第58話
「……へぇ、ここが円形闘技場コロシアムか」
そう独り言ちた俺はドーム型の建物を見上げていた。
カエデさんたちと別れた後、俺は街を少し散策して工房に向かう。
工房に入ると、親方がすぐに飛んできて「おう、久しぶりだな兄ちゃん」と言ってきたので、不思議に思っていた。
だが、その理由に思い至った俺は納得した。
というのも、この世界のNPCにとっての一日は、現実世界の六時間に相当するため、俺たちプレイヤーの一日経過はNPCにしてみれば四日経過していることになる。
そりゃ久しぶりって言われても不思議じゃないな。
工房では親方と工房で働く職人たちに挨拶をし、相変わらず引っ切り無しのパーティー勧誘や弟子入り志願のプレイヤーの申し出を丁重にお断りして、フリーマーケットに出品する料理を給仕室で作り出品した。
そうこうしているうちに、いい時間になったので作業を切りの良いところで止め、今回のイベントが行われる会場へと向かった。
そして、目的地に到着し、建物を見上げた時に漏れた言葉が先の言葉だった。
「とりあえず、中に入ってみるか」
このまま外に突っ立っていても仕方がないので、中に入ってみることにした。
中に入ると、そこは多くのプレイヤーやNPCがイベントが始まるのを待っており、熱気に満ち溢れている。
時間的にはあと四十分ほどでイベントが開始されるので、このままここで時間が来るのを待とうかなと思っていると、突然後ろから声を掛けられた。
「ジューゴ・フォレスト様ですね?」
「……あんたは?」
そこにいたのは年の頃は三十代前半くらいで、仕立てられたワイシャツのような服にズボンを着た、一見すると上着を脱いだサラリーマン風の男だった。
ただゲームの世界ということもあり、日本人特有の黒髪黒目ではなく、さらさらの金髪に赤みがかった瞳の外国人風サラリーマンといった感じだ。
「私はこの円形闘技場コロシアムの運営と管理を担当している者の一人でございまして、是非ともジューゴ様にお伝えしたき事がございますので、こちらに来ていただけますでしょうか?」
俺が怪訝な表情で、目を細めても顔に微笑みを張り付けたまま微動だにしない態度から、かなり立場が上の人間だという事が伝わってくる。
男と見つめ合う趣味はないので、ここは大人しく指示に従って彼の案内に付いて行く。
ホテルのような受付カウンターの奥にある部屋に入ると、そこには二人の男女が待っていた。
差し詰めこのコロシアムの責任者の部屋なのだろう、高価な調度品などは置かれておらず、木製のワークデスクに黒い革製のソファーだけのシンプルな造りだ。
壁際に設置された棚にはこの部屋を使っている人物の趣味なのか、年代物のウイスキーやバーボンが並んでいたり、少し古ぼけた写真立てにこれまた古そうな写真が入っていた。
……そんな細かいディティールにこだわんなよ……まったく。
部屋の内装を一通り見回し終えた頃合いで男が声を掛けてきた。
「あんたが噂のジューゴ・フォレストかい? 少し意外だったな、もう少し厳つい奴を想像していたんだが……」
「そういうあんたは誰なんだ?」
「俺か? 俺の名はハヤト、最前線攻略組【ウロヴォロス】のリーダーをやってるもんだ。うちのアキラが世話になったな」
「あのKカ――あいつの仲間かよ……迷惑を掛けられた覚えはあっても、世話を焼いた覚えはないんだがな?」
二十代前半くらいの金髪碧眼といういかにもパーティーでリーダをやってますといった剣士風の男だった。
俺が皮肉を込めた言葉をぶつけてやると、苦笑いで肩を竦めながら「そこは、ああいうやつだからって事で諦めてくれ」と開き直られてしまった。
こちらとしてもそう言われてしまうと何も言い返せないので、首を振りながらため息を吐くことで、反応しておく。
「そんなことはどうでもいいから、早く始めてくれないかしら?」
俺とハヤトの話が一区切りついたところで、もう一人の女性プレイヤーが早く始めろと催促する。
赤い長髪に赤色の目が特徴的なちょっと気が強そう、というのが俺の彼女に対する第一印象だ。
彼女に視線を向けたが、機嫌が悪いのか俺と目が合うと鼻を鳴らしあさっての方向に顔を背けられてしまう。
「皆さんお揃いになられましたので、ご説明させていただきます。申し遅れましたが、私はこの円形闘技場コロシアムの運営と管理を任されております、ワークスナッチと申します。以後お見知りおきください」
そう言うと胸に手を当てながら恭しく一礼する。
その動きは洗練されており、どこぞの貴族かよというツッコミが出てしまうほどだ。
「それで、俺たちが呼ばれた理由は、やっぱ最初に戦うデモンストレーションの事か?」
「左様でございます、ハヤト様。その件につきましていくつか前もって決めておかなければならない事がございますので、お三方にはこうして足を運んでもらった次第でございます」
「その決めておきたいことってなにかしら?」
「それは、皆さんが戦うモンスターの種類と順番を決めていただくためでございます」
ハヤトと女性プレイヤーの質問に丁寧に答えると、さらに続きを話し始めた。
「まずは戦うモンスターの種類なのですが、公式サイトにも記載されていました通り、三種類いることは皆さまご存知かと思います。具体的なモンスターに関してはこのようになっております」
ワークスナッチが指をパチンと鳴らすとウインドウが表示される。
そこには今回のイベントに登場するモンスターの名前と大まかな情報が記載されていた。
具体的な内容は次の通りだ。
モンスター名:マンティコア
戦闘タイプ:前衛
俊敏な動きに加え前足のかぎ爪による攻撃に要注意。
体力もあるため、ちょっとやそっとではビクともしない。
モンスター名:ロックバード
戦闘タイプ:後衛
空からの遠距離攻撃で敵を近づけさせずに攻撃する。
攻撃力は低いが、空中戦に持ち込まれると厄介。
モンスター名:メドゥーサ
戦闘タイプ:後衛
魔法攻撃による範囲攻撃と、一定の確率で石化を起こす熱線が強力。
動きは鈍いが、魔法による妨害と能力向上を仕掛けてくる。
「ご覧いただいている情報を元に、どのモンスターと戦うのかそれぞれお選びくださいませ」
今見ている情報ではモンスターの名前と見た目、それに戦闘タイプと戦闘の傾向という大雑把ではあるが、抑えるべき点は抑えているといった程度のものだ。
実際にどういう動きをするのかは戦ってみなければ分からないのでそこはぶっつけ本番になるだろう。
モンスターの見た目に関して言えば、マンティコアは赤みがかった体毛に覆われ、サソリの尻尾を持ち、獅子と人が混ざったような面構えをしている。
ロックバードは灰色の羽と体毛を持ち、岩のように固い嘴を持った鋭い目つきの鳥だ。
最後のメドゥーサは黒いローブを身に纏った白目の女性型のモンスターで頭髪は絡みつくように無数の蛇が蠢いている。
個人的には俺は剣士なので、接近戦で戦えるマンティコアを希望したいところだ。
ロックバードは剣が届かないだろうし、メドゥーサに関しては魔法によるステータス異常がウザそうだ。
各々しばらく考えたのち、戦いたい希望のモンスターを指名していく。
「あたしはロックバードにするわ」
「俺はマンティコアと戦いたい」
「ジューゴ様はいかがなさいますか?」
「そうだな、俺もハヤトと同じでマンティコアを希望する」
「畏まりました。では次に戦う順番をお決めください」
ワークスナッチが促すと、自然と二人と目が合う。
しばらく視線を交差させるとハヤトが口火を切る。
「俺は二番がいい」
「じゃあ、あたしは一番最初にするわ」
「となると、消去法で俺がトリだな」
こうして戦う順番も決まり、気付けばイベント開始まであと二十分と迫っていた。
そう言えば女性プレイヤーの名を聞いていなかったので一応聞いておくか。
「名乗ってなかったけど、ジューゴ・フォレストだ。あんたは?」
「そんなこと聞いてどうするのかしら? それとも、あなたはここにナンパでもしに来ているの?」
彼女の言葉に顔を顰めるが、俺の態度など意にも介さずといった感じで鼻を鳴らす。
それを見かねて、ハヤトが俺と彼女の間に入ってくれ、なんとか紹介して貰えた。
「彼女の名はレイラ、俺と同じで最前線攻略組で【紅花団】のリーダーをやってる。実力は折り紙付きだ」
「あなたが言うとなんだか嫌味に聞こえるから不思議ね。【ウロヴォロス】リーダー、ハヤトさん?」
そう言うと口の端を吊り上げ、意地の悪い笑顔をハヤトに向ける。
なんとなく彼女がやるとその笑顔が様になっていて色っぽかった。
しばらく二人と他愛ない会話をし時間つぶしをしていると、残り時間もあと五分となった。
そこで最後にワークスナッチが注意事項を伝える。
「では開始まであと五分ですが、始まると同時に皆さまはこの場から闘技場の会場に転移しますので、今のうちに準備し忘れがないかご確認をお願いします」
それぞれが彼の注意に従って、準備している装備や道具の最終確認を済ませる。
そして、イベント開始の正午になり、俺を含めた三人がイベント会場である闘技場へと転移するのだった。
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