第65話



 拍手喝采という言葉が相応しいほどに会場は大歓声に包まれた。



「試合終了ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、勝者はジューゴぉぉぉ……フォレストぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 チョビマツがジューゴの勝利を宣言すると同時に、会場が更なる盛り上がりを見せる。

 スタンディングオベーションと良く表現されるが、その表現に偽りなくこの場にいる全員が立ち上がりジューゴの戦いを賞賛する。



『ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト……』



 まるで馬鹿の一つ覚えとばかりに、俺の……ジューゴ・フォレストの名前が会場を埋め尽くす。

 今このFAOの中で一番名前を呼ばれている自信がある。

 ……それがどうしたって? そう突っ込まれたら、それだけだがとしか答えられないが……。



「ははっ、あの野郎、本当に勝っちまいやがったぜ。どんだけ強ぇんだよ、まったく」


「あたしたちも負けてられないわね」



 お互いにジューゴの戦いを見て興奮冷めやらぬといった感情が起こるも、今は地に伏した彼の安否を確認すべくハヤトとレイラは彼に駆け寄った。



「おい、ジューゴ、大丈夫か? 生きてっか?」


「う、うぅ……」



 ハヤトが駆け寄りジューゴの体を抱き起しながら生存確認する。

 今回のイベント【冒険者たちの武闘会】は、その会場となる円形闘技場コロシアム内で死亡してもそれによるデスペナルティが発生しないとの事だったが、それでも彼の受けたダメージは見た目上深刻なものだ。



「はぁー、ああ、ハヤトか……一応生きてるみたいだ。どうやら本当にデスペナはないようだな」



 深刻と思われたダメージは予想に反して大したことがないようで、先ほど死闘を繰り広げたにしてはケロッとしていた。

 というよりも、正確には“さっきの戦いで受けたダメージがなかった事になっている”というのが表現としてはしっくりくる。



 俺はハヤトに礼を言い、自分の足で大地を踏みしめる。

 全体重を支える両の足に伝わってくる感触は生きているという実感をひしひしと感じさせる。

 その感覚が俺の中で浸透していくと、次に耳に入ってくるのは割れんばかりの大歓声だった。



 耳をつんざく程の大音量で響き渡る歓声は、正直なところうるさかった。

 だがそれと同時に、自分が本当にあの化け物染みた強さの――いや化け物そのものといっても過言ではない相手を打倒する事が出来たのだという実感が湧いてきた。



「勝ったんだな……俺」



 思わずそんな言葉が漏れ出してしまう。

 それほどまでに先の戦いは俺にとって何の余裕もない全力、その一言に尽きるのだ。

 俺のそんな言葉をどう捉えたのかは知らないが、鼻を鳴らしてハヤトが反応する。



「何当たり前のこと言ってんだよ、それとも何か? “あんな強ぇモンスターに勝てるって俺凄くね?”アピールか?」


「そんなんじゃねえけどよ……」


「そんな事よりも、ジューゴ・フォレスト!!」



 俺とハヤトが男のじゃれ合いを楽しんでいる途中でレイラが勢いよく割り込んできた。

 ピシッっという効果音が出そうなほど人差し指をこちらに向けながら、まるでどこぞの王族かと見まがうような態度で問いかけてくる。



「どうやってそれだけの強さを手に入れたのか教えなさいよ!」


「それは俺も聞きたいところだ、どうやってその強さを手に入れた?」



 二人の目は真剣そのもので、自らの力をさらに高めようとする研鑽の心が見て取れた。

 そんな彼らには申し訳ないが、強くなった方法と言っても俺には皆目見当もつかなかった。



「んなこと言われても知らねえよ。普通にレベル上げて戦い方を覚えたらこうなってただけだ」


「ジューゴ、お前が秘密にしておきたいというのは分からないでもない、だがこちらとしても“はいそうですか”と引き下がるわけにはいかんのだ!」


「何が望みなの言って頂戴、あたしにできることならなんでもするわ!」



 ……レイラさん、その言葉を女の子であるあなたが、男である俺に言うべきじゃないですよ?

 俺がどうしようもない超絶ドスケベ野郎だったらどうするんですか? 散らされますよ、花を……。



 俺はその後もどうやってそこまで強くなったのか二人にしつこく聞かれたが、知らなぬ存ぜぬの一点張りだった。

 最終的に「じゃあせめて俺のパーティーに入ってくれ」とハヤトに懇願されたが、ソロプレイ主体の俺が特定のパーティーに所属することは憚れれたため、丁重にお断りしておいた。



「さあ皆さん、盛り上がっているところではありますが、ここで勝者であるジューゴ選手にインタビューをしたいと思います……とお!」



 そう気合の一声を上げると、今までいた場所から闘技場に降り立ち、俺に駆け寄るとマイクを向けてくる。



「まずは先ほどの戦い見事なものでした、おめでとうございます」


「はっはあ……ありがとうございます」



 ……やっやべぇ、チョビマツだ、本物だ。いつもあの四角いウインドウの中にいる人が、俺にインタビューをしている。

 今目の前で起こっているのが現実なのかどうか分からないまま、俺は戸惑いながらも彼のインタビューを受ける。



「かなり苦戦されていたようですが、実際のところはどうでしたか?」


「ソ、ソウデスネー、ナカナカ、ツヨカッタデス」


「あ、あのー、そんなに緊張されなくても気楽に答えていただければ大丈夫ですよ?」


「ハ、ハイ……」



 まるでどこぞの無機質な音声読み上げツールのような声で答えてしまった。

 ……いかんいかん、せっかくの有名人との絡みなんだ、もう少し普通にしよう。



「それほどの強さを手に入れるのにはかなりの苦労をされたと思いますが、何かコツとかあったのでしょうか?」


「そうですね……」



 彼の的確な指摘に会場中が息を飲んで俺の返答を待つ。

 ハヤトやレイラがそうであったように、自分が持っていない情報はそれだけで価値があるものだ。

 だからこそ人は自分が知らない事や分からない事があれば他者から情報を得ようとするし、自ら進んで情報を得ようと動いたりする。



 だがしかし、残念な事に今回の場合、彼らに提供できる情報ははっきり言ってない。

 実際の所、キメイラと戦うまで自分がどれくらいの強さなのか俺自身が分からなかった。



 正確に言えば、俺の全力をぶつけられる相手と出会ってこなかったという結論になってしまい、実際どうやってここまでの力を得たのかという具体的な内容はわからなかったのだ。



「弛まぬ努力というやつですかね……FAOで強くなるのならそれが重要な事なんじゃないかと俺はそう思います」



 とりあえず、分からないと正直に答えるよりかはいいという事で当り障りのない回答をした。

 だがその答えを聞いた客席からは「いいから、教えろよー」とか「独り占めはズルいぞー」とか「このゲームの略ってFAOだったのか!?」という野次が飛んできた。

 ……だってしょうがないじゃないか、分からないもんは分からないのだから。



 その後チョビマツのインタビューという名の尋問が飛び交ったが、華麗にスルー……とはいかないまでも、なんとかその場を乗り切った。



「では最後に、かつてない強敵と戦い勝利を収めたジューゴ選手に、いま一度盛大な拍手をお願いしまーす!!」



 彼の一言でまるで大粒の雨が降ってきたかのような大音量の拍手が巻き起こる。

 その後もジューゴの名前が会場中に響き渡り、しばらくそれが続いた。

 感想としては何とかなったが、もう一回やれと言われたら死んでもごめんだ。



 そんなことを考えながら、心の中で一人ため息をつく俺であった。

 余談だが、この俺のインタビューをきっかけに、フリーダムアドベンチャー・オンラインはFAOの略称で呼ばれるようになっていった。



 攻略サイトの情報にもFAOに略されるようになったきっかけとして掲載され、ジューゴ・フォレストの名は益々知れ渡ることになるのだが、それは俺の預かり知らぬことであった。

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