一刻も早い鑑定士のレベルアップが今後の課題だと、頭の中にあるメモ帳に書き留めた。



 それから何度か隠密を掛けて気配を殺してみたが、その度に気配感知で看破され鑑定スキル持ちのプレイヤーに見つかり、縮地を使って逃亡するというルーティーンを繰り返していた俺は露店にやって来ていた。



 まだ世話になった人間の挨拶は終わっていないが、差し当たって入手すべきものがあったのだ。

 それは何かというと……米だ。



 知っての通り、俺は自分のためだけでなくフリーマーケットで自分の作った料理を出品しているため、俺の収納空間には多くの食材が眠っている。

 それこそ個人で消費するのに半年以上かかるほどの量と言っても過言ではないほど、俺の収納空間には食材の割合が多い。



 米に至っては常に50㎏以上のストックを有しており、その量は尋常ではない。

 一般的な家庭に置かれている米びつの収容量は20から30㎏と言われているが、俺はその米びつを満タンにしてもまだ有り余るほどの量を持っているのだ。



 だがここ最近の焼きおにぎり騒動で、かなりの米を消費してしまい補充が必要になる事態にまで陥っていた。

 そこで急遽、米を補充するために露店へとやってきたのだ。



「いらっしゃい、って、これはこれは、旦那じゃありやせんか! 今日は一体何用で?」


「ああ、今日は米を売って欲しいのだが、在庫はどれくらいあるんだ?」


「そうですね、大体150キロほどありや――」


「うむ、全部寄こせ」


「ふぁっ!?」



 俺の言葉が信じられないのか、素っ頓狂な声を店主が上げる。

 確かに、店で売っている商品の一つを根こそぎ買っていく酔狂な客はなかなかいないだろう。

 だが店主よ、その酔狂な客が目の前にいるのだよ……。



 それから「流石は旦那、あっしらとは一味違いやすねぇ~」とか調子のいいことを言っていたが、結局は仕入れた商品が余らずに全部売れるので売り手側の店主としても有難いのだろう。

 気になる米150㎏の値段は、1㎏で500ウェンと現実世界よりも少々割安で、全部で75000ウェンだったので俺としてはいい買い物をしたと思っている。



 ちなみに現実世界の米1㎏の値段は、米の銘柄や品質にもよるが大体400から700円くらいだ。

 もちろんこれよりも安い値段で売られていることもあるし、その逆もあるが大体それくらいだと思う。



 それから俺は店主にこの街を出ることを告げ、店を後にした。

 店主は残念がっていたが、いつかまた買いに来てくださいと笑顔で送り出してくれた。

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