第64話



 フリーダムアドベンチャー・オンラインの全プレイヤーが注目する中、俺は目の前の敵に意識を集中していた。

 当初は四足歩行のマンティコアというモンスターと戦う事になっていたはずなのに、気が付けばキメイラなどという強敵と対峙している。



 しかもこれは俺の予想だが、このモンスターは運営側に何かしらのイレギュラーが発生したことで出現したモンスターの可能性が高い。

 そんなことを考えながら、俺は奴の攻撃を凌ぎながら剣を振るう。



 時折、奴の魔法で動きが制限される事があるものの、鋼合金製の手投げナイフで牽制し、何とかやられずに済んでいた。

 だがそれも長くはもたないだろう、理由は単純明快、そろそろ手持ちのナイフのストックが尽き掛けていたのだ。



(もうそろそろ、勝負に出ないとダメっぽいなこりゃ……)



 キメイラが地面を蹴り、十数メートルの距離をまるで瞬間移動したかのように縮めてくると、アッパーを打つ要領で突き立てた爪を払い上げてきた。

 それを間一髪で躱すと、カウンターの要領で隙だらけになった腕を逆袈裟斬りに切り上げる。



「GWHOOOOOOOOOO!!」



 紙一重で奴の攻撃を躱しながらの攻防は、まるで針に糸を通すが如く俺の神経を擦り減らす。

 直撃すればまず間違いなく大ダメージは避けられないだろう。



「はぁー、まるでオワタ式のアクションゲームをやらされてる気分だぜ」



 説明しよう、オワタ式とは……そんな事を説明している暇などはなかったな、失礼。

 閑話休題、俺がそんな妄想を頭で繰り広げている間も戦いはまだ続いている……。



 ここでキメイラに動きがあった、天に向かってつんざく様な咆哮を上げ魔法を行使する。

 先ほど何度となく繰り返されたパターンだ。

 俺の動きを鈍らせる阻害系の魔法が発動し、体が重くなる。



 この後は目にも止まらぬスピードで俺との距離を詰め、火力のある接近戦に持ち込んでくるのが奴の行動パターンだった。

 だが、今回は動きが違っていた。

 いつもなら突っ込んでくるはずのキメイラだが、俺との距離を保ったまま両腕を天に掲げる体勢を取る。



「ま、まさかこいつっ!?」



 その瞬間俺は理解した。

 移動を阻害し、接近戦で決めきれないのなら、そのまま広範囲の魔法で殲滅すればいいと結論付けたのだろう、掲げている手と手の間に魔力が集中していくのが見て取れた。



 そして、魔力が溜まったのを見計らい、それを一気に俺目掛け放出した。

 放たれたのは煉獄の火炎と言わんばかりの炎の奔流、それはまるで水道のホースから放たれる水の如き勢いで俺に迫ってきた。



(くそっ! 奴の阻害魔法で、うまく動けねえ!!)



 何度も何度も心の中で動けと体に命令するも、疲弊した身体と虚を突かれた状態により反応が一歩遅れた。

 一直線に向かってくる炎の流れは凄まじく、俺のすぐそこまで迫っていた。



「ぐあぁあぁぁぁぁぁぁ」



 今まで均衡を保ってきた俺だったが、とうとう直撃を許してしまった。

 かつてないほどの衝撃と痛みに加え、炎による熱が身体を焼き尽くしていくのがリアルに伝わってくる。

 仮想現実とはいえ、その痛みや暑さといった感覚は現実よりも抑えられているとはいえ決して生易しいものではない。



 キメイラの放たれた炎の魔法は俺を飲み込み、地面を抉りながら闘技場の壁まで吹き飛ばし、その体が固い壁に叩きつけられる。

 突如として起こった事態に大声援を向けていた観客が瞬く間に静まり返った。



「ジュ、ジューゴ選手、キメイラの魔法を受けそのまま壁に叩きつけられました。果たして彼は、ぶ、無事なのでしょうか?」



 圧倒的な熱量と威力を誇る炎は誰の目から見ても強力であり、それをまともに食らえばただでは済まない事はこの場にいる誰もが理解していた。

 煙と土埃が視界を遮り、しばらく沈黙がその場を支配する。この場にいる誰もがジューゴ・フォレストの敗北を悟ったその時――。



「ぐっ、ぬうぅぅ」



 土埃が消え、現れたのは紛れもなくジューゴ・フォレストその人だった。



「あああああっと、ジューゴ選手、生きていました! あの圧倒的な攻撃を受け満身創痍ではありますが、彼はまだ立っています!!」


『うおおおおおおおおおおおお!!』



 チョビマツの言葉に再びその場が歓声で埋め尽くられる。だがしかし、今の俺にとって状況は最悪だ。

 先の魔法の直撃を受けても生き残れたのは、咄嗟に俺が自分の体を剣で庇うように炎の魔法を受けたため、その分受けるダメージが少し軽減されたに過ぎない。



 そして現在残った体力は一割以下という風前の灯火甚だしい状態だ。

 奴の阻害魔法はすでに効果時間が切れているため動くことはできるが、万全の状態のようなパフォーマンスができるかと言えば、その答えは否だ。



 一方奴と言えば、俺の攻撃をある程度受けているためダメージを与えてはいるものの、まだ残りの体力は六割ほど残っている状態だ。

 絶望的と言っても過言ではないこの状況で俺ができることはもうほとんど残されていなかった。



(ここまでか……もう勝負あったな……)



 剣を地面に突き立て、片膝を付くことで自身の体を支えてはいるもののいつ動けなくなってもおかしくない。

 これ以上戦えないと俺が諦めギブアップを宣言しようとしたその時――。



「諦めるな!!」



 やけに透き通った声が、俺の鼓膜を震わせた。

 その声に聞き覚えがあり、ふと後ろを振り返ると見知った顔がそこにいた。



 赤く短めに切られたショートヘアーに綺麗なターコイズブルーの瞳をした少女の面影を残す女性、アカネだ。

 その目に一杯の涙を溜め、今にも泣きじゃくりそうな顔をしながら人目を気にせず声高に叫ぶ。



「最後まで諦めんじゃねえよ! そんな情けない顔してんじゃねえよ!! お前はいつだってあたしのことからかってるお調子者のムカつく奴だけど、おっぱいオバケとか変なあだ名付けるおかしな奴だけど、お前には、負けて欲しくないんだよ!!」


「はぁ、はぁ……おっぱい、オバケ……」



 彼女の言葉が、俺の中に染みわたっていく。

 そして、なぜだかその言葉を聞いた瞬間から何かか俺の中で変わっていくのを感じた。

 うまく表現できない何か、不思議な感覚が俺の中に芽生えた気がした。



「頑張れ、ジューゴ! 頑張れぇぇぇぇぇ!!」



 彼女の魂の叫びが会場中に響き渡る。

 もともと声のデカい奴だとは思っていたが、それを抜きにしても彼女の声は良く響き渡った。

 その瞬間会場がアカネの声援に突き動かされたかのように動き出した。



『ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト…………』



 割れんばかりのジューゴ・フォレストの名前がコールされ、会場中が声援を送る。



「ジューゴ君、ここまで来たらやるしかないよ!」


「ジューゴさーん、頑張ってくださーい!!」



 アカネの隣にいたカエデとミーコも声を張り上げ俺を応援してくれている。

 この場にいる全ての人間が、俺の勝利を願ってここまで声を張り上げてくれている。

 俺の心の中に熱いものが込み上げてくるのを抑えながら、ポンコツ寸前の体を持ち上げ立ち上がる。



「こうなったら、体裁も何も構うもんか、どんな手を使おうが勝てばいい!」



 もはやこうなれば当たって砕けろだ……砕けちゃだめだが。

 とにかく立ったはいいが、状況は先ほどと何も変わりはしない、不利なのは変わらないのだ。



「GHAAAAAAAA!!」



 俺に止めの一撃を刺そうと、地面を蹴って俺に接近してくるキメイラだが、止めを刺すことに意識が集中したために攻撃がモーションが大きい。



「これならっ、いける!」



 俺は奴が突き出してきた腕を体を無理くり捻って回避し、奴の体が流れた瞬間、残っていた最後の投げナイフを奴の右目目掛け投擲する。

 まるで掃除機で吸い込まれているかのようにキメイラの右目に飛んでいったナイフが深々と突き刺さり、奴の悲鳴が木霊する。



「隙あり! スキル発動【地竜斬】!!」



 奴の背後に回り込み、地面から天高く突き上げられる軌道を描きながら剣を払い上げた。

 地を這う斬撃がまるで蛇のような動きでキメイラに迫ると、そのまま奴の体を通り過ぎていく。



 斬撃が奴の体を通り抜け消失すると、奴の右腕が胴体から切り離され鮮血が辺りに飛び散る。

 さらに苦痛の悲鳴を盛らすキメイラだったが、すぐさま反撃に移り残った左腕を突き出してきた。



「うおぉぉぉぉぉ!!」



 俺はここが勝負どころだと確信し、残りの体力をつぎ込む様にキメイラに特攻する。

 片腕を失ったことにより、奴の攻撃の命中精度が落ち、なんとか直撃は避けたが奴の爪が俺の頬を掠める。

 だが、それと同時に突進しながら奴の懐に潜り込んだ。突き出した俺の剣は吸い込まれるように奴の胸に深々と突き刺さる。



「うん? なんだこの感覚は……」



 俺の剣が奴の胸に突き刺さった瞬間、経験したことのある感覚に襲われた。

 それはどことなくだが、新たなスキルを獲得した感覚に似ていた。

 だから俺は迷うことなく、頭に浮かんだスキル名を叫んだ。



「これで終わりだ。スキル発動【天空斬】!!」



 奴の胸に突き立てた剣を天に向かって刃を地面と平行に保ちながら、そのまま上空に飛び上がる。

 突き刺さっていた剣は奴の胸部から肩口に掛けて割けると大量の血しぶきが吹き出す。



「GYAAAAAAAAAA!!」



 断末魔の叫びを上げると、キメイラはそこに最初から存在していなかったかのように消滅した。

 そのまま着地した俺は握りしめた剣を天高く掲げると誰に向けるでもなく叫んだ。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 そして、次の瞬間急に体の自由が利かなくなりついには俺の視界は闇に包まれた。

 意識が消える直前、いつものヘンテコな効果音と共に無機質な声でこんな内容が聞こえてきた。



『特定条件を満たしましたので、新たな職業を選択できるようになりました。称号【勇ましき者】が、称号【勇猛なる者】に進化しました。【剣士】スキル【天空斬】を獲得しました。』



 ……なんか俺、また強くなってしまうみたいです……。

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