第59話



 時はジューゴ達が円形闘技場コロシアムの会場に転移する数時間前まで遡る。

 そこはとあるオフィスの一室で部屋幅一杯に横一列に横長のワークデスクが等間隔に並べられ、机上にはいくつものディスプレイが並べられている。



 入口から見て最も奥にある壁には映画館のスクリーンを半分に切ったくらいの液晶画面が埋め込まれている。

 そのすぐ下にはその画面を制御するためのキーボードやレバーなどが設置されており、差し詰め制御室の様相を呈していた。



「これは一体どういう事だっ!?」



 目の前にある机を勢い良く叩き、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす人物がいた。

 それを見た部下である男が、現在の状況を恐る恐る報告する。



「そ、それが、我が社のコンピューターに何者かが、不正にアクセスしている模様です」


「ば、馬鹿な、そんなことがあり得るはずがないっ! うちのコンピュータのメインサーバーはあの【極式】だぞ!?」



 【極式】とは、日本政府管轄のコンピュータ開発部門が総力を挙げて開発した、次世代型の超高性能スーパーコンピュータである。

 従来のスーパーコンピュータの数兆倍以上の性能を誇り、現在稼働している各国のスーパーコンピュータと比べても屈指の性能だ。



 そんな世界屈指のコンピュータを使用しているにもかかわらず、そのセキュリティを容易に突破できるわけがない。

 ここにいる誰もがそう信じていた。



「で、ですが実際にこうしてセキュリティが破られました。それは揺るぎのない事実です」


「ぬぅ……」



 部下の言葉にこれでもかと言わんばかりに顔に皺を作ると、片手を頭に手を置いてため息を吐き出す。



「それで、突破した相手は分かっているのか?」


「いいえ、侵入元は現在調査中ですが、痕跡が全くありません」


「プロのハッカー集団にでも目を付けられたか……忌々しい奴らめ。……具体的な被害は何かあるか?」


「それもただいま調査中ですが、プログラムの配列を確認しましたところ、特に変わった点はありません」


「相手がうちのコンピュータに侵入できるほどの腕を持ってるなら、表面上では分かりにくい方法で手を打ってくるはずだ。配列が変わっていないからといって、何もされていないとは言い切れん」



 この手のコンピュータウイルスなどは一度プログラムの深い部分に根を張られてしまうと、発見が困難になってしまう。

 増してや相手は国家レベルのセキュリティを誇るコンピュータに侵入できるほどの手練れだ、表立って何もないからと言って油断はできない。



 二人が会話している間も部屋には数十人のプログラマーやシステムエンジニアがキーボードをカタカタと叩いている。

 部屋にはピリピリとした空気が流れ、まるでそこが戦場の前線ではないかという錯覚を覚える。



 二人の男の会話に割って入るように、突如としてその場に似つかわしくない女の子の声が響き渡る。

 そして、メインスクリーンと思しき画面にプラグスーツのような服に身を包んだ少女が映し出される。



「ヤッホー、ざっきー困ってるみたいだね、どうしたの?」


「どうしたもこうしたもないっ、今の状況はお前も理解しているはずだイライザ! それと私はざっきーではない矢崎だ!」



 突如として響き渡った声に苦々しい顔付きで食ってかかる男に対し、彼女はあっけらかんとした態度を取る。

 まるで今の状況を楽しむかのように、喜色をあらわにした声音で。



「いやーまさかあたしの包囲網がこうも簡単に破られるなんてねー、相当な組織が絡んでるんじゃないかな? それこそ国家クラスの組織がさ」


「そっちでなんとか対処できんのか?」


「んー、今もやってるけど無理だね、敵さん相当手の込んだ仕掛けで攻めてきてるみたい」



 矢崎の言葉に手のひらを上に向け肩を竦めながらイライザは答える。

 そこにはまるで悪びれた様子もなく、ただ目の前の事実を無感情に伝えているような雰囲気だ。



「敵が何を仕掛けてきているのか分からんのか?」


「多分だけど、モブ関係に関する領域にアクセスの痕跡があったから、今回のイベントに出てくるモンスター関連に仕掛けを施したっぽいんだよねー」


「それ以外は?」


「うーん、特にないね。いくら相手が手練れだからってあたしの包囲網を突破してさらに致命的な打撃を与えることは不可能だよ。世界トップクラスの性能を甘く見てもらっちゃ困るよ、ざっきー?」


「や・ざ・きだ! 同じことを何度も言わせるな!!」



 矢崎の剣幕に「おぉ、こわ」と心にもないセリフを吐きながら、イライザは苦笑する。

 そこへ新たに部屋に入ってきた人物がいた。



「なにやら騒がしいが、どうしたのかね矢崎部長?」


「おぉ、これはこれは赤羽代表、それがですね……」



 そこに現れたのは現在稼働中のフリーダムアドベンチャー・オンラインをプレイするための装置である【VRコンソール】の生みの親である赤羽悠斗だ。

 プラチナブロンドの短髪に灰色がかった瞳を持つ、一見穏やかそうだがその心の奥底にはどす黒い何かが蠢いているような雰囲気を持つ人物だ。



 事のあらましを赤羽に説明した矢崎は彼の指示を仰ぐ。

 その言葉に何の反応も示さず、メインスクリーンに設置されたキーボードの前に立つと、それを操作し始める。



 彼が操作すると画面上にいくつものウインドウが表示された。

 大体がプログラムの配列を表示されていたが、中には別なものもある。

 赤羽はそれを一つ一つ目で流しながら見ていくと何事か呟いた。



「なるほど、彼らからの干渉でしたか……意外と手を打ってくるのが早かったな」


「っ!? あ、赤羽代表、彼らとは一体誰でしょうか?」



 矢崎は彼がものの数秒でこの事態を引き起こした原因を突き止めたことに驚愕しながらも、おずおずとその元凶となった相手が誰か問う。

 この部屋にいるプログラマーやシステムエンジニアはそのほとんどが有名大学の工学部出身者でプログラミングに関しては日本でも上位の存在だ。



 そんな優秀な人材をもってしても原因を突き止められなかったのにもかかわらず、いとも簡単に原因を突き止めた赤羽がどれだけ特異な存在かが推し量れる。



(さて、どうしたものか? 学会の連中がこうも早く手を打ってくるとは、少し当てが外れたな……だが向こうもそう表立っては行動できないはずだ。今回は僕に対しての警告だろうな、愚かな連中だ)



 そう心の中で呟きながら呆れた表情でスクリーンを眺めながら、矢崎の問いに反応する。



「矢崎部長に教えるまでもない、些末な連中さ、今回の件に関してもおそらくこれ以上の手出しはできないだろう。ただし、一部プログラムに改ざんが見て取れるから今回のイベント中すぐに問題に対処できるよう監視を怠らないように。イライザもちゃんと見張っててくれ」


「は、はぁ……わかりました」


「うん、わかったよパパ。あたしパパのために頑張る」


「それは嬉しいな、頼んだよ」



 渋々納得したが、何とも要領を得ないといった顔の矢崎とは裏腹に見た目通りの明るい笑顔で答えたイライザ。

 彼女を作り出した生みの親である赤羽の役に立てることが彼女にとっては至上の喜びなのだ。



「さて、今回のイベント少しは見ごたえがあるな。そう思わないかね? ジューゴ君……」



 赤羽は誰にも聞こえない小さな声で呟くと、その部屋を後にした。

 部屋を出て行った直後に彼の助手である結城響華が突撃してきたが、それを華麗にスルーして自室へと戻った。

 床にうつ伏せに倒れながら「せ、センパイ、何気にあたしの扱い、酷くないっすか?」と呟く彼女を置き去りにして……。

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