第63話
円形闘技場コロシアムで始まった【冒険者たちの武闘会】、その初戦でジューゴ・フォレストがイレギュラーによって出現したキメイラと相対している最中、闘技場の観客席でジューゴが知る顔ぶれがいた。
「ジューゴぉぉぉ、負けんじゃねぇぇぇぇ!!」
「ジューゴさーん! 頑張ってくださーい!!」
「やれやれ、もう少し静かに応援できないのか君たちは?」
闘技場の隅っことはいえ、最前列に居座り、声を張り上げて応援するアカネとミーコにカエデは呆れた声で咎める。
だがこれにすぐアカネが今の状況を鑑みて反論する。
「そうは言うけど、周りの連中もあたしらとやってることは変わらないじゃん。あたしらを黙らせたいなら、他の連中も大人しくさせることだね、カエデ」
「むぅ……」
彼女には珍しく正論だった。
現在の周囲の状況は圧倒的な力で襲い掛かってくるキメイラに怯むどころか、打って出ているジューゴの姿だ。
観客席にいるプレイヤーの殆どが彼の今の状況がどれほど異常な事か理解していた。
それと同時にジューゴ・フォレストというプレイヤーの実力が高いことに尊敬や羨望の思いを抱き、彼の勝利を願って雄たけびのように声援を送っていたのだ。
もちろん、そう言った感情を持たない人間もいるが、概ね彼に向けられた感情は好意的なものがほとんどだ。
そんな人々が声を張り上げ声援を送る中、いくら同じパーティーの仲間であるカエデとはいえ、アカネとミーコだけが「うるさいから静かに応援しろ」などという要求は呑めるはずもなかった。
それこそアカネが提示したように、他の連中を静かにさせるくらいのことをしないと彼女たちがカエデの要求を呑むことはないだろう。
だからこそカエデは次の手に打って出た。
「まったく、少しは女の子らしくしないと、ジューゴ君に嫌われてしまうよ?」
「なっななな、何を言って、るんるんだ、カ、カエデは!? あたしがアイツに嫌われようが好かれようが、か、関係な、ないじゃないか!?」
「ほぅー、では私がジューゴ君を好きになってもいいわけだ。別にアカネは彼に嫌われようとも関係ないのだろう?」
「そ、それはっ……」
口の端を吊り上げいたずらっ子のようににやけるカエデに対し、まるで捨てられた子犬が縋りつくような顔をするアカネというシンメトリーのような状態が出来上がってしまう。
実のところカエデはジューゴに対して出会った頃から女性として好意は持っていた。
だが親友であるアカネが彼に好意を持っていることを悟った時点で身を引いていたのだ。
しかし、人の感情というものはそれほど単純にできているものではなく、一度ついてしまった火をなかなか消すことができずにいた。
だからこそ、ここで少し自分がジューゴに抱いている想いをアカネにちらりと見せることでどんな反応をするのか、確かめようとしたのだ。
しばらくそんな状況を楽しんでいたカエデだったが、もう一人の少女によってそれは打ち壊される。
「二人とも応援しましょうよー、ジューゴさんがあんなに頑張ってるんですから」
この場に似つかわしくない言動を取っていることに憤りを感じたミーコが、頬を膨らませながら抗議の声を上げる。
彼女の抗議の声に肩を竦めるカエデと頭の後ろを手で撫で回す仕草を取るアカネだったが、そんな和やか雰囲気が彼女の放った一言で再び一変した。
「それに、ジューゴさんにはわたしがいますから、お二人がいなくても大丈夫ですよ」
「「えっ?」」
そう言葉を発すると、とても中学生とは思えないほどの大人びた表情で含みのある笑顔を顔に浮かべる。
今日カエデとアカネは自分の近くに恋敵という強敵がいることを改めて実感させられることになったのであった。
所変わって、カエデたちがいる客席のちょうど真向かいに位置する場所に彼女がいた。
「……ジューゴ、頑張れ」
少々控えめの声は当然ではあるが、彼の耳に届くことはない。
全身を茶色のローブで隠し、顔もフードに隠れてはいるが、特徴的な尖った耳と時折ちらりと見える褐色の肌が彼女が人族でないことを肯定する。
彼女は以前ジューゴが職業レベルを上げるべく赴いたフィールド【コルルク荒野】でモンスターに囲まれていたところを助けたダークエルフのルインだ。
ちょっとした勘違いからジューゴに対して一方的な恋心を抱くようになり、ダークエルフの村からはるばる彼を追いかけて来たのだ。
「……ふふふ」
ジューゴの勇姿を見て何か感じるものがあったのだろうか、表情が表に出にくい彼女が顔を綻ばせる。
彼女が彼の姿を見て悦に浸っているところに水を差すように客席から話し声が聞こえてきた。
「ちっ、調子に乗りやがって、そもそもあの野郎はただの生産職のプレイヤーだろうが、なんであそこまで戦えんだよ!」
「ふん、どうせ運営の目を掻い潜って、チートか何かやってんだろうよ、でなけりゃ説明がつかねえ強さだ、ありゃ」
「なんだ、チートかよ。ふざけやがって! 卑怯者のチート野郎が。そんなやつ負けちまえばいいんだ」
「まったくだ。ルールも守れないような奴はいなくなればいい」
後ろを振り返り確認すると、そこには二人組の男性プレイヤーがいた。
聞こえてきた声はジューゴを非難するものだったが、内容が内容なだけにルインにとっては聞き捨てならなかった。
当然ではあるが、ジューゴが不正、いわゆるチートを行っているという事実はなく、単にこの男たちのひがみや嫉みによる悪態だ。
それでもここで騒ぎを起こせばジューゴ本人に迷惑を掛けてしまうのではないかと考えたルインは男たちの会話を無視した。
(ジューゴがどういう人間かも知らないくせに……)
心の中で彼らに悪態を付きながら再び観戦モードに入ったルインだったが、それでも近くにいる彼らの声は聞こえてくるわけで。
「ゲームマスターに報告して奴の横暴を断罪すべきだろ? あんなクソ野郎を野放しにして運営はなにやってんだよ!」
「そうだそうだ、あんなやつこの世界から追い出されればいいんだ。あんなゴミ野郎なんかな!」
「っ……」
彼等の言い草にもはや我慢の限界を迎えた彼女の行動は迅速だった。
懐から取り出した愛刀のナイフを一人の男に付きつけ、不躾な殺気を二人にぶつける。
常に魔物の脅威にさらされてきた彼女の戦闘力は並のプレイヤーよりも高く、その小さな体から発せられるものとは思えないほどの武威と殺気を纏っていた。
「ひっ」
「なっなんだ、おめえ!?」
突然起こったことに体中の毛穴という毛穴から冷や汗が出るのを感じながら、男たちは目の前のフードを被った人物に恐る恐る問いかける。
彼女もまた女の子から発せられたものだとは思わないほどの低音の声で警告する。
「それ以上ボクの前でジューゴの悪口を言ったら……殺す。……分かったか?」
「「……!?」」
さらにも増して膨れ上がった殺気と威圧感に二人の男はいやがおうにも理解させられた。
“こいつの前でジューゴ・フォレストの悪口を言ってはいけない”と。
それを理解し二人はもげそうなほどの勢いで首を縦に振り頷く。
「分かればいい……」
それを見届けたルインはナイフを仕舞うと再び視線をジューゴに向けロックオン状態に戻った。
先ほど起こったことがあまりに現実離れしていたためどこか夢を見ていたのではないかと錯覚した二人組の男の片割れが口を開く。
「ジューゴ・フォレストって……」
「むぅ……」
「ひっ……」
彼の名を口にした途端、再び先ほどの冷たく重苦しい雰囲気と視線が戻ってくる。
やはり先ほどの出来事が夢ではなかったことを早々に理解した男たちはその場を取り繕うかのように喋り出す。
「案外すげぇやつなのかもな!」
「そ、そうだなっ、うん。すげぇすげぇ!」
額に汗をかきながら必死の思いで絞り出した彼らの言葉を聞き終えたルインは、再び視線を戻すと少女らしいキラキラとした笑顔で何事か呟く。
「これが終わったら、すぐに君の側にいくから。待っててね、ジューゴ……」
男たちもルインが何かを呟いていたことは分ったが、先ほどの重苦しい空気を体験した今となっては怖くてとてもではないが聞き返すことはできなかった。
その後、試合が終わるまでの間、男たちは気不味い雰囲気の中で試合観戦をしなければならなかったのであった。
恋する乙女を怒らせたら怖いのである。
さらにさらに所変わって、カエデ達とルインがいる場所のちょうど中間地点の最も見晴らしのいい上段の客席の通路の壁際にもたれ掛かって試合を観戦している人物がいた。
表面積の少ない魔法使い風の服を身に纏った彼女は、カエデたちやルインと同じように戦っているジューゴに熱い視線を送っている。
(ああ、とても素敵……)
頬を紅潮させた彼女は食い入るようにジューゴの姿を見ながら彼に思いを馳せる。
彼女こそ、最前線攻略組【ウロヴォロス】のメンバーであるアキラだった。
「嗚呼、今思い出しても身体がゾクゾクするわぁ」
自分の体を抱きながら見もだえる姿は痴女のそれだが、彼女の見目の麗しさからは違和感が全くない。
ひとしきり頭の中でピンク色の妄想を愉しんだ彼女は闘技場の中央でモンスターと戦うジューゴに向かって呟いた。
「わたしをこんな身体にした責任は取ってもらうわよ、ジューゴ・フォレスト……」
その発言はどことなく嬉しそうではあったが、それとは別に病的な何かを思わせるほど、重々しいものだった。
なぜ彼女がこんなふうになってしまったのか、最終的な原因はジューゴにあった。
アキラは彼との距離を縮めるため、宿で同じ部屋で泊まるということを提案したが彼に拒否されてしまった。
だがそれでもあきらめなかった彼女は無理矢理ジューゴのベッドに潜り込んだ。
彼が目覚めた時、思い切り顔をぶん殴られた挙句にいろいろやられたためについにはアレに目覚めてしまったのだ。
具体的に彼が何をしたのか気になるところではあるが、あまりにあまりにもな内容なため筆舌に尽くしがたい。
とにかく彼に新たな扉を開かれてしまった彼女はいろんな意味で彼なしでは生きていけない身体になっていた。
「はむ、もぐもぐ……美味しいわね、彼の味がするわぁ」
セルバ百貨店で購入したおにぎりを食べながら、彼の戦いを観戦し続ける。
思えば彼女にとって、彼が作ったおにぎりは彼との思い出の料理だ。
そして、おにぎりを食べ終わった彼女は再び収納空間からおにぎりを出し、口に運ぶ。
その行為を繰り返す事八回目、はっと我に返ったアキラはおにぎりをもっと食べたいという衝動を抑えながら呟く。
「この戦いが終わったら、すぐにあなたに会いに行くわ。覚悟しておきなさい」
そう言って頬に付いた米粒を彼女の長い舌が舐めとる。
その仕草は何とも妖艶さがあり、はっきり言えばとても色っぽかった。
こうしてジューゴが預かり知らぬところで、乙女たちが彼との距離を縮めるべく様々な思惑と共に彼の戦いを観戦するのだった。
そんな彼に一言、頑張れジューゴ、負けるなジューゴ。
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