第60話
閉塞的な部屋とは打って変わって、開放的な空間が目の前に広がる。
その空間は草一本生えておらず、土気色の地面のみ存在している。
視線を起こすと、円形に客席らしきスペースが三百六十度設けられており、大容量の人数が収容可能となっているようだ。
まるでそれはスペインにある闘牛が行われる会場に似ており、戦うための武舞台なども存在しない。
客席には見た感じだと推定五、六万人のプレイヤーあるいはNPCが今か今かと待ちわびている姿が見受けらえる。
部屋の中から屋外に突然転移した弊害だろうか、僅かばかり日の光が眩しくて顔を腕で庇い光を遮る。
日の光に目が慣れ始めた頃を見計らったかのように突如として大音量の声が会場に響き渡った。
「皆さまぁー、お待たせいたしましたぁー、血沸き肉躍る戦いがそこにある。フリーダムアドベンチャー・オンライン初となるイベント【冒険者たちの武闘会】が始まりましたぁああああああ!!」
『うおおおおおおおおおおおお!!』
その宣言を受け、会場中にいた観客たちから割れんばかりの大声援が木霊する。
その声援を受けながら先の声の主が続きの口上を述べ始める。
「申し遅れましたがわたくし【チョビマツ】が司会進行を務めさせていただきます。ヨウチューブチャンネル登録人数1000万人突破の今最も勢いのある男。ヒ〇キンやは〇めしゃ〇ょーを始めとする上位陣を抑え、名実ともに日本一のヨウチューバーとなったこのわたくしが、今こうしてフリーダムアドベンチャー・オンラインの世界に参戦いたしましたぁー!!」
『うおおおおおおおおおおおお!!』
彼ことチョビマツが小気味いいテンポでその場を進行していく。
その盛り上がりは最高潮に達し、その熱気が闘技場の中央にいても伝わってくる。
日本一を自称する彼だが、そこにたどり着く経緯がまた常軌を逸していた。
インターネットの無料動画投稿サイト【ヨウチューブ】において突如彗星の如く現れ、数々の伝説を打ち立てていく。
その中で最も有名なのが、彼のヨウチューブ歴だ。
初投稿のデビューから僅か四年という短期間で自身が持つチャンネル登録人数を1000万人まで押し上げた。
チャンネル内での活動内容も幅広く、雑談、商品紹介、ゲーム実況などなどその動画の内容は多岐にわたるが、共通すべきはその小気味いい語り口調と人を引き付けるユーモアセンス、そして圧倒的な動画編集技術にあった。
その内容があまりにも秀逸なものだったためその年のヨウチューブ最優秀動画作品に選ばれたほどだ。
それに加え、彼自身日本国内に留まらず、動画の字幕を英語表記にしたり、グローバルな動画のアプローチを心掛けていた。
さらに彼の凄さはその存在感とブランド力だ。
彼はヨウチューバー専門のタレント事務所に所属しておらず、フリーで活動している。
そして、ただの一度たりとも他のヨウチューバーとコラボレーションしたことがないのだ。
にもかかわらず、日本国内において【最もチャンネル登録人数の多いヨウチューバー】として認定され、先ほどの彼の言葉通り名実共に日本一のヨウチューバーに上り詰めて行ったのだった。
「さてさて、早速ですが、今回のイベントの内容について説明させていただきます!」
そう言うと彼は小気味いいテンポで冗談を交えながら以前公式サイトで記載されていた内容を説明する。
内容自体は以前に確認したものなので割愛するとしよう。
「それでは皆さん続きまして、今回デモンストレーションとして最初に戦ってくださるプレイヤーの皆様のご紹介に移りたいと思います」
そうチョビマツが言うとその場が静かになる。
恐らくだが、実際に誰が最初の三人に選ばれたのか確かな情報がなかったため、その答えを知ろうと意識を向けたことによる沈黙だと予想する。
周りが静かになったことを見届けた彼が語り始める。
「それはまさに生きる伝説、数多くのMMORPGにおいて彼らの名を知らぬものはいないとされた伝説のパーティー、その名もウロヴォロス。確かな実力と実績を持った彼こそこの最初の舞台に相応しい。紹介しましょう! 最前線攻略組【ウロヴォロス】リーダー、《
ハヤトが紹介されると彼は天高々に拳を突き上げた。
その直後に割れんばかりの声援が送られ、静寂が一転し、喧喧囂囂のお祭り騒ぎとなった。
黄色い声援が飛び交い、女性の歓喜の感情が含まれた悲鳴があちらこちらから聞こえてくる。
その後声援が収まるのを見計らって、チョビマツが次のプレイヤーを紹介する。
「今回の紅一点、それはまさに神速と言えるに足りえる弓の使い手。構成員が全て女性のみという異色のパーティーでありながらトップランカーたちと肩を並べる実力者。最前線攻略組【紅花団】リーダー、《
その紹介を受け、レイラが一歩前に踏み出すと彼女の手から真っ赤な赤い弓が出現する。
その弓をハヤトと同じく天高く上げ自らの存在を誇示するかのように掲げる。
それに呼応するように観客から黄色い声援が飛び交う、主に女性の声援が多いようだ。
そして先ほどと同じように声援が止むのを見計らって最後の一人である俺の紹介が始まった。
今まで自分がこのFAOの中でどう見られてきたのかわからないため、どんな風に紹介するのか少し興味があったりする。
よし、覚悟はできたぞ、どんとこい!
「ある時は名工鍛冶職人、そしてまたある時は数多くの料理を生み出す名料理人、ひとたび剣を握れば、あらゆるモンスターを鎧袖一触に切り伏せる孤高の剣豪。果たしてその実力や如何に!? ソロプレイヤー、《
「ファ!?」
どんな紹介をするのか覚悟を決めていた俺だったが、そのあまりにも横柄な誇大広告っぷりに思わず驚きの声を上げてしまった。
そして、理由は皆目見当つかないが、紹介されたというのに未だに静寂がこの場を支配していた。
俺が他の二人と比べて知名度が低いからというのが理由なのだろうがせめて拍手の一つくらいは欲しい。
そんなことを考えているとハヤトが俺に話しかけてきた。
「何やってんだ、お前? 早く手を挙げて観客に答えたらどうだ?」
「え? こ、こうか?」
ハヤトに促されるがままにぎこちなく握り拳を作った右手をゆっくり上げる。
右手が上がり切った時、その場を支配していた静寂が破られ次の瞬間には。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
今日一番の大声援がその場に轟いた。
そしてその後この円形闘技場コロシアムが轟音に包まれる。
『ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト! ジューゴ・フォレスト!』
轟音の正体、それは観客たちが自分の片足を客席の床に叩きつけることで起こったものだと理解した。
そして、理由は分からないが、大声援での【ジューゴ・フォレスト】コールが会場に響き渡る。
一人が床を叩いたところでどうという事はないだろうが、それが数万人規模となれば話は変わってくる。
圧倒的な大声援と観客たちから発せられる轟音により、今までの比ではないほどの盛り上がりを見せる。
「ナッ、ナニコレ?」
思わず棒読みになってしまうほどの事態が起こっている事実に頭が付いて行かなかった。
俺はただ自分のペースでまったりのほほんとこのゲームを進めてきたはずだったのに……。
どうしてこうなった? もう一度繰り返すが、どうしてこうなった!?
「それだけお前のやってきたことがすげぇってことさ。誰にもできない事をさも当たり前のようにやってきたお前は、現時点でこのフリーダムアドベンチャー・オンラインで最も有名なプレイヤーなんだよ。悔しいがな」
「ったく自覚ないとかどんだけ鈍感なのよ。アンタの作った剣を使ってる連中が最前線まで出張ってきたのよ、こっちとしては堪ったもんじゃないわ。でもアンタの料理食べたけど、美味しかったわ。悔しいけど」
一人は苦笑い、そしてもう一人は仏頂面を顔に張り付けながらこの状況が当然の反応だと言ってくる。
そりゃ掲示板に名前が出てたから、無名ではないと思ってたけど、まさかここまでとは思いませんやん。
普段使わないエセ関西弁が出てしまうほど今の俺は冷静さを欠いているらしい。
その後五分以上に渡ってジューゴ・フォレストコールが続いた。
しばらくして大声援が徐々に収まっていくのを見計らい、司会進行のチョビマツが発言する。
「えー、かつてない大声援により会場が盛り上がってきた所で、早速三人にはデモンストレーションの一環として戦っていただきましょう!」
こうして、自身の名がどれだけ知れ渡っているのか理解した俺は、戦いに備えて集中することに意識を向ける。
俺の実力がどこまで通用するか分からないが、やれるだけのことはやってきたのだ、あとは全力を尽くすのみ。
そんなことがありつつも、FAO初のイベント【冒険者たちの武闘会】が始まるのだった。
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