第61話



「ではまず初戦を飾るプレイヤーは紅花だ――」


「ちょっと待って頂戴」



 チョビマツの選手コールを止めたのはレイラだった。

 右手を前にかざした後、赤い長髪をもみ上げ部分から側頭部にかき上げる仕草をする。

 ちょっと高飛車な感じだが、なぜだか彼女がやるととても様になっていた。



「えー、レイラさん? 何かございましたでしょうか?」



 おそらくは台本の進行と違っているため戸惑っているのだろう、チョビマツが少し不安気に問いかけてくる。

 そんな彼の不安など気にも留めずさも当たり前のように彼女は言い放った。



「やっぱりここはフリーダムアドベンチャー・オンライン最強のプレイヤーと言われている彼、ジューゴ・フォレストに一番手を譲るわ」


「えっ?」



 ……はい? 一番手を譲る? なにそれ、どゆこと?

 俺が心の中で混乱していると、もう一人の彼もさも当たり前のように彼女意見に同意する。



「そうだね、その方が流れ的にはおかしくないね」


「いやいやいや、二人とも何言ってるんだ? 前もって順番は決めてたじゃないか!?」


「そうだけど、そこはその場のノリってやつよノリ。あなたが最初にやった方が空気的には盛り上がるのよ。だから一番手、譲ってあげるわ」


「それにジューゴ、俺とレイラの実力は結構知れ渡ってるけど、お前の実力は完全に未知数なんだ。結末が予想できる戦いより予想できていない人間の戦いを見たいのは人の心情というもんじゃないか?」


「…………」



 ……ダメだ。こいつら結託して俺から先にやらせる腹積もりだったみたいだ。それが証拠に二人ともわざとらしい笑みを浮かべてやがる。



 そして何よりも奴らには数万人という観衆が味方に付いている。



「そうだそうだー、やれージューゴ・フォレスト!」

「キャージューゴ様頑張ってー!」

「お前の実力俺たちに見せて見ろー!」

「ジューゴ、負けたら承知しないぞ!」

「アカネさん恥ずかしいから叫ばないでくださいっ!」



 なんか俺の知り合いの野次も飛んできたが、それを完全に黙殺し、どうしてこのような状況になったのか誰にともなく頭の中で問いかけた。

 だがしかし、頭の中で問いかけたところでそれに答える者など皆無だ。



 俺は半ば諦めるように嘆息を漏らすと、未だ状況を見守っていたチョビマツに指示する。



「俺が最初に戦うから、早いとこ進めてくれ」


「は、はぁ、そうですか……コホン、で、では改めまして初戦はジューゴ・フォレストさんにお願いしましょう!」


『うおおおおおおおおおおおお!!』



 まさかこんな展開になるとは思っていなかったが、最初だろうが最後だろうが戦う事に変わりはないので俺としては問題はない。

 だが、こちらとしては二人に嵌められたのがなんかムカつく。



「それではモンスターを呼び寄せます。モンスタぁぁぁぁカモン!!」



 彼の掛け声と共に現れたのは四足歩行の赤みがかった獅子だった。

 人のような獣のような顔をしたそれはモンスターといってなんら差し支えない相手だ。



「っ……」



 そこで俺は違和感を感じた。

 確かに俺が指定したのは目の前のライオンもどきであるマンティコアだった。

 だが何故かマンティコアのすぐ隣には俺の指定していないメドゥーサの姿があった。



 会場もなぜ二体のモンスターが出現したのか訳が分からず困惑していたが、やがてその二体の身体が重なり合う様に混ざり合っていく。



 それはまるで二体が融合していくかのような状況だった。そのまま成り行きを見守っていると、どうやら俺の予想は正しかったようで目の前には新たなモンスターの姿があった。



 それはまるで獅子の戦士を思わせる全身が体毛で覆われた身長三メートルは下らない二足歩行のモンスターだった。

 魔法使いが着用する漆黒のローブからは鍛え抜かれた筋骨隆々の姿が見え隠れしている。

 個人的な予想としては、マンティコアの特性とメドゥーサの特性両方を兼ね備えていそうな雰囲気が見て取れる。



「おいおい、融合とか反則だろ?」



 そんな弱音をこぼしたところで、この状況から逃げられるわけもなし、ここは腹を括って戦うとするか。

 俺のやる気を察知したのか、ローブを脱ぎ捨てたモンスターの肉体が露わとなる。

 そして、それを見計らったかのようにチョビマツが改めて宣言する。



「さあー始まりましたぁああああ!! 全世界注目の一戦が今ここにある。フリーダムアドベンチャー・オンライン初となるイベント【コロシアム】、その初戦となる今回、果たしてどのような結末が待っているのでしょうか!! あの男の戦いに刮目せよ!!!」


『うおおおおおおおおおおおお!!』



 突発的なアクシデントが起きているのは理解している司会進行の彼だったが、とりあえず盛り上がってるからこのまま進めてしまえ的なノリで戦いの火蓋が切って落とされた。



「GAOHOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」



 どうやら相手さんもやる気のようで、天に向かって大音声の咆哮を叫ぶ。

 会場の喧騒にも負けないほどの獅子の咆哮に思わず体が強張ってしまうが、頭を振り冷静さを取り戻す。



 今からコイツと戦うのだ、こうなったら開き直って戦うまでだ。俺は腰に下げた剣を引き抜くと両手に握り大きく息を吐き出す。すると周りの声が遠のいていき辺りが静かになった錯覚に陥る。



 無駄な情報を遮断し、目の前の敵に神経を集中させたと同時に戦闘開始の合図である銅鑼のどでかい音が鳴り響く。



「それじゃあ、いっちょやってみますかね!」


 

 誰にともいわず独りごちた俺は目の前の敵に突進していく――。



「はぁああああ」



 そのまま相手の懐まで【縮地】を使って距離を詰めようとするも、相手さんもその動きを読んでいたようで、鋭利な爪を振り下ろしてきた。

 こちらも相手の動きを察知したためギリギリで躱し、一定の距離を取る。



「あっぶねー、突っ込んでたらばらばらになってたかも」



 現状相手の戦闘スタイルが読めていないため、今できるのは相手の攻撃パターンを体で覚える様子見が基本戦術になる。

 だが、こちらとしても切れるカードは早めに切っておきたいので、試しにやってみることにした。



「こいつがどれだけ通用するか試してみるか」



 俺が手にしているのは柄もない投げナイフだった。

 ただし、使用されている材質は現状で手に入れることができるものでも上位の鋼合金だ。

 とりあえずこれがどの程度のダメージを与えられるのか確認しておきたい。



「いけっ」



 投擲された鋼合金製のナイフは糸状の光を帯びながら相手に向かってゆく。

 それを俺が最初に突進してきたとき同様、爪を振り下ろすことで弾き返した。



「GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」



 だが、弾かれた爪は見事に割れており、そこから血しぶきが滴っていた。どうやら相手の爪の硬度よりもこのナイフの切れ味の方がいいようだ。重要な情報を手に入れた俺は遅まきながら相手の情報を確認してみた。



 名前は【キメイラ】と表示された。おそらくキメラとキマイラという言葉が一つになった結果だと俺は結論付ける。

 キメラとキマイラは同じ意味なのだが、それが二つ重なっているってどんだけ強調したいんだよ……。

 キメイラが怯んだ隙を突き、さらに投げナイフを投擲する。



「ジューゴ選手、さらにここでナイフを投擲、かなり切れ味の鋭いナイフがキメイラを襲っておりますが、これを巧みに回避、追撃を逃れます」



 小気味いいテンポで実況をしている司会進行のチョビマツに気を散らせながらも、安全圏からの追撃を行うためさらに三本のナイフを投擲する。

 一本目と二本目は躱されてしまったが、相手の回避する先に投擲したのが功を奏し、キメイラの左肩を掠めていった。



 傷は致命傷には至らないものの、確実にダメージが入っているようでキメイラが苦悶の表情を浮かべる。

 残りのナイフはまだあるが、ここで接近戦で畳み掛けていきたいところと思っていた矢先。



「な、なにっ!?」



 突如として、キメイラのスピードが上がり、まるで【縮地】を使ったかのように俺に接近してくる。

 二十メートルほど離れていた距離があっという間になくなり、目の前には奴の拳が迫っていた。



「ぐはっ」



 辛うじて直撃は避けたものの三メートルという巨体から繰り出される拳から出る風圧はすさまじく。

 軽々と俺を吹き飛ばし、その体を地面へと叩きつけられる。



「ジューゴ選手、直撃は避けたがキメイラの拳の風圧による余波を受け、地面に叩きつけられましたぁぁぁぁぁ!!」



 ……わざわざ言わなくても、分かってるから。

 とりあえず、ステータスを確認すると、体力が二割半ほど削られてしまった。



 奴の攻撃が直撃したら、おそらくほぼアウトだ。

 ……なんというチートボスなのだろうか、これ勝てんのかよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る